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scene.10 The Mirror of the TRUTH-真実の鏡-
「……亜咲!」
「…航太。わざわざ迎えに来てくれてありがとう」
「……それ、今日の荷物?……随分と重そうだな」
「そうだねー。……オーナーから借りてきたものとか、俺自身が自分で持ってるやつとか、いろいろなもの詰め込んできた」
「……流石です。……オレの学校、此処から歩いて数分くらいだから、行く前にちょっと寄り道してかない?」
「…それは構わないけど……時間大丈夫なのか?」
「うん。……駅の近くのスタジオにさ、ちょっと気になる人が居るんだよ」
「スタジオ?……音楽とか?」
「いや、フォトスタジオ。……どっかのモデル事務所がちょいちょい利用してるみたいで、オレもたまに見学させてもらうんだ。……そしたらさ……ああほら、居た!」
航太が指さした先のスタジオに目を向けてみると、ガラス張りの建物の中で何やら撮影をしている姿をとらえる事が出来た。
――そこに見えた姿は、ある意外な人物だった。
「……利苑さん……。」
「え、あれが?」
「……うん。利苑さんだよ、ほらあの綺麗な立ち姿の人。…前に本店に来た事あったから覚えてる。……本当にモデル事務所の社長さんなんだ……。」
「……亜咲、よく見てみろ。……利苑とかいう奴の隣に居るマネージャーみたいな奴」
「……え?利苑さんに会いに来たんじゃないの?」
「バカ、違うよ。オレが言ってるのはもう一人の方だ。……あの金髪といい……ちょっと亜咲に似てないか?」
航太がそう言って、利苑さんの横に立っているもう一人の人物を指さす。
俺の目線では少しわかりにくかったけど、よく見ると確かにもう一人の人物が利苑さんの横で撮影の状況を見守っているように見えた。
航太は俺に似ていると言うのだけれど、俺自身はそれほど似ているとは思えなかった。
だが、その姿は何故かどこかで見た事があるような気がした。
「ちょっと寄ってみようぜ」
「え、行くの?……迷惑じゃない?」
「大丈夫。オレしょっちゅう此処に寄らせてもらってるから、顔パスなんだよ」
「いや、そうは言っても…。」
「まあまあ。細かい事は気にすんなって」
半ば強引に引きずられる感じで、俺は航太と二人でそのフォトスタジオに向かう事になったのだった。
「こんにちはー。入ってもいい?」
「航太君いらっしゃい。……今、撮影中だから邪魔しない程度に入ってね」
「ありがとうございます。あ、それから…」
「はいはい、亜咲君でしたっけね。……初めまして。当スタジオ代表の葛城です」
「…あ、どうも……。……航太、どういう事か説明してもらおうか」
「……悪い。お前の事、葛城さんに教えてあるんだ」
「……どういう風に?」
「…いや、変な事は言ってない。オレの知り合いで美容師やってる人が居て、それがお前だってことくらい…かな?」
「……かなって何?……お前ホントに俺の事どう思ってるんだよ!?」
「……そんなの恋び……っふぐぅっ」
「……はいはい、頭沸いた事は此処で言わないようにねぇ~っ」
俺は航太の腕をこれでもかと言わんばかりに強くつねってやった。
「…ちょ、亜咲っ!…痛いってまじで!!」
「……お前はどうしていつもそんなに馬鹿なんだ~!?……少しは遠慮ってものを考えろ」
「…あのー…」
俺と航太のやり取りに気づいたらしい撮影スタッフが、こちらを見て声を掛けてきた。
「ああほら、だから言わんこっちゃない。……うるさくしてすみません。こっちの事は気にせずにどうぞ続けてください」
「……おや、亜咲君。……こんにちは、しばらくですね」
「…利苑さん。…こちらこそ、この前はありがとうございました」
「…そうですね。…偶然とは言え、君に会えて良かったです」
「あ、そういえばオーナーから聞きましたけど…今度、うちのサロンと仕事提携する事になったんですよね?」
「…はい、お陰様で。芝崎社長からもご了承を頂けたので良かったです。……今後ともよろしくお願いしますね」
「ありがとうございます。……俺もサロンの人間の一人として精一杯頑張ります。よろしくお願い致します」
「……亜咲……!?」
俺と利苑さんがそれぞれ挨拶を交わしているその隣で、ただ静かに黙っていたマネージャーらしきその人物が急に俺の前に立ちはだかった。
「……君は、『亜咲』って名前なのか!?」
「…え、あ……はい。……俺は…『藤原亜咲』、です」
「……藤原……。……まさか……。」
「……あのー……」
「おい、あんた!…馴れ馴れしく亜咲の名前を呼ぶんじゃない。こいつはオレの知り合いだ」
突然の事で驚いた俺だったが、間に入った航太の声で何とか我に返ったのだった。
「……ああ、驚かせてごめん。……少し気になったものだから」
「……何が?」
「……君の隣に居るその人が、僕の昔の知り合いに似ていた気がしたんだ。……でも、人違いだったみたいだ。……君は?」
「オレは乾航太。この近くの高専に通ってる。…この人は藤原亜咲、オレの親父が経営してるヘアサロンの従業員で、オレの大切な人だ。……分かったら今すぐ離れろ」
航太の機転は早く、俺はすぐに目の前のその人物から離された。
これがもう少し遅かったらまずいと思った。俺は自分が一瞬、何かに囚われたように動けなくなってしまったような気がしたのだ。それほど、俺を見るその相手の眼力は強く、深く吸い込まれそうな瞳が……俺を動揺させるには十分だった。……何故そう思ったのか。
「オレのあんたを見る目は間違ってたようだ。…こんなのと亜咲が似てるなんて……亜咲、行こう。もうすぐ時間だ」
「…あ、そうだね……。でも一つだけ、彼に聞いてもいい?」
「いいけど、早くしろよ」
「…あの、あなたの名前だけ教えてもらっていいですか?」
「……僕は…『永脇飛鳥(ながわきあすか)』」
「……永脇、飛鳥……。……ありがとうございます。……あの、利苑さんも」
「亜咲君達は、これから文化祭ですか?」
「…はい。…あ、知ってたんですか?」
「ええ、すごく賑やかなので。……うちの雪叶の分も楽しんで来てくださいね?」
「ありがとうございます。行ってきます」
俺は利苑さんにそう言ってから店を出て、航太と二人で再び学校までの道を歩いて行った。
それからしばらくの間は会話が無かったのだけど、ふとした航太の一言が沈黙を破った。
「あれ?そういえばさっき『雪叶』って言ってたな。あいつ知ってるのか?」
「え、利苑さん?」
「ああ。……前に亜咲にヘアスタイリスト頼んだ時に言ったじゃん、『担当が逃げた』って。その担当が雪叶だったんだよ」
「へえ、そうなんだ。…何だっけ、急に長期休暇みたいになったんだっけ?」
「…うん。そいつの名前『蘭世雪叶』って言って、オレもまあまあ仲良いんだけどさ。時々今回みたいな事になるんだよ、不思議な事に。……何なんだろうな」
「人それぞれ抱えてる事情が違うって事なんじゃないの?…俺もそうだけど」
「亜咲も?…どういうこと?」
「俺んち、けっこう昔からの家なんだよね。……俺の実家の近所ってさ、同じ藤原姓が多いんだよ。中には親戚とかもいるんだけど」
「あー、分かる。親父んとこもそうらしいな。あと結真さんもだっけ?」
「あ…そうだね、そういえば。……俺さ、すんげー古い家の跡取り息子なんだよ。…それこそ歴代で何代目とかっていう話が出るくらいの古い家」
「へえ、亜咲んちもそういう所なのか」
「……うん。今まで言えなかった。……ごめん」
俺はこの時初めて、航太に自分の実家の話をする事が出来た。
それは何のきっかけも無くて、自然とそんな話になっていったのだけど……。
急に実家の話を始めた俺を、航太は黙って聞いていてくれた。
「……でも跡取り息子って事は、亜咲はいずれ家を継がなきゃいけないって事なんだよな」
「…うん、まあ……。一応『次期当主』の候補、みたいな感じになってるけど……。」
「……そうか。ま、いいんじゃないの?…でも今はこうして実家を離れてる訳だし」
「……良くないよ!…俺たち二人、これから一生離れ離れになるかも知れないんだぞ!…俺が実家に戻ったら、お前とはもう二度と会えなくなるかも知れない。お前との関係も全て無かった事になるかも知れない。……お前、俺に何度も好きだって言ってたくせに、俺が実家で決められた相手の女と結婚しても良いって思ってるのか……!!」
「……亜咲……?」
気が付いた時にはもう遅かった。
俺は自分が何を言っているのか分かっているつもりだった。
だが、飛び出してしまった言葉はもう止められなくなってしまって、今までずっと心の奥に隠してきた思いや本音も全て溢れ出してしまって……そんな俺を見る航太の目は、紛れもなく戸惑いと怒りの表情だった。
「……お前、俺とのこの関係をどう思ってたんだ!?……本気だったのか?それともただのガキの遊び程度にしか思ってなかったのか!!」
「……遊びで身体の関係結ぶとかオレだってそこまで馬鹿じゃねえよ!!…お前これ以上くだらねぇ事言ってるとマジで殴るぞ!!」
「……!!」
「……いや、そうじゃない…。ごめん、亜咲…。」
「…航太……。」
「……だけどさっきの言葉は、ちょっときついな。…オレ、お前にそこまで信用されてないのかって思った。……でも、そう思いたくなるほど亜咲も追い詰められてたんだなって……。」
「…航太。……俺、お前の事信用してなかった訳じゃないよ。……ただ少し、いろんな事が短い間に一気に起きて……ちょっとパニクってた。……ごめん」
「……そうか。……でも、亜咲の周りがそんな大変な事になってたなんて、オレ全然気づかなかった。…そういう事、もっと教えてくれれば良かったのに」
「…あ、そうだよね。……何でだろ」
「ま、亜咲が話したくない事を無理やり聞いたって仕方ないしな」
「……それもそうだね。……ねえ、航太。…今度さ…」
「……なに?」
「……いや、何でもない」
そう言って、俺と航太はそのまま自然と手を繋いだ。……が、やっぱり俺は言えなかった。
まずは目の前にあるこの状況を楽しんでいこう……そう考えて、俺は繋いだその手を更に強く握りしめたのだった。
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