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日置くんはコスってほしい16

今日の居酒屋でのバイトは、日置は夕入りで、オレは夜間。 バイトの開始時間に三時間半の差がある。 日置は多分、もうシャキシャキと働いてるんだろう。 オレは仕事が出来るわけでもなければ、大きなミスをするわけでもない、目立たない存在だ。 日置とも、仲がいいわけでも、悪いわけでもない。 頼りにされてるわけでも、手がかかるわけでもないから、業務上の声かけ程度の関係だ。 もちろん、みんなで雑談するときには普通に話すけど、二人で会話が盛り上がった記憶はない。 スタッフルームに入って、ロッカーをあける。 簡単なカギのついた小さいロッカーは個人専用ではないけど、自然と定位置が決まっていた。 部屋の真ん中には大きめのテーブルがあり、部屋の隅には色々荷物が置かれている。 物はすごく多いけど、スッキリ整理されてるほうだと思う。 着ていたパーカーを脱いでロッカーに放り込む。 そして、Tシャツの上から|作務衣(さむえ)みたいな居酒屋の制服を羽織ろうとしていたときに、スタッフルームのドアが開いた。 新人バイトの大崎さんが卓上コンロ用の焼き網を持ってきたようだ。 使用済みのものをざっと洗ってから業者に引渡す。それをこの部屋にストックしていた。 随分枚数が少ないな……。 けど、女の子だし……。 「持とうか?」 「あ、いえ、大丈夫です。この奥に持ってくだけですし。気にせず着替えてください」 あ……。オレ、制服に片腕通しただけの変な格好だ。 へへっと照れ笑いをして反対の腕も通した。 そのとき入口のほうで、ガシャンガチャン!! と派手な音がした。 「えっ!?」 「きゃっ!」 入口で日置がトレーに積んで持っていた焼き網をガシャンガシャンと落としている。 コイツが大部分を持って来てたから大崎さんの持ってた網が少なかったのか。 「大丈夫ですか!?」 大崎さんが心配して声をかけるけど、まだ落としてる。 「|伊良部(いらぶ)?」 「え……?うん。何?」 おいおい、まだ自分の足の上に網をガンガン落としてるんだけど……。 うわっ……めっちゃ痛いぞ絶対。 大きな音に他のスタッフも集まってきた。 けど、日置はただボーーーっとつっ立ってる。 オレや他のスタッフが焼き網を拾い始めてようやくハッとして、網を載せていたトレーを一旦床に置く。 そして、足を動かそうとして、激痛が走ったんだろう、崩れるようにしゃがみこんだ。 涙目だ。 その場にいた数人のスタッフで片付けていたけど、日置はだんだん痛みが増してきたようで動けない。 歩こうとしても歩けないみたいだ。 まあ、あんな枚数を次々と足に落としたんだから当然だな。 そのまま、日置は早退。 翌日腫れがヒドイんで病院に行ったら、足の骨にヒビが入っていたって話を、他のバイトメンバーから聞いた。 なんとか掴り歩きは出来ても、仕事は無理ってことで、結局そのあとシフトの関係もあって十日バイトを休んでしまった。 なにやってんだか。 そして、バイトに復帰した日置は、微妙にオレを避けだした。 避け方は微妙だとしても、目立つ日置の行動だ。オレと日置が喧嘩でもしてるんじゃないかって噂が立ち始めた。 オレは避けられて、ちょっと傷ついた。 多分、日置はオレ(ラブ)に気付いてる。 さすがに、アンナコトをしたのが実はバイトの仲間だったってわかったら、色々葛藤もあるよな……。 だから、日置はオレを避けるって決断をしたってことだろう。 悲しくはあるけど、オレもそれはしょうがないなって思う。 あのツアーの時に、オレにニヘニヘと緩んだ笑顔を見せた日置を思い出す。 楽しかった。 そして、いつもと違う日置が可愛かった。 けど、『イブ』がその時限りの存在であるように、オレを好きだと言った『サツマ』もその時限りの存在だったってことだ。 「生4入りました!」 どっと心を押し潰しそうになる切なさに気付かないフリをして、大きな声を出す。 居酒屋バイトっていうのは、忙しさで何も考えられなくなるから、こういう時にはいいな。 日置がオレを避けているから、日置の顔を見ることも少なくて、オレが辛さに気付く暇もないし。 …………そう、思い込んだ。 けど、日置のバイト復帰三日目くらいで気付いた。 避けてるけど、オレを見てる。 そして目が合うと、少し恥ずかしそうな表情を隠すように目をそらす。 オレが夜間の入りなら、入りの時間に必ずスタッフルーム付近をウロウロしてるし、二人とも同じバイト時間の場合は、バイト終わりの帰り道、微妙に離れながらも途中まで一緒に歩く。 いや、ついて来るって言ったほうが正しいな。 かといって、家までついてきたりすることはない。 オレと日置の帰り道が重なるほんの数百メートル。 ささやか過ぎるストーカーだ……。 試しにメニュー表を受け取る時に、わざと手を上から握ってみたら、ビクンと手を跳ねさせて取り落としそうになっていた。 だからといって、嫌がってる風じゃない。 そして、もしかして……が確信に変わった。 日置は『ラブ』とのことを無かったことにしようとしているわけじゃない。 『オレを見つけて……』 そう言ったオレの言葉に応えようとしている。 けど、なかなか言い出せない。 『サツマ』のヘタレっぷりは、シャキシャキ仕事をこなすバイトサブリーダーの日置に戻っても健在だったようだ。 「い、いラ……|伊良部(いラブ)…………これ……三番によろしく」 オレの名前を呼ぶときに、妙に口ごもる。 スタッフルームで二人きりになったときも、 「い……らぶ……。い……」 オレを呼んで、そのあと何も言わずに口ごもる。 しかも、呼んでおきながらまともに顔も見れずに、オレの汚れたバイト用のスニーカーをじっと見てる。 かと思えば、急にぐっと距離をつめて……肩に手を置こうとして、寸止めで諦める。 絵に描いたようなヘタレっぷりだ。 ツアーバスを降り『サツマ』からモテメン日置に戻ったのに、童貞臭い挙動不審さがより増してしまうとは思ってなかった。 『オレのこと見つけられたらご褒美』って約束だった。 だから、オレの方から「オレに気付いてるんだろ」って言うのもなんか違う気がしてたんだけど、怪我からバイトに戻って一週間、日置がずっとこんな調子でさすがにもどかしい。 単純な日置を喰いつせるには、とりあえずコレかな? って、ことで、バイトにベージュの膝上ハーフパンツを穿いていった。 とはいえ……考えた時にはイケそうな気がしてたんだけど、フツーにハーフパンツ穿いてるだけだもんな。 少しスリムなシルエットだけど、べつにそんなミニ丈ってワケじゃない。 オレたちくらいの年代のヤツならよく穿いてるし。 仕事中に足が濡れるのがイヤだから、バイトの時に穿いていったことが無いってだけ。 うん。すげぇ、普通だ。 大学でこんな格好してること多いし。 ……なんでコレでイケると思ったんだろオレ……。 ちょっと作戦練り直さなきゃな……なんて思いながら、座敷の上がり口にあるスリッパをそろえるため床に手を伸ばしてたら……。 あ、見てるな……。 日置がオレのケツをガン見している。 いや、フトモモが好きなんだっけ。 さらに、瓶ビールの受け渡しの時に、たまたま濡れた手がふれたのにも、わかりやすく動揺していた。 その反応に気を良くして、ちょっとふれるだけの軽いボディタッチを繰り返してみた。 本当にちょっとだけ。バイト仲間として、不自然じゃないレベルのものだ。 けど、日置は次第にソワソワと落ち着かなくなってきた。 …………うん。 決めた。 今日、日置に言うべきことを言わせよう。

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