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日置くんはスキだらけ5
飲みに行った二日後、大学構内で日置に会った。
会った……っていうか、オレが一人になるのを見計らって声をかけてきたみたいだ。
そして、さらに人の少ない中庭に連れて行かれた。
何だ……と思ったら。
「これ、読んでくれないか?」
妙にキョロキョロしながら封書を手渡される。
なんだ?
そんな周りを警戒しなきゃいけないものって……。
あ……ま、なくはないか?
と思って中の物を取り出したらまさかの、普通の便箋。
え……?
こんなソワソワしてるから、きっとバスツアーで撮ったエロい写真でも手渡されるんだろうって思ったのに。
文面を見て、思わず眉根を寄せてしまった。
なんだよー。
なんでこんな回りくどいことすんだ?
『明後日、飲みに行きませんか?』
って、普通に口で言えばよくないか?
「明後日は、二人ともバイト休みだし、どうかなって思って」
……結局普通に口に出して誘ってるし。
「あー、まぁ、いいけど?」
「本当?」
「別に、断る理由もないし……って、あ、そうだ、これ」
オレはカバンの中から小さなビニールバッグを取り出した。
突き返してやろうと思って持ち歩いてた、あの靴下だ。
「これ、お前の仕業だろ?なんでか知らないけど、履かされてた」
ちょっと不機嫌な顔のオレに対して、なぜか日置はニヘニヘだ。
「これ、どうだった?」
「は?どうって……。家に帰るまで全然気付かなかったけど」
「そっか、サイズとか違和感とか」
「履いてる時はわかんなかったけど、気付いたら何でこんなもん履いてんだ??って違和感しかねぇよ」
「そうか履いて違和感がないなら良かった」
とか言いつつ、日置が靴下をビニールバッグから取り出してそっと嗅いだ。
「ぐっ……ひお……洗濯くらいしてるって!」
「え、洗ったの?」
「当たり前だろ」
「そんな……次からは洗わなくていいから」
……なんで次があるんだよ。
おかしいだろ、起きたら靴下履いてたとか。
「だから、匂うなよ」
「全然におわないよ」
「あっ、あたりまえだろっ!だから、洗ったんだって。それに、そんなに足臭くないって!!」
その言葉に、日置がふぅ……とため息を一つついた。
「そうだよな。ぜんぜん、臭くないよ」
うっっ……。なんだよそれ。
え?オレ、もしかして、本当はすげぇ足臭いのか?
自分じゃ気付いてない……みたいな??
だからニオイをガードするために靴下履かされた……?
……帰り、ドラッグストアでニオイ対策グッズ買おうかな…………。
◇
日置に飲みに誘われた日は、バイト先の居酒屋が常連だけの夕涼みイベントで、あらかじめ来店人数がわかってるし、店じまいの時間も早いということで、ローテーションで夜間担当にあたるバイトは全員休みだった。
日置とは、街中の公園で待ち合わせをした。
おーお、なんだ、日置、ポーズキメキメで立ってんな。……と思ったら、電話をしてるみたいだ。
少し、眉根を寄せて困り顔。
「その、今日俺、デ…………」
言いかけて、オレに気付いて言葉を呑み込んだ。
ん?どうした??
「その、都合悪いんで、先約入ってて」
電話の相手はなんだか粘ってるみたいだ。
なんだ??
日置の様子を伺っていると、いきなり後ろから声をかけられた。
「あ、二人とも呼び出されたんっすね!!!これから向かうとこっすか??」
え……霧島?
あれ、コイツも今日一緒に飲むのか?
と思ったけど、日置も驚いて目をむいてる。
「いや、急な呼び出しとか、困りますよね、伊良部さん!とか言いつつ、暇だったんですけど!」
日置の眉間のシワがさらに深くなった。
「あ……はい……。今は、霧島と……伊良部が……。はい……」
口の端をヒクヒクさせながら返事をしている。
そして、わかりやすく肩を落として電話を切った。
「霧島……お前、なんでここにいる。そして、声がでかいっ」
日置がイライラを隠さず霧島を睨む。
けど、霧島はどこ吹く風だ。
「もう、ほんと計画性ないっすよね!ホールをみんな浴衣にしたら動きが悪くてまわんないって、ウケる!」
「……は?」
「…………」
「浴衣の着付はパートの伊佐 さんがやってくれるみたいっすよ。日置さんの浴衣とか、女性客キャアキャアっすね」
霧島の言葉に日置がイヤそうな顔をしたと思ったら、今度はオレを見て情けなく眉を下げた。
「その……そういう事情で……。俺は店長に断ったんだけど、霧島の馬鹿デカイ声のせいで三人一緒ってバレて……、断ってるのに……断ったのに勝手にみんなで……バイトに入るってことに……」
歯切れ悪くぼそぼそと話す日置の言葉半ばで、霧島がオレの背中を押した。
「途中からの入りだけど、バイト代は夕入りの満額出してくれるらしいですよっ!超ラッキーすよね!」
オレが霧島に押されて歩き出せば、日置もトボトボとついて来る。
オレは出勤を頼まれてもなければ、行くとも言っていないのに、勝手にヘルプの頭数に入れられてしまっているらしい。
…………ふぅ……。
◇
三人も増員したので、慌ただしかったホールも、浴衣姿に合ったゆったりとした動きになった。
朝顔や風鈴の柄の浴衣を着た女性店員が、ビールを運ぶのが涼しげだ。
余裕ができたので店長は常連さんたちと一緒に飲み始めてしまった。
バイト・パートの統括 をやってる従業員の奄美 さんに加え、サブの日置もいるから完全にゆるみきってるんだろう。
忙しかったのは、オレたちが入った最初の三十分だけだったので、これでバイト代を満額もらうのは申し訳ないような気もする。
しかも、ゆったりしてきたからと、お客さんが店員全員にビール一杯ずつ振る舞ってくれた。
もちろん飲めない人には、ウーロン茶かジュース。
楽なうえに飲みながらのバイト。……まあ、悪くないかな。
日置との飲みは、いつでも行けるけど、こういうイベント事はあんまりないし。
新人バイトの大崎さんは要領がいい。ちょっと可愛いから、ずっとお客さんに話しかけられてて、全然働いてないけど、今日はそういうのもOKな雰囲気だ。
日置も当然のようにお客さんに話かけられまくってる。酒も勧められてるみたいだ。
……なのに、あいつはすぐに話を切り上げる。
いつもと同じように、しゃきしゃき働いてますといった風だ。
けど、それはあくまで『しゃきしゃき働いてますといった風』ってだけで、実はあいつが一番いつもと違うイベントの雰囲気に毒されてるのかもしれない。
一仕事終えると、すぐにオレの近くにすすす……と近寄って来る。
そして……。
ああ……やめてくれよ……。
そんな露骨にうっとりとした目でオレを見るなって。
「はぁ……。浴衣……似合う」
「浴衣が似合わない奴なんて、いないだろ」
「世界一、似合う。かわいい」
「やめろ……ここで、んなこと言うな」
居心地が悪くて、必要もないのにしゃがんで補充用の割り箸を取り出したら、さらに日置がゆるっとだらしない顔をし始めた。
「……なんだよ。何見てんだよ」
「あ……あいや、別に……しゃがんだ時のお尻が、たまらなく可愛いなって思っただけ」
思っただけなら、思うだけにしとけ。口に出すなっ。
「暇だし、今のうちに補充確認しといたら?」
いつもは日置に言われるようなことを、苦し紛れに言ってその場から逃げた。
日置は、顔を引き締めることもなく、チェックを始めたみたいだ。
ああ、もう、なんなんだよ。
これまでもバイト中に時々視線感じてたけど、ここまで露骨に見られることはなかった。
ビール一杯で日置の理性が緩みまくりだ。
日置にとっては、浴衣もコスプレのうちなのか?
てか、女装じゃなくていいんだな。
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