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scene.11 未来の『カタチ』

 ――その日の夜。  文化祭終了後の帰り際に、同じく文化祭に来ていた社長と結真さんに声を掛けられ、俺と航太は2号店近くのファミレスまで来ていた。  俺たち二人が到着すると、既に二人はしっかりと席を陣取っていて、こっちこっち…と手招きをしながら誘導してくる。そうして呼ばれた席に俺たちが座ると、早速メニューを開いて好きなもの頼んでいいよ、と声を掛けてきた。  落ち着く暇もなく俺たちがメニューを指定すると、二人も同じようにメニューを頼んで、それからやっと一息ついて、そのまま会話が始まった。 「二人ともお疲れー。…あ、それと…仕事終わりのタイミングでみわ子さんも来るから、そこの席も空けといてね」 「はーい」 「…それじゃまずは乾杯からって事で。……皆グラス持って~。……お疲れさまでした、カンパーイ!!」 「かんぱーい!」    結真さんの掛け声に合わせ、その場に居る四人がそれぞれにグラスを傾け、お互いにねぎらいの言葉を掛け合った。 「……いやぁ凄かったね、あの見世物。……よくぞあれだけのものが出来たなーって感心したよホント。あれって確か、製作期間そんなに無かったよね?」 「うん、大体1ヶ月くらい」 「それでもあのクオリティって……お前まじプロじゃん。どうせならその道極めちゃえよ」 「そうですね。…航太の制作した本格的な西洋衣装も、亜咲君のヘアアレンジもすごくスタイリッシュで綺麗でしたしね。……やはり二人はとても良い感性を持っているんだという事を改めて思い知らされましたね…。」 「ま、ここまで来るにはいろいろあったけど、それでも特に大きなトラブルもなく無事に終えられたしな。……ありがとな、亜咲」 「…いいんだよ、そんな事は。…俺も今回は貴重な体験をさせてもらえたし、今後の仕事の新しいきっかけにもなったから、お互い様さ」 「…そういえば…亜咲、大丈夫だった?…いつものやつ」 「……あー…うん。そういえば今日はあまり気にならなかったな……。」    航太の唐突な質問に、俺は自分が今現在抱えている状況の事を思い出した。 言われてみれば確かに、今日の俺は何となく落ち着いていたような気がする。ヘアアレンジの仕事をしていて、途中で何かがドーンと落ちてくるような感じも無かったし、強く精神を集中していても、身体全体が疲れるような感覚も無かったような気がする。 「それって多分、亜咲が少しずついい方向に向かってるって事なんじゃない?…後はそのままの状態がずっと継続できれば、いずれは仕事にも復帰できるんだろうし…」 「そうですね。…でも過度な無理は禁物ですよ?」 「…それは十分承知してます。でも、まだ根本的な問題が解決した訳じゃないんで、そこはやっぱりもう少し考える時間も必要なんだろうなって」 「まあ、そうだね。……あれから瀬名さんとはどこまで話が進んだの?」 「全然ですよ。……さすがの瀬名医師も俺の事にはかなり苦労してるみたいです」 「あーそうか。…俺の時とは全然勝手が違うもんなー。俺はまあ、はっきりとした原因があったからあの人も話がしやすかったんだろうけど……何だっけ?夢が絡んでるとか何とか」 「……何でその情報が結真さんの所に行ってるんです?」 「あれ、違う?……俺はそう聞いてるけど」 「……あのタヌキ医者……守秘義務があるんじゃなかったのかよ……。」  俺は思わずそう呟いた。  最初の頃、クリニックに行った時にはそれほど気にもしていなかったのだけれど、あれから何度か足を運んでいくうちに、瀬名医師の専門医としての知識はもちろんだが、それ以上に多岐に渡る雑学的な知識やら、果ては自分の実家やその特殊性に関する知識に至るまで、この人実は俺の人生の全てを網羅してるんじゃないかと疑いたくなるくらいの博識ぶりに、我ながら驚かされたものだ。……ひょっとすると、俺が今こうして心も身体も散々になりながら悶々と悩んでいる事なんて、あの人にしてみれば大した問題ではないのかも知れない。  ――それならばなおの事、この問題の根底にあるものとその原因を明確にさせて、俺自身の心の奥に隠された全ての真実に、覚悟を決めて決着をつけていかなければならない。 「……けどさ。やっぱり亜咲は、今の自分を乗り越えていかなくちゃいけないんだよ。今まで時間を掛けてゆっくりと積み上げてきた心の壁を、此処で思いっきり蹴り飛ばして打ち破る。…そういう時期になって来てるんだろうね。『硝子の壁』の中に居る『蛹』のお前は、姿の見えてる相手に向かってその硝子を叩き割る。……自分の事を待ってくれている相手がいる、新しい世界へ。…新しい姿で生まれ変わる為に」 「……新しい世界……」 「へえ…あんたって意外と哲学的なんだな?」 「…そう?」 「ああ。……ただの変なおっさんかと思ってた」 「変なおっさんて、お前ね…。俺、こう見えて意外と真面目なんだよ?……航太じゃまだ分からないかも知れないけど」 「いや、そうでもないな。……オレにあんな謎かけしてくるくらいだから、まあただの馬鹿じゃないんだろうなとは思ってたけど」 「それは、謎かけじゃなくて例え。…あーあ、俺…今までお前にどんな印象与えてたんだか。その性格のひねくれっぷりは、やっぱり親子の血かなー?」 「結真君。…さりげなく僕にブーメラン投げるの止めてもらえませんか」 「…あ、それすっごい分かる。……社長も時々ありますよね、そういう時」 「……亜咲君、君ねぇ……。」 「…どんなに離れても親子の縁は断ち切れないって事だろ」 「…おや。まさか君からそんな反撃が来るとは」 「……あー、そうか。……確かにそうかも知れないな……よし、決めた!」  俺が急にそんな事を言い出したので、3人の視線が一気に俺の方へ向けられた。 「……?」 「え、俺今変な事言いました?」 「あー、居た居た!……ごめんねー遅くなって」  それからすぐに仕事終わりのみわ子さんの声が聞こえてきて、何となく重い空気が漂い始めた席から一瞬にして明るい空気に変わったのだった。 ◇ ◆ ◇ 「…航太、明日って代休になるんだよね」 「うん、そうだけど。……それがどうかした?」 「明日、俺と一緒に出掛けない?」 「あー、いいね。どこに行こうか?」 「どこにって言うか……実はちょっと頼みたい事がある」 「……頼みたい事?珍しいな、亜咲からそんな話が来るなんて」 「うん。結論から言うと……明日、俺と一緒にクリニックに付き合って欲しいんだ」 「…クリニックって、亜咲が今通ってるとこ?……向こうの迷惑にならないなら良いよ」 「迷惑になるとかそういう事じゃなくて、お前だから頼みたいんだよ。……これは俺自身が絶対に向き合わなくちゃいけない問題だから、その為の手助けを航太にして欲しいんだ」 「……オレが?」 「…そうだよ。俺がお前を信頼してるからこそ、こうして無理を承知で頼んでる。…さっきの結真さんの話じゃないけど、俺とお前が二人で新しい世界へ踏み出す為には、どうしても必要な事なんだ。だから……」 「……分かった。亜咲がそこまで真剣に考えてるのなら、オレはお前に協力するよ」 「…ありがと。じゃ、先生には俺から連絡を入れておくから、明日の朝10時くらいにアパートまで来てね。……おやすみ」 「……亜咲!」  そう叫んだ航太の声が、玄関を閉めようとした俺の腕を急に引き寄せ、そのままの態勢で俺の唇にキスを迫る。体の不調が発覚してからずっと、もう随分とそういう事をしていなかった俺は、そんな航太の突然の行為に驚いて、瞬間的に身体を引いた。 「……ダメだ、逃げるな」 「……航太……。」 「……逃げないでくれ、亜咲。……オレ、ずっと不安だった。……最近のお前はいつも自分の事だけに精一杯で、オレとたまに顔を合わせても、全然オレの目を見てくれない。……話をしてもどこか他人事で、だからオレ……お前に嫌われたかもって、ずっと不安になってた…。亜咲にとってのオレって、やっぱりお世話になってる人の子供にしか見えなかったのかなって……」  さっきまで強気な態度だった航太の顔が、その言葉を告げた瞬間にまるで親に捨てられた子供のように、何かにすがるような表情へと変わっていった。……不安に満ちた表情で俺を見つめるその目は、今にも泣き出しそうな雰囲気さえ感じる。  ――俺は無言のまま、引き寄せられた腕からするりと抜け、今度は自分から航太の頬に軽いキスをした。 「……バカ、そんな訳ないだろ。……俺は、お前の事を嫌いになったりなんかしないよ」 「……亜咲……。」 「……こら、そんなことくらいで泣く奴があるか。……本当に嫌いなら、こんな風に話もしないし、今すぐふざけんなって言って思いっきり突き放してるぞ。……けど、俺がお前をそんな風に不安にさせてたのなら、それは年上の俺の責任だ。……大人げない事してごめんな」 「………。」  そして、俺よりも身長の高い年下の恋人を自分の懐に抱え込んで、俺は航太の髪の毛をわしゃわしゃと撫でた。 「……亜咲、くすぐったい……。」 「少しくらい我慢しろ。…俺の最大限の愛情だぞ」 「……ぷ……何だよそれ」 「…とにかく、詳しい事は明日話すから。…今日はもう遅いから家に帰りなよ」 「……うん。じゃ、また明日」 「ああ。おやすみ」  俺はそう言って航太を送り出し、その後ろ姿を見送ってから、ゆっくりと玄関のドアを閉めたのだった。             

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