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scene.5 航太の想い

「…ただいま」 「あらお帰り。今日は早かったのね。店には寄らなかったの?」 「いや、亜咲には会ってきた。…でもそれだけ」 「あらそう。…そういえば聞いたわよ。今度舞台やるんですって?私も見に行こうかなぁ」 「男だらけの舞台だぞ?…宝塚とは違うんだぞ。それでも見たいの?」 「いーじゃない?むしろどんな感じになるのか楽しみ過ぎて、今から妄想しちゃってるわ~」 「…婆ちゃん、あのな……」 「だってベルばらでしょ?…私、昔からあの漫画好きで普通にアニメとかも見てたわよ?」 「……そうなの?…じゃあお袋とかも見てたのか…」 「…そうね~。あの頃はもう作品の人気がすごかったから、再放送も何回もされてたしね」 「へえ、そんなに凄いんだ。…オレあんまりそういうの知らないから、何か適当にそれっぽい衣装とか探してたけど…」 「衣装?…どういうこと?」 「ああ。オレ、衣装担当にされちゃったんだよ。洋服とかよく作ってるからってだけでさ。でもオレ、ベルばらって言われてもあんまりイメージ沸かなくて……」 「そういう事なら任せなさい。私が1から教えてあげるわ」  そう言いながら、婆ちゃんは自分の部屋から何かを探してきたようだった。 恐らくそれは、かなり昔から収集しているらしいビデオテープと呼ばれるものの中の一部で、そういうものをよく集めているらしい。  オレにしてみれば、婆ちゃんがコレクションしているもののほとんどはテレビやネットの情報でしか見た事は無くて、実際にそのものを見るのはほぼ初めてのものばかりだ。  しかもそのコレクション自体にもがかなりの年季が入っているらしく、ラベルに書かれた西暦や年号もオレが生まれる前の数字が書かれていたりするものが多い。 「…よくもまあこれだけのものを集めたもんだな。…関心するわ」 「そうねー。あの頃は今みたいに何でもネットですぐに手に入る時代でもなかったし、仕事があるからリアルタイムで見られない事もしょっちゅうだったからねー。どうしても見逃したくない番組とかはこうして全部ビデオに収めてたのよ」 「ああ…だから、あの親父の昔のテレビのやつとかもあったんだ」 「そうよー。だって自分の息子がテレビに出るなんて経験、そうそう無いじゃない?」 「確かに…それは無いな」 「ま、本人は当時の事はあまり思い出したくないみたいだけどね」 「…何で?オレなら喜んで自慢するけど?」 「それも人それぞれなのよ。航太が昔、両親が有名過ぎてからかわれるから嫌だーって言ってたのと同じなの。…それは分かるでしょ?」  婆ちゃんからそんな言葉を返されて、オレは妙に納得した。 昔のオレは、テレビの中で活躍している親父やお袋の姿を見ていても、だからと言ってあまり気にはしていなくて、ただ何となく見ていた覚えがある。  しかしそんな二人を見た同じクラスの生徒たちからは、お前も一緒にテレビ出ればいいじゃないかとか、自分の好きな有名人のサインを頼んでもらって来てくれとか、普通に考えても絶対に無理だろうと思う事ばかりを言われ続けて、もういい加減にしてくれと思っていた。  だからこそ、オレはこの二人とは違う道を歩いて行くんだと子供ながらにいろいろ考えて、 その為の勉強や趣味に関しても、あの二人が思いつかないような事ばかりをさんざん探し続けて、今の自分が本当にやりたいと思う事を見つけた感じはある。  しかし今この歳になって、これまでの二人が歩んできた道にそのまま乗っかってみるのも面白いし、それもまた楽しいんじゃないかと思える自分が出てきた事も確かだ。    ――そのきっかけは…亜咲の存在だ。 オレが親父達と同じ道を歩いて行けば、そこには必ず亜咲が居る。  亜咲の隣で、亜咲と同じ仕事に従事する自分。…亜咲の仕事にああでもないこうでもないといろんな突っ込みを入れながら仕事をしている自分。…同じ屋根の下で二人並んで仕事をして、夜は同じ部屋に帰って二人で過ごす。…そんな瞬間を想像するだけで、何だか楽しい気分になってくる。   「…どうかした?」 「…ああ、ごめん。何でもない。…それ、後で見せてもらってもいい?」 「…どのビデオ?」 「衣装の参考にするやつはもちろんだけど、親父が昔出てたっていうそれも」 「…いいわよ。けど、護にはなるべく言わないでね?…バレたら私があの子に怒られるから」 「…あの子って…ああそうか。…あんなんでも、婆ちゃんの息子なんだもんな」 「そうよ。…子供は、いくつになっても子供なのよ。特に母親にとってはね。…もちろん父親も同じ。離婚はしてしまったけれど、二人にとってあなたはかけがえのない息子なの。…それは分かってあげてね。…まあ、私じゃこんな事言っても説得力ないかも知れないけど」 「…何で?」 「……実は、私も別れてるのよね」 「…えっ?」 「まあ、もう20年以上も前の話だからもう今更かな?」 「…そうなのか?…理由は?」 「…大変だったから。…家の周りに何もない所でお客さん相手の仕事をしてたけど、年を追うごとにそれも無くなっちゃってね」 「へえ、どんな仕事してたの?」  「キャンプ場よ。…ほら、この前二人が帰省してたっていう話あったでしょ?」 「ああ、そういえばあったなそんな話。…星が綺麗に見える場所だっけ?」 「そう。そこでずっとキャンプ場を経営してたの。護が生まれたのもその時ね。…結婚したばかりの頃はまだ良かったけれど、だんだん子供が少なくなって林間学校みたいな行事も無くなってきたから、続かなかったのよね。…廃業して1年後くらいかな、護が高校を卒業したのを機に、私も一緒にこっちに戻ってきたってわけ」 「…やっぱり便利な都会の方がいい?」 「それはそれで良いけれど、ああいう自然の多い環境の中で過ごすのも悪くはないわよ?…都会には都会の良さがあるし、田舎には田舎の良さがあるし。私はどちらも好きよ」 「…そうなのか。…その頃の話もまた教えてよ。オレもっと聞いてみたい」 「いいわよ。…それじゃ、そろそろ本題に入りましょうか。…私の部屋にいらっしゃい」  そう言って、大事そうに抱えてきたビデオテープの山を再び持ち替えて、オレは婆ちゃんの部屋で衣装の参考にするためのものと一緒に見せてもらったのだった。  ◇ ◆ ◇ 「……はぁ…これを再現する事になるのか……。」  婆ちゃんに見せてもらったビデオを見終えたオレは、盛大なため息をついた。 当初、自分が思っていたものよりも複雑で難しいデザインのものが多く、これを再現するのは一苦労だと、オレはそのビデオを見て改めて自分が引き受けた大役の重さを知った。 「何も、全てを忠実に再現しようと思わない方がいいんじゃないかしら。…ある程度妥協できるところもあると思うわよ?」 「そうなんだけどなー。…どうせやるなら、もっと本格的なインパクトがあってもいいと思うんだよな。…それこそ宝塚じゃないけど、あれくらいの再現度があってもいいと思うし…」 「……やっぱり親子ね」 「…え?」 「そういう所、護と一緒。…こだわる所はとことんこだわって妥協しない所とか。自分のやりたい事をきちんと見据えてるのもそうね。…もちろん、理想を追い求めるのは悪い事ではないし、それを実現できればそれに勝る事はないけれど…時には立ち止まって、後ろを振り返ってみるのも悪くないわよ?」 「……?」 「……たまには息抜きしなさい。…最近のあなた、根詰まって余裕ないように見えるわよ?」 「……婆ちゃん……」 「…私からはそれだけ。……頑張りなさい」 「……うん。ありがと」  そう声を掛けられて、急に心が軽くなったような気がした。 どうやらオレは、自分でも気づかないくらいに追い詰められていたようだ。  婆ちゃんがそう言わなければ、オレはそんな自分に気づかないまま、もっと精神的に追い込まれていったのかも知れない。  ――それは、亜咲に対する自分の気持ちに……応えられていないから。  きっとそうだ。……そういう事なのだと思った。    

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