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日置くんはコスってほしい17[終話1]
夕入りのバイトが上がりの時間になって、数人がスタッフルームでザワザワと帰り支度をしている。
夕入りは片付けもほとんどないから、みんなパッと制服を脱いでさっさと帰る。
この日はオレも日置も夕入りで、皆と同じようにすぐにスタッフルームを後にした。
やっぱり今日も日置はゆるっとストーカー。
オレはいつも通りの帰り道で、いつも通りに角を曲がって、すぐに立ち止まった。
そして振り返るとその場で日置が追いついて来るのを待つ。
あ、きた。
って……あっっっっ。
まさかの正面衝突。
なんでそんな焦ってんだよ。
しかも、足痛めてるから……。
「大丈夫?」
当り負けて、歩道に倒れこんでしまった日置の前にオレもしゃがみ込む。
「足、痛くなったりしてないか?いや、足だけじゃなく、どっか痛いとことかない?」
オレの不用意な行動のせいで、せっかく治りかけた足をまた痛めてたりしたら……。
「俺は大丈夫だよ。ラブちゃんこそ怪我しなかった?大丈夫」
「大丈夫。手つかんで、立って。じゃないと痛めてないかわからない。……ん、ちゃんと立てるな」
日置を立たせ……手をつなぎ合ったまま、二人でちょっと見つめ合う。
あれ、コイツ、今サラッとオレのことラブちゃんとか呼んでたな。
……でも、本人は呼んでたことに気付いてない?
うーん、これじゃグレー判定だな。
『オレのこと見つけられたら』っていうだけなら、見つけてはくれたけど、ちゃんとオレにそのことを伝えきれてない。
『今日、日置に言わせよう』っていうオレのノルマは達成……できたのか?できてないのか?
あれ?これはどっちだ?
まぁ…………。
あのバスツアーでは、もう会えなくなるかもしれないっていう焦りもあったけど、こんな風に、ちょっとづつ近づく感じも悪くはない……のかなぁ。
でも、もうちょっと……。
「手を……」
「あ、ゴメン」
なぜか謝り、慌てて放そうとする日置の手を、オレはギュッとにぎった。
車通りのそこそこある道だけど、歩道を歩く人の通りはまばらだし、手ぐらい、いいよな。
「また、転ぶといけないから、オレが握っといてやるよ」
「え、あ、いや、そんな子供じゃないんだから」
中学生みたいにオタオタしまくりのくせに、よく言うよ。
「子供じゃなくても、ケガ人だろ?オレと手をつなぐのは、イヤ?」
「!!!イ、イヤじゃない。その……ありがとう」
夜目でもわかるほど赤くなって、嬉しそうに日置が照れている。
当人は気付いてはないけど、一応『ラブちゃん』って呼んだからな。
この手つなぎは、そのご褒美だ。
ちろっと日置を見上げると、あのバスツアーで見たようなフワフワニヘニヘとした笑顔をしている。
あーあ。
だらしない。
…………けど。
くそっ。可愛いな。
今日はこのくらいでご褒美をあげるけど、次こそはきちんと面と向かって呼ばないと、許してあげないぞ。
わかってんのか、日置。
オレだってオマエに、たっぷりご褒美あげたくって、たまらないって思ってるんだからな?
ぎゅぎゅ……と手を握ったら、ビクンと肩を跳ねさせ、顔を背けた。
これは絶対、ニヤケまくってるな。
…………ふっ……アホ可愛い。
日置、早くちゃんとオレを見つめて、オレのことを呼んでくれよ。
そしたら、なかなか肝心なことを言えないヘタレな唇を、すぐにオレの唇で優しく塞いであげるから。
と、思ったけど……。
「日置」
「え、あ、なに?」
なんかやっぱ、我慢できねぇ。
ぐっと引き寄せて、チュッとキスをした。
あ、日置が驚いて、またこけた。
いや、腰を抜かしたのか?
「お前、オレになんか言いたいことあるんじゃない?」
こけたままの日置に顔を寄せて囁く。
これだけはっきり、水を向けたんだ。
あとは……わかるだろ?
日置が潤んだ目をオレに向けている。
そして、バスツアーのあと、何日もオレをじらした唇から、やっと言葉がつむがれた。
「も……も……もう一回……。キス……して。…………ください」
いや、そうじゃないだろ。
頭の中で一応ツッコミを入れるけど、でも……。
ダメな子ほど可愛い。
ああ、もうなんでもいいや。
「とりあえず、キスしてやるから、その間オレに言うべきことないか考えてろ」
路上だけど、なんでもいい。
うん。
とりあえず…………日置、チュウだ。
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