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日置くんはスキだらけ6
「あ、伊良部くん、その上の大皿とってくれねぇ?」
通りすがりに、板場担当の本部 さんに棚の最上段にある大皿を取るよう頼まれた。
本部さんは小柄なので、高いところにあるものを取る時は、はじめから努力をせずに人に頼むのが常だ。
けど……あれ?
いつも通り椅子にのって取ろうとしたけど、浴衣の裾が引っかかって昇れない。
踏み台持ってこないとダメか?
「ははっ。何やってんの?浴衣の裾をからげて昇ればいいんだって」
本部さんが、オレの後ろの裾をぐいっと持ち上げて浅く帯に挟んだ。
おお、飛脚スタイル?これはたしかに動きやすい。
あんまりしっかり上げると下品だけど、膝上くらいだしアリかな?
「この皿、何に使うんですか?」
上のほうに収納してるくらいだから、普段はあまり使わない皿だ。
「ん、店長がみんなにおにぎり作って出してっていうからさ。従業員も自由に食べていいみたいよ」
「そうなんですか。へぇ……店長、ご機嫌だな」
「暇そうな子がいたら、握るの手伝ってって言ってきてくれない?」
「あ、はい。わかりました」
本部さんに言われフロアを見に行ったら、霧島が座敷席のお客さんに混じって話し込んでいた。
飲んでるビールもお客さんのじゃないか?これでバイト代貰おうだなんてずうずうしいな。
日置は……やっぱ、お客さんにつかまってるか。
目についたスタッフに適当に声をかけていく。
手の空いてる何人かが板場に行ってくれたようだ。
オレもお客さんのオーダーを通した後、板場に行ったら、出入口でグイッと腕を引かれた。
振り返ると日置だった。
さらにガシッと腰を抱くように掴まれる。
「何考えてんの」
「え……なに???」
戸惑うオレにおかまいなしに、グイグイと腕を引いて歩き出し、そのままスタッフルームに引きずり込まれてしまった。
「『なに?』じゃないよ!なんて格好してるんだ」
「は?」
真剣な顔をした日置にグイッと詰め寄られた。
「『は?』じゃないって、こんな格好、どういうつもりだ?こんな……足……みんなの前で、こんな、ダメだって」
あ、動きやすいから、裾を尻からげしたままだった。
……って、こんな格好とか言いながら、思いっきりオレの太ももさわってきてるんだけど。
「ダメなのは、お前だろ。さわるな。セクハラだぞ」
「そんな……無理だよ。こんな格好で誘われて、ああ、もう、なんで今カメラがないんだろう。ラブちゃん、内モモにキスだけさせて?」
「キスだけって、アホか!バイト中にそんな事、させるわけないだろ」
「おねがい、キスだけ。内モモだけだから」
「ちょ、やめ、しゃがむな……」
少し興奮してるのか、潤んだ目で息も荒い……。
けど、オレの格好で興奮したとしてもちょっと激しすぎないか?
いくらなんでも日置らしくない。
……あ、酔ってる?
「日置、お客さんに飲まされた?」
「ビールは……最初のだけ。けど、焼酎……あんま好きじゃないんだ。遠慮してるフリして断ったら、店長が今日は気にせず飲めって……。一杯飲んだらお客さんが次々勧めてきて……。最初は自分で薄くしたけど、結局四〜五杯。ロックとか……最悪。最初から苦手だって言えば良かった」
言いながら、オレの足にぎゅーっと抱きついてくる。
「そっか、そりゃ大変だったな」
「ん……。ラブちゃん、俺、頑張った。だって、楽しい空気壊したら、ダメだろ?でも、上手に断れなかったから…………やっぱ……ダメだぁ」
言いながら、オレの足の間に頭を突っ込んでくる。
エロい感じじゃなくて、眠そうだ。
「ん、頑張った、頑張った。このままここでちょっと休んでろよ」
「バイト中に休……むのはダメ……だ」
「ダメじゃないよ。飲ませた店長のせいでもあるんだし、こんな状態じゃ仕事にならない」
スタッフルームの椅子を並べて日置を寝かせる。
「もうあと一時間、片付け合わせても一時間半くらいだし、最後まで寝てていいと思うぞ」
「帰り……ラブちゃんと一緒に帰りたい」
酔っぱらい日置の唐突かつ、ささやか過ぎるお願いに思わず笑ってしまった。
「帰り、ちゃんと起こすから、心配せずに寝てろ」
「ん……」
目をつぶりながら、ニヘ……っと笑う日置が可愛くて、そっと頬をなでる。
すでに半分眠りながらも、オレの手にすりよろうとするのも可愛い。
十秒経たずに、すぅ……と寝息を立て始めた日置の額に、軽くチュっとキスをしてからオレはスタッフルームを後にした。
◇
日置をスタッフルームで休ませて板場に顔を出すと、なぜか会話がピタッと止まった。
……これは……オレのこと話してた?
おにぎり作りは、もうほぼ終わったみたいだった。
オレと仲のいい国分くんが、女の子にグイグイと押されている。
このノリは『アンタ言いなさいよ』『いやいやそっちが……』だよな……。
「……なに?」
とりあえず、こっちから水を向けてみた。
悪いことなら、こんなキャッキャした感じで話題の押し付け合いはしないはずだと踏んだ。
「あ〜っとさ、伊良部 くんさ」
「うん?」
「その……おめでとう……?」
「は?」
歯切れが悪い上に、意味が分からない。
けど、板場にいた数人は、それだけでワーキャ―盛り上がってる。
「え、なにが『おめでとう』なわけ?」
「んー、まあ、薄ら気付いてた人もいたみたいだけど、今日一緒に来たし、やっぱそうだよなって話になって、で、さらにさっきのはやっぱ、そういうことだよねって」
「なにが『やっぱ』で、なにが『そう』なのか、全然わかんないんだけど」
「だから……」
言いかける国分くんの言葉を遮って、さっきぐいぐい押していた女の子が身を乗り出した。
「日置さんが怪我したくらいから、伊良部さんずっとアピってたじゃないですかぁ?チラチラ見て、最初は怪我を気遣ってるのかなって思ってましたけど、だんだんボディタッチも増えて、日置さんもなんか意識し始めてて……『あれ?コレって』みたいなこと話してたんですよ!でも、さっきの、入り口で腰抱いて二人で行っちゃって、完全にもうデキてますよねっ?ね?ね〜!」
「え、いや、デキてとか……」
「そんな、今さら誤摩化さなくていいですって、もう、けっこうバレバレですから」
「いや、ほんと、まだ……」
思わず自分の口を押さえた。
周りはみんなニヤニヤ笑いだ。
「伊良部く〜ん。『まだ』とか、そんな」
「やめてくださいよ、伊良部さん。『だったらどこまで?』とか、聞きたくなるじゃないですか!」
「日置くんとか、かなり無理目をいったわよね、どうやって落としたの?」
さっきみんなに一杯ずつビールが振る舞われたからだろう、随分テンションが高い。
普段だったら、こんなこと絶対言わないはずだ。
次々に色々言われてオレも混乱してきた。
「写真関連で仲良くなっただけで、違うんで。ほんと」
「伊良部くん写真なんかやってたっけ?」
オレとしては一番助けてほしい国分くんに、余計なツッコミを入れられてしまう。
「その、モデル」
「は?」
ああ、みんなの顔に、何でお前がモデルなんだと書いてある……。
「その、オレ写真写りいいらしくって。あんまカッコいい奴だとカッコ良く撮れて当たり前だけど、オレくらいだと練習になる……かな?」
適当に言い繕った内容に、みんなそういうこともあるかもしれないと納得している。
それはそれで、なんかムカつくな。
「だから、デキてるとかじゃ……ないんで」
「うん、まだなんだよね」
「あ、うん。まだ……。……あ」
「うんうん『まだ』なんだね」
「『まだデキてはいない』んですね〜。っていうか、伊良部さん正直。だったら『どこまで』なのか知りたいです」
これはもう、何を言っても都合のいいように解釈されてしまうパターンだ。
酔っぱらいのノリが入ってるし。オレも飲んでるし。
オレの流されやすさも災いしてる気もする。
しかも、都合のいいように解釈されてるどころか、その通り……だし。
「おにぎり……持って行きますね」
これ以上余計なことを言わぬよう、おにぎりの並んだ大皿を持って板場を後にした。
しかし、オレが日置に気があるんじゃないか……なんてふざけて噂されてるのは気付いてたけど、まさかこんな正面からぶつけられるとは思わなかった。
本気で言ってる人と、単にからかってるだけの人半々って感じだったけど。
オレ……そんな日置のこと気にしてたかな?
あいつのほうがよっぽどオレのこと気にしてたと思うけど。
…………あ……。
でも、ま、たしかに……。
思い返してみれば…………。
日置がオレのこと気にしてるかどうか……、オレ、気に……してたな……。
んが〜〜〜〜。
もう、見ないっ。
バイト中はもう絶対、日置のこと見ないようにしよう!
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