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日置くんはコスってほしい15
集合時間まではまだ余裕があるが、バスにはすでに戻って来ている人がチラホラ。
ほとんどがコスプレはせずに撮影のみで参加している人だ。
ここが最後の撮影ポイントだったので、コスプレをしていた人たちは着替えている最中なんだろう。
バスが出発すれば、もうあとは帰るだけ。
この市の三つ隣の市にオレたちが住んでいて、そこがバスの終点だ。その途中のバス停でも何箇所か下車できるようになっている。
でも、オレは最初のバスターミナルで下車だ。
いとこの家で着替えて、借り物のコスプレ衣装を返さなきゃいけない。
この姿で日置と一緒にいるのは、あと30分。
ちょっと名残惜しい。
日置がなぜか自分のボトムスをやたらとこすっている。
なんだ?と思って顔を覗き込むと、ぱっと手を浮かせて、またゴシゴシ。
「なんか手についたの?」
「えっ?いや。あー、ただちょっと汗ばんでるかな?」
「ふぅん?」
今日のコイツの挙動不審っぷりには、さすがにもう慣れた。
……と、思ったけど、今度は手を浮かしては膝をこすって……を繰り返し始めた。
なんなんだ?
膝に置こうとした日置の手を、下からさっと掴んでみた。
「…………」
日置は緩みそうになる口を引き締めようと、ムニャムニャと動かしてる。
けど、いくら頑張っても、だらしない顔だ。
握った手をポンポンと上下に振ってみた。
……なんか、すげぇうれしそう。
落ち着きなく身体を揺すってる。
子供みたいだ。
「さっき、なんで手をゴシゴシしてたの?そこまで汗ばんでもないけど?」
日置がぎゅぎゅと握って、オレの手の甲に頬ずりをした。
「その……コレ……したかった」
「……え?……あー、そうなんだ」
バスの中だから、他の人の手前、ぼかした言い方してるけど、つまりは、手をつなぎたかったってことか。
そんな……たかがオレと手をつなぐくらいで……。
あんなソワソワして、なかなか踏ん切れなくて。……オイオイ、中学生かよ。
……って、もう、なんなんだよ日置!
可愛すぎるだろう!
モテメンのクセに、今日は一日ピュア可愛い童貞くんに逆戻りかよ!
さっきから小さくキュッキュと握っては、うれしそうにオレを見つめてる。
オレもキュっと握り返すと、それだけで日置から喜びオーラが放たれた。
くっ。可愛い。
なんか、高校生のときの初デートを思い出す。
いや、初デートって、相手が変わっても、毎度こんな感じかもな。
ああ、もうラブラブだな。
日置はバスの通路を人が通るたびに、見えないように手をすっと隠すけど、それでも絶対に放そうとはしない。
オレの指をムニムニともてあそんで、うれしそうに微笑む。
けど、そんな時間もあっという間で、最後の乗客となるあの女の子たちがバスに戻って来た。
コスプレ衣装を脱いで、化粧を変えると誰が誰だかさっぱりわからない。
地味な子もいれば、別のコスプレをしただけなんじゃ……っていうくらい異次元なファッションセンスの子もいる。
今回、日置がこのツアーに参加したのは、この子達に誘われたかららしい。
仲間内の一人が参加できなくなり、誰か行く人はいないか……ということで、まわり回って日置が参加することになったそうだ。
まわり回って……ということなので、知り合いってだけで実はそこまで親しくもないらしい。とはいえ、一緒にツアーに参加するんだから、あの子達も当然、日置に撮影してもらうことを期待してたはずだ。
けど、日置がオレと行動を共にしたせいで、撮ってもらえなくなったから、彼女たちは最初オレにあたりが強かったんだろう。
あれだけ綺麗な写真を撮るんだから、それを知ってる子は撮ってほしいって思うよな。
最初はイケメンだから日置が人気なのかと思ってたけど、それだけじゃなかったってことだ。
「サツマさ、いつも、あんな写真撮ってるの?」
「あんなって?」
ピンと来てないようなので、片手でスカートを摘んで膝をチラ見せしてみた。
「まっっ!まさか……」
大きな声を出しかけ、ハッと気付いてオレの耳に口を寄せる。
「そんなの、いつも撮ってるわけないだろ。初めてだ」
「じゃ、なんで?」
「『アレ』は、ラブちゃんが1ポーズだけ……恥ずかしいのでも撮らせてくれるって言ったんじゃないか」
結局スカートをめくる1ポーズを、しつこいくらいバリエーションつけて撮られたけどな。
「ポーズを指示したのはサツマだろ?サツマが指示すれば、コスプレしてる子はほいほいノッてキワドいポーズだって撮らせてくれるんじゃないの?」
「まあ、自分からそういうセクシーポーズを取りたがる子もいるけど、別に俺はコスプレ専門で撮ってるわけじゃないし……」
「え、そうなのか?」
あの萌えっぷりからして、三度のメシよりコスが好きなんだと思ってた。
「作り物めいた世界観が好きなんだ。自分のイメージに合わせてジオラマやフィギュアを撮ることもあるし、普通に小物や風景も撮るよ。だから……今日のは本当に異例中の異例」
赤い顔をしてバツが悪そうに目を彷徨わせる。
「なんだ、ちょっとエッチな作品に仕上げたいのかと思って、恥ずかしいのを我慢してガンバったのに、損しちゃったな」
わざとらしくスネてみせると、日置が慌てた。
「ゴ、ゴメン。そうだよな、恥ずかしかったよな。俺、自分の欲ばかりで……ほんとゴメン、ラブちゃんの気持ち考えてなかった」
お、おう……。冗談のつもりだったのに、本気で反省している。
「あんな格好見せるの、サツマだけだからな?サツマだから、恥ずかしいけど、ガンバったんだぞ?他の人には……頼まれても絶対しない」
「ラ、ラブちゃん!」
オレのあざとい言葉に、反省モードだった日置の気分がギュウンと上向いた。
ああ、日置の単純さが可愛い……。
『他の人には……頼まれても絶対しない』なんて当たり前だ。
そもそも誰も頼まない。
オレに、パンツ脱ぎかけのポーズで写真を撮らせて……なんて言ってくるクレイジーなヤツ、お前だけだよ。
そんな話をしている間に、ツアーバスは出発の時刻になった。
これで今日のツアーは終了だ。
主催が挨拶と参加に対する感謝の言葉を言って、記念品の抽選会なんかをしている。
地元のオリキャラのイラストのクリアファイルとシールとか……どうしよう。
可愛いけど要らない。
あ、衣装を貸してくれた人にあげればいっか。
それが終わるとすぐにバスは出発し、オレが降りるバスターミナルまでは、ほんの数分。
あっけないくらいすぐに別れの|刻(とき)となった。
停車時間は短い。
名残惜しんでいる暇もなく、つないていた手をパッと離して、そのままサヨナラを告げるように振る。
「またね」
「うん、また」
必ずまた会えるとわかっているオレと違って、日置の目は泣きそうだった。
速やかに下車して、車外から見上げると、日置が窓に張り付いてじっとこっちを見つめている。
捨てられた子供みたいだ。
すぐに会えるとわかっているのに、オレの胸まで寂しさでギュッと締め付けられてしまう。
バイバイ、サツマ。
『イブ』にはもう会えないけど、オレにはまたすぐに会えるから。
……ただ、会って、ラブがオレだってわかったら、日置はどうするんだろう。
喜ぶ?失望する?気付かなかったことにする?
ちょっと、怖い。
けど、どうしようもない。
……だって、明日、バイトだし。
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