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scene.4 夢見る羊の神楽歌

 ――とある秋の日のこと。 俺は航太に呼び出され、ターミナル駅近くのコーヒーショップに足を運んでいた。  そこには学校帰りの航太が待っていて、俺はカウンターレジで注文を済ませてから、彼の座る店の奥のテーブル席に腰をかけた。 「…航太。ごめん、待った?」 「いや、そんなでもない。……悪かったな、急に呼び出したりして」 「別に良いよ。……それはそうと、俺に話って何?」 「うん。実は頼みたい事があってさ。……亜咲、今月末って何か用事ある?」 「え?特には。……その日に何かある?」 「……専属スタイリストってお願いできる?」 「…え?専属スタイリスト?」 「そうなんだよ。今年の文化祭で舞台発表する事になってさ。衣装とかはまあオレが中心になってそれっぽいやつ探す事になったんだけど…当日のスタイリストがどうしても見つからなくて。それで亜咲に何とかしてもらえないかって…」 「…いや、俺が出来る事ならそれは別に構わないんだけど…俺、部外者だぞ?大丈夫なのか」 「ああ、それは心配しなくていい。この時期は文化祭シーズンって事もあって、いろんな所からの人の出入りが多いから、校内のスタッフもあまりうるさくは言わないんだ」 「…へえ、そうなのか」 「1度行ってみると分かるよ。……オレの学校、高専ってのもあって生徒も職人みたいな奴が多いんだよ。どこのクラスも皆、自分たちの見世物に本気になるから、下手すりゃどっかのプロみたいな奴とかも普通に来たりするし」 「ふうん。…で、舞台発表って何をする事になったわけ?」 「……ベルばら。しかもキャスト全員男性で」 「……ぶっははははは!!」 「……仕方ねぇだろ!オレのクラス、男しか居ねぇんだから。……そんなに笑わなくてもいいだろうが」 「……ごめんごめん!……でもそれじゃ、確かにスタイリストが居ないと困るよね」 「そうなんだよ。それで亜咲なら何とかしてくれるだろうって…かなりの賭けだけどな」 「…うーん…。まあ、やれって言われれば出来ない事も無いとは思うけど……具体的に何をすればいいわけ?」 「お前がいつも仕事でやってる事だよ。キャストの髪の毛をセットしたり、ウィッグの調整をしたりとか、そのくらい」 「そうなのか。…けどそれが今月末とかってかなり急展開な気もするけど…何があったの?」 「……担当が逃げた」 「ええっ!?」  そこからよくよく航太の話を聞いていくと、どうやら元々スタイリスト担当になっていたクラスメイトが、理由は分からないけれど急に学校を長期欠席してしまい、文化祭当日に間に合わなくなってしまったからだという。だがしかし、元々そのクラスメイトというのは少し変わっていて、こういった事はよくある事だというのだ。 「……しかし何でまた急に……。」 「分かんね。…噂じゃオメガなんじゃねーかとか言われてるけど、それもどうかなぁ…」 「…オメガ……?…何それ?」 「あ、そうか。亜咲知らないんだよな。世の中にはそういう風に呼ばれてる変わった人種が居るらしいんだよ。そいつらってさ、男女関係なく子供を作れる珍しい存在らしいぞ?」 「へえ、そうなのか…っていや違う!何だそれ、意味が分からんっ!?」 「亜咲がそのオメガって人種だったら、オレ凄く嬉しいんだけどなー……」 「馬鹿な事言ってんじゃないっ!そんな訳あるか!!」 「……そうだよな。期待してたオレが悪かった」 「…そんな冗談はともかくとして、スタイリストの話は分かった。…引き受けてあげるから、詳しい話とその日程を教えてくれないか」 「…えっマジ!?やったー!」  そうして喜ぶ航太の姿は、本当に年相応の反応だと思った。 それなのに、身体を合わせた途端に表情は一気に変わる。その二面性のようなものは、やはり 父親である社長の影響もあるんだろうな…と、この時の俺は思っていた。  そしてその二面性に、俺は強く惹きつけられているのかも知れない。そんな事も思っていた。…だがそれだけではない何かが、俺の中で大きく存在を増す。  ――なら、何故俺はその手から逃れる事が出来なくなるんだろうか? 航太の注いでくる愛情は時に強く、そして鋭い。一度その手に絡め捕られたら、俺は一気に逆らえなくなってしまう。ただ航太に追い詰められて、俺は自分が今何をされているのかも分からず……そして、その瞬間の意識と記憶を失う。…気が付いた時には、俺は自分の身体に起きていた異変をその身に感じる強い倦怠感で以て知る。その時の感覚は、現在の自分の状況に置き換える事も出来る。  仕事に集中し過ぎてしまった時に起きる異変と、航太に抱かれた時に起こる自分の身体の異変。……それはまるで、何かの鍵のようなものを急に掛けられてしまう感覚に似ている。  以前、クリニックに行った時に瀬名医師が教えてくれた『長く積み重ねてきた強い不安のようなもの』がその原因なのだとしたら……俺は、その鍵を自力で解錠するための方法を考えなくてはいけない。……その為には、やはり……。 「…亜咲、どうしたの?オレ、何か変な事言った?」 「……え?ああ、ごめん。大丈夫、何でもない」 「…あ、そういえば結真さんから聞いたけど…亜咲この前、クリニック行ったんだって?…結果どうだった?…どっか悪いところあったの?」 「……いや、大した事なかった。お前が何も心配する事は無いよ」 「ならいいんだけど…本当に何か悪い所があるんなら、ちゃんと治しといた方がいいぞ。…今回の話も、別にオレに気を遣って無理しなくてもいいんだしさ」 「いや、それはない。ちゃんと引き受けるよ」 「…分かった。じゃ、頼むな?」  そう言って航太は席から立ち上がり、帰り支度を始めた。 その姿を見て……俺はそのまま引き留めそうになってしまったのだけれど……。 「……どした?」  一瞬、自分の身体が熱くなったような気がした。 考えてみれば、俺が認定試験に合格してから今日まで、自分自身の不調もあり、航太とはしばらくその身体を抱き合わせていない。だけど、一度覚えてしまったあの感覚はいつも俺の頭から離れる事はなくて……時々、自分でもどうしたらいいのか分からなくなる。 「……いや、何でもない。…それじゃ、今月末に」  ……ただ一言だけ、そう言って。  ――俺は、航太を送り出したのだった。  

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