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scene.12 廻廊を歩く
――そして翌日。
俺と航太は再びアパートで待ち合わせをしてから、そのまま二人で瀬名医師のクリニックがある町へと向かい、電車を乗り継いだ先の駅の前に降り立った。
「亜咲が通ってるクリニックってこの近く?」
「そうだよ。ほら、あそこ」
俺はすぐ目の前に見える小さな看板を指さして、航太にクリニックの場所を教えた。
そして二人でクリニックのドアを開き、入口すぐの受付で看護婦に声を掛ける。
「おはようございます。藤原です」
「はい、いつもありがとうございます。先生は奥の診察室です、どうぞ」
「ありがとうございます」
俺は案内された診察室のドアを開けて、中に居る瀬名医師の姿を探した。
初めてこのクリニックを訪れた航太はと言うと、何だか冒険でもするかのような表情でこの建物の中の様子を眺めていた。
「……何て言うか、どっかのアパートにしか思えないような感じだな。…こんなんでもクリニックって言うんだ」
「確かに、パッと見では病院とは思えない感じだよね。普通の病院診療とは少し違うからだと思うけど。……瀬名先生、藤原です」
俺がそう言うと、部屋の奥の方から探している相手の声が聞こえてきた。
『……奥にどうぞ』
「失礼します」
俺と航太はカーテンで仕切られた診察室のさらに奥にある扉を開いて、そこで待っていた瀬名医師の姿を見つけた。
「亜咲くん、ご苦労様。……彼は?」
「初めまして。乾航太です」
「前に先生が言ってた、俺の手綱を引いてくれる子です。……彼なら、俺の事を正しく導いてくれるはずですよ」
「導く…?どういう事?」
「乾くん、だっけ。……実は君にお願いがあってね。これから亜咲くんと一緒に、彼の過去を探す旅を手伝って欲しいんだよ」
「過去を探す旅、ですか?…亜咲の?」
「そうなんだ。……実は亜咲くんには、過去に置き忘れてしまった忘れ物があってね、それを探して見つける為に、君に一緒に旅をしてもらいたいんだ。……お願いできるかな?」
「……はあ……。」
瀬名医師は、自分なりに航太が理解しやすい言葉を選んで、今から実践しようとしている事の説明をしてくれているみたいなんだけど、当の航太は何だかポカンとしている。
実は今、ここで瀬名医師が実践しようとしているのは、俺が以前頼んでおいた『退行催眠療法』という精神疾患を治療・快復させる為に必要な治療法の一種なのだが、その特殊性ゆえに、どう説明したらクライアントである自分たちが納得できるのかが非常に掴みづらい。
その為、瀬名医師はこの『退行催眠』を「過去の忘れ物を探す為の旅」という例えにしたようだ。……航太はその例えをすぐに頭の中で整理できたようで、無事に会話は成立した。
「ちなみにそれって、亜咲の見ている不思議な夢に関係してる事、なんですか?」
「ああ、そういう捉え方は出来てるんだ。それならば話も早いね。…では亜咲くん、早速だけど始めてみようか。……亜咲くんはこのリクライニングチェアに座って。乾くんは…」
「あ、オレも名前で読んでもらって大丈夫です」
「それじゃ、航太くんで。……航太くんは、亜咲くんのリクライニングチェアの横にあるこのオフィスチェアに座ってもらって……亜咲くんが旅の途中で迷子にならないように、その手を強く握っていて欲しいんだ」
「……分かりました」
「……では、始めるよ。……亜咲くん、ゆっくり目を閉じて。……今から私が、過去の旅に出る君を、少しずつ誘導していくよ。……私の声で聞こえるカウントダウンは、過去の旅に向かう君の足を少しずつ動かしていくよ。でもそれは夢の中の話。君は空を流れる雲のように、ただふわふわと漂っているだけだ。……10。……亜咲くん。君は今、どこに居る…?」
それはまるで頭の奥で鳴り響く鈴のように、瀬名医師の優しくも涼やかなその声が、夢の中に居る俺自身を、ゆっくりと導いていく。彼の言う通り、俺の身体は実際には動いていないけれど、その心は雲の上にふわりと乗せられ、アラジンの空飛ぶ絨毯のようにゆったりと空の上を飛んでいるような感覚だった。
『……9。……亜咲くん。君の眼は、遠くに見える扉をとらえる事が出来る…?』
「……見えます。すごく遠いけど……扉が見えます。」
『うん、順調だね。……8。……その扉に向かう為に、君はどうしたい…?』
「……先生。降りてもいいですか?」
『……いいよ。ただし、君はあくまでも風のような感覚で、これから起こる出来事を見届けないといけない。……君の姿は、実体のない幽霊のようなものだと思って。……7。……君の足元には何がある…?』
「カーペット…。ずっと遠くまで続いてる…。」
『……うん。じゃあ、そのカーペットに沿って、視線の先にある扉を目指して。』
俺は瀬名医師の言葉に導かれながら、足元に見えるカーペットを頼りに、ゆっくりと歩みを進めていく。そうしている間も、彼の声によるカウントダウンは続き、俺は少しずつ扉に近付いて行った。
『……0。……亜咲くん、目の前の扉の鍵はかかってる…?』
「……みたいです。……先生。この扉の鍵って…?」
『……周りを探してごらん。……どこかに鍵を開くための何かがあると思うんだけど…。』
そう言われて、俺は自分の身の周りに見えるものを探した。
するとそこに、何か小さな光が見えた。
「……あれ、何だろ…。……宝石?……いや、違うな……ストラップ?」
『……何か見つかった?』
「…携帯のストラップかな……赤く光ってる。……これを拾って……」
俺がそのストラップのようなものを翳してみると、扉の奥から音が聞こえて、ロックされていた扉の鍵が開いた事を確認する事が出来た。
「……開きました」
『亜咲くん、そのストラップの正体が何か分かる…?』
「これは…俺の携帯のストラップですね。……恐らく高校の頃に使ってたやつです」
『……なるほど。……では、その扉の先でこれから君が視るものは、高校時代の君の記憶という事になる。……どうする?』
「……大丈夫です、お願いします」
『……分かった。……今、君の前に視える風景はどこ?』
「此処は、俺の実家です。……両親と社長の姿が見えます。」
『その社長とは?』
「今の俺の職場の社長の芝崎さんです。……この風景は、俺が今の職場に内定が決まった時の風景ですね。」
『その時の君は、どんな気持ちだった?』
「憧れの芝崎さんと同じ職場で働けるようになる事がとても嬉しかったんです。……でもこの時の俺は、既に神屋の次期当主っていう立場になっていて…その事でちょっとしたトラブルが起きた。……けど、芝崎さんがわざわざ俺の実家まで足を運んでくれて、俺の両親を説得してくれたんです。…だから俺は芝崎さんと一緒に仕事をする事が出来るようになった。」
『……なるほど。じゃあこの頃の君は、特に何かを強く悩んでいた感じではない?』
「…はい」
『……では更に過去を遡っていこう。……身体が浮き上がるよ。気を付けて』
「…はい」
そう声を掛けられて、俺は再び空へと浮かび上がった。
先ほどと同じように絨毯のようなものでしばらく浮遊していると、またさっきと同じような扉が見えた。
「扉が見えました。先生、降りてもいいですか?」
『いいよ。感覚はさっきと同じだからね。……今度も扉の周りにある何かを見つけないと、その扉は開かないからね』
「……はい、探してみます。」
忘れかけている自分の記憶を探すように、俺は再び扉の前に立つ。
しかし今度の扉は全体的に赤黒く光っていて、俺の心の中に不思議と何かが刺さるような感覚を覚えた。……この違和感は何だろう。
『……亜咲くん。どうかした?』
「…先生…。この扉、怖い……。」
『……怖い?……どうする?…戻る?』
「……けど……この扉を開けないと、俺戻れません……。」
『怖いのなら、無理をしなくてもいいんだよ?……航太くんの手、強く握り返して。』
「…怖い……。……よく分からないけど……けど先生。扉、開けます。」
『……亜咲くん……?』
「……鍵、見つけました。……だから、開けます。」
俺は、覚悟を決めてそう言った。
俺の中に燻るこの違和感の原因は分からないけど、足元に見えた鍵のようなもの……それは美しくも少し寂しい感じの、青い鳥のブローチ。
俺の頭の中の記憶には無かったものの、何故か懐かしさを覚えたその小さなアイテムが、恐怖に打ち勝てと俺に語りかけているような気がした。
『……分かった。でも無理はしなくていい。駄目だと思ったらすぐに私に報告して。』
「…分かりました。……扉、開けますね…。」
先ほどと同じように扉の前でそのブローチを翳し、扉の奥の鍵の音を確認して、ロックが解錠された事を確認してから、その扉をゆっくりと押した。
「…あれ、重い……。」
『……重い?……亜咲くん、気を付けて。…その扉の向こうにある風景は、君自身にあまりいい思い出を視せてくれないかも知れない。……扉の重さは、君の中に眠る心の重さを表している。……そこはきっと、君に大きな試練を与えてくるはずだ。』
「……はい。」
瀬名医師の忠告をその心の中で受け止めて、俺は再び目の前の扉を押した。
すると、ギィィ…という不気味な音を響かせながら開いていく。この先で何が起こるかは分からないが、まずは何の引っ掛かりも無く扉が開いた事に、俺は少しだけ安心した。
『……どうだろう?……何か視える?』
「…光が遠くて、よく分からないです…。」
『なるほど。その扉の先に光は見えるんだね?……今度の鍵は?』
「…青い鳥の、ブローチ…。……これは記憶にない…。」
『此処の扉の鍵は、君の記憶の中にあるもの全てだ。……君の記憶にないものが扉の鍵となる事は、まず有り得ない。……何か意味があるはずだよ。……光の視える方向へ、ゆっくりと歩いてみてくれないか?』
「……歩いてます。少しずつだけど……光が近づいてる。……っああっ!」
『…亜咲くん、どうした!?』
「……ま、ぶし……!」
その瞬間は、突然だった。
俺の目に飛び込んできた巨大な光の渦が俺の身体を巻き込んで包み込み、そのまま空中へと吹き飛ばされたように弾かれた。……そして。
『…亜咲。…貴方はこのまま、私たちの元で生活していくのです。…それが藤原の宗家に生まれた者の、昔からのしきたりなのですから』
「…だけど……いつも一緒に居たのに……。」
『……大丈夫だよ。どんなに離れても、亜咲は僕と一緒に居るよ。……これが最後じゃないんだよ。……いつかまた、会えるよ……。』
「……離れるなんてやだよ。……ねえ婆様、一緒に居ていいよね?……ボクを一人にしないで……婆様。……何とか言ってよ!」
『……申し訳ありません。このままだとこの子の聞き分けがなくなりそうですので……何も言わずに、そのままお行きください』
「……婆様!…嫌だよ。…飛鳥を……飛鳥を返して……!!」
「…嫌だ……。……いや……こんなのは……こんなことは……ボクが望んだ未来なんかじゃないっ……!!」
――パァァァァァンッ!!
俺の耳の遠くで、盛大に硝子が割れる音がした。
その音はその後も長く響き渡り、俺の耳から頭の中を走り、更にそこから全身に向かって、まるで蜘蛛の巣を張り巡らされたかのように、俺の身体をがんじがらめにして侵食していく。
身体中を駆け巡るような強い痛みと、その痛みから必死に逃げようとする俺の心が、剣を交えて戦う戦士のように、お互いの力をぶつけ合いながら、理性の中に残されていた俺の意識と体力をじわじわと奪い去っていく。
……苦しくて、辛くて、だけどどうしようも無くて……そして、そんな圧し合う力に負け、俺がそのまま気絶しそうになった時。
――遠くで聞こえていた瀬名医師の声の語気が、急激に強くなった。
『……視えた!!…そこだ。……亜咲くん、堪えろ!…どんなに辛くても、どんなに苦しくても……堪えるんだ。……そこを乗り越えたら、その瞬間に、君の記憶の全てが解放される。』
「……いやだ……いやだ……ボクは……ボクはぁぁぁーーーーーっ!!」
『…もうすぐだ、亜咲くん。……頑張れ!……航太君。いいか、絶対にその手を離すんじゃないぞ!!……この瞬間が君と亜咲くんの信頼関係の見せ所だ。……堪え難い記憶から逃げようとしている亜咲くんを、君のその手で引き戻すんだ。良いね?』
「……分かった。……亜咲、頑張れ……。……オレがお前を守ってやる。……オレがお前を救ってやる。…だから……!!」
「……飛鳥……!……アスカ……。……あすかぁぁぁぁぁーーーーーつ!!!!」
『……航太くん、今だ!……腕を引け!!』
「あさきぃぃぃぃーーーーっ!!」
――ぐわぁぁぁんっ!!
それは突然の事で、俺は一瞬何が起こったのか分からなかった。
目の前から光が消え、俺は自分が何処か地中の深い所へ落とされたかのような感覚に陥ったのだけれど、ふと気が付いた時には再び光の前に立っていて、さっきまでずっと遠くに視えていたはずの風景が、今度はすぐそばにあった。
『……よし、戻った。……亜咲くん、大丈夫かい?』
「……あ、はい……。……すみませんでした」
『もう一度、目の前の風景を視てみようか。……今は何が視える?』
「お婆様と、母さん。それから……飛鳥。」
『……飛鳥くんは、君にとってどんな存在?』
「…弟です。俺と飛鳥は双子で、俺が兄で、飛鳥は弟…なんだけど。でもあまり一緒に暮らしていた記憶が無い……。」
『…それは何故?』
「飛鳥は、子供の頃からずっと大変な思いをしてきてるんだ。…理由は分からないけど、昔は児童養護施設で暮らしてて……その施設が閉鎖されてから実家に戻ってきたけど、そこからの時間もあまり長くなかった。…10歳の時に、ある家族との養子縁組が決まってその家に引き取られてから、俺はもうずっと飛鳥とは会ってない…。」
『なるほど。……では次の質問。君が今、そこで視ているものはどんな風景?』
「……七宝焼…かな。俺のお婆様が自分の趣味として七宝焼のアクセサリーをよく作ってて、俺もよくそんな婆様の姿を見ながら一緒に作ってた記憶はある。だから多分、そんな時の風景なのかも……。」
『…ではこの記憶は、双子の弟の飛鳥くんが引き取られるよりも前の、君が小学生くらいの時の記憶って事になるかな。……その頃って楽しかった?』
「……うん。楽しかった……んだと思う。」
『……どうして?』
「……覚えてない。」
『……覚えてない?…でも、今ここで過去の記憶を語っている君は、目の前に視える光景が過去の自分のもので、一緒に居る彼が弟の飛鳥くんだと認識できている。……それは何故?』
「……弟……そんなはずない……俺は……俺には……弟なんて……居る訳が……ないっ!!」
『……亜咲くん……。……まずいな……彼のストレッサーの根幹はここか……!』
「瀬名先生、どうしよう……。亜咲がまた離れそうだ」
『航太くん、そのまま彼の手を掴んでてくれ。……彼を強制的にこちらへ引き戻す。』
「……分かった」
『亜咲くん、聞こえるか。今から君をこちらの世界へ引き戻す。……意識を飛ばすぞ。』
――「……そうだ、ボクは……。ボクには……弟なんて居なかった……。居なかったんだ!」
『……いや、違うな。…それは君が……亜咲くん自身が生み出した偽りの記憶にすぎない。』
「……ちがう。ボクはひとりだ。……ボクだけが、このいえのこどもなんだ。…ボクだけが……!!」
「そうやって、お前はまたオレを見捨てるのか!……自分の弟を、その記憶から消したように!!……弟と同じようにオレを居なかったものにしようとしてるってのか!!……そんな事はさせない。お前にオレの記憶は消させないぞ!!……亜咲。お前はオレの恋人だ、そんな事は絶対に許さないっ!!」
『……航太くん、今だ!…彼がこちらに気づいた、引き戻すよ!!』
「……戻って来い、あさきぃーーー!!」
――パァンッ!!
突然、俺の頭の上で手を叩いたような音が聞こえ、その音に気付いた俺は、意識をゆっくりと確かめるように目を覚ました。
そこに見えた風景は、いつものクリニックの天井だった。
俺の横に居て、その手を強く握りしめていた航太の姿を見た俺は、自分がきちんと戻ってこれた事を実感して、航太に声を掛けた。
「……お帰り、亜咲」
「……うん。」
「亜咲くん、お疲れ様。……ごめんね、途中で戻したりして。……けど、そうしないと君は危うく自分の記憶に飲み込まれるところだった。……力不足で申し訳ない」
「そんな事ないです。…俺もどうなるかと思ったけど…何も起きなくて良かった……」
「それは航太くんの力があったからだよ。君が彼をここに連れてきた理由も分かった。……君たちはお互いに愛し合っていたんだね」
「……えっ!?」
「だって君と航太くんは恋人同士なんだろう?……羨ましいね、若人たち?」
「……航太……お前……!」
「…んな事言ったって仕方ないじゃん。そうしないと亜咲戻ってこないんだもん。……あの状態から戻すには、それが一番効くと思ったんだよ!……だからこうして戻って来れたんだろ?
それって亜咲もオレの事恋人って認めてるって事じゃん」
「それとこれとは話が違う!」
「まあまあ、二人とも。どんな形であれ、こうして戻って来れた事に間違いは無いんだから、それでいいんじゃないかな。それに航太くんのおかげで君の不調の根幹も分かったしね」
「…え、そうなんですか?」
「ああ、そうだよ。……亜咲くん。君は過去に起きた出来事で、どうしても思い出せない事があったんじゃない?」
「……え?」
「さっき、君は夢の中で『七宝焼』という言葉を使っていた。それはどんなもの?」
「『七宝焼』は、俺の婆様が自分の趣味として作っていたものです。……こんな感じのものなんですが…」
そう言って、俺は自分のスマホを取り出し、そこにつけられていたストラップを外した。
その見た目は一瞬宝石のように見えるが、実際にはその土台に特殊な染料を使用して色を付け、さらに釉薬を塗ってから専用の電気釜で焼き付けたものだ。
俺は手先が器用だからと言って、よく婆様に手作りアクセサリーの色付けを手伝わされたりしていたのだが、一緒にやっていくうちに自分でも制作するようになって、そんな中で自分で作ったもののうちの一つが、現在も使用しているこのストラップだった。
「これがそうなんだね。……じゃあもう一つ。君がこれまで制作してきた作品の中に、青い鳥をモチーフにしたものって無かったかな?」
「……えーと……。あ、そういえば『幸せの青い鳥』の絵本を基にしたものがあったような」
「……亜咲くん、さっきの扉の鍵は?」
「青い鳥のブローチだったけど……あっ、そういう事か。……じゃあ多分、俺が実際に制作していたものなのかも知れません。……でも、今はどこにあるか分からない……。」
「そう。……多分、その『青い鳥』に関わる何かが、君の心の奥でずっと潜んでいた記憶の錯乱を起こしていた原因かも知れない。……それから」
「それから?」
「…いや、もう一つの話は私よりも航太くんの方から話してくれると助かる」
「…え、オレ?」
「ああ、そうだ。君なら亜咲くんも信頼してくれているからね」
「……そうですか。ありがとうございます」
「瀬名先生。これで亜咲は治ったの?」
「…治ったか治らないかはまだ分からない。でも、亜咲くんの頭の中に、ほんの一部だけど抜け落ちている記憶があるという事は分かったから、私はそれが分かっただけでも良いんだよ」
「そうなんだ…。」
「後は亜咲くんの気持ち次第ってところかな。……くれぐれも無理はしないようにね」
「はい、ありがとうございました」
「それじゃ、また今度ね」
瀬名医師がそう言って、俺を送り出してくれた。
その後ろで瀬名医師に呼ばれた航太は、彼とまだ何かを話しているようだった。それは恐らく、さっき瀬名医師が言い淀んだことに関する事なんだろうと思った。
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