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日置くんはスキだらけ10
ん〜〜。ここでのお痛 はこれでおしまいだな。
少しズレてしまった机と椅子を簡単に整える。
そして引っ掛けてるだけの浴衣を脱いで、ロッカーから服を取り出した。
綿パンとTシャツ。着替えに一分もかからない。
ゴン……。
スタッフルームの入口で音がした。
え……なんか日置がドアに後頭部ぶつけてるんだけど、どうした?
「な……なんで着替えて……」
「え、着替えるだろ」
「だって俺、まだ……」
「え……?」
手をヒクヒクさせてる日置の目線はオレの足に注がれてた。
あ…………。
オレの足をさわりたかったから、何度も何度も腕をほどけって言ってたのか!
思い返してみれば、時々オレの足に日置が足をすりつけてきてたな。
……でもオレが『迷惑料』もらうとか言って始めたんだし、別にオレの足をさわらせてやる義理はないよな。
それにしても……。
「戻ってくるの、ずいぶん早かったな」
「ふぐっっ……」
ゴン。
また懲りずにドアに後頭部をぶつけてる。
なんなんだ?その昔のコントみたいな反応は。
「いや、ちが……早……待たせちゃ悪いかなと思って……急いだんだけど……」
「……ふうん?じゃ、お前も早く着替えたら?」
「あ、ああ」
ぎこちない動きで日置がロッカーに向かい、のそのそと着替え始めた。
日置が着替えている間に、店内の電源なんかを再チェックし、エアコンも切る。
あとはスタッフルームの電気を落として、日置が預かってる店の鍵で施錠するだけだ。
◇
店の外に出ると、けっこう遅い時間だっていうのに、アスファルトにはかすかに熱気が残っていた。
気温自体はそこまで高くはないんだろうけど、エアコンの効いた室内から出たばかりの身体にはかなり暑さを感じた。
でも、さっと夜風が吹けば、そんな不快さも一緒に吹き飛ばしてくれる。
さて……これから……どうしようかな。
ちろっと日置を見上げれば、ニコニコと無邪気な笑みを浮かべている。
もう酩酊 はしてないけど、このご機嫌さはまだちょっと酔ってるよな。
オレの視線に気付いてきゅっと手を握ってきた。
嬉しそうだ。
でも、なんで両手握るんだ。
片手だけぎゅぎゅっと握って、手を引くように歩き出せば自然ともう片方を放した。
今日は元々飲みに行くって約束だった。
この時間からならまだ飲めるけど、コイツの状態を見る限り、それはナシだよな。
それに、さっきからずーっと、当たり前のように『ラブちゃん、ラブちゃん』言ってるけど、もう有耶無耶 な感じで『ラブちゃん=伊良部』で通すつもりなんだろうか。
それとも酔った勢いで言っちゃってるだけ?
曖昧にされると、オレは今後の対応に少し困る……気がする。
バスツアーの前までは日置とオレは、会話はするけどそう親しくもなくって、ちょっと距離がある感じだった。
だからこそ、少しわざとらしくとも『俺、ラブちゃんのこと見つけたよ!』みたいな宣言をしてもらえれば、その距離が『サツマとラブちゃん』の時と同じくらいまで、一気に縮められるって思ってたんだけど。
この前強引にキスをして、オレが距離を縮めても、日置はただキョドキョドしてるだけで足踏み状態だし。
このままだと、妙なところで二の足を踏む日置に、オレがちょっとづつ手を出して既成事実作っちゃう……みたいなズルズルしたことになりそうだ。
ま……いいんだけどな、それでも。
……いいんだけど、なんかムカつくな。
こっちがその気になったら、あっちが逃げて。
据え膳に喰いついたら、すぐ蓋される……みたいなこの感じ。
オレ、やっぱからかわれてんのかな……。
コイツにはお泊まりする女もいるみたいだしな。
ん……どうしよう。
いつもなら、ここの交差点で帰る方向が分かれるんだけど。
日置はなんも考えてない顔だな。
ま、酔っぱらいを捨てて帰るのも悪いし。
……家まで送ってやるよ。
住宅街の狭い夜道を二人で歩く。
民家の明かりもまばらだ。
日置はニコニコ顔で鼻歌でも歌いだしそうな浮かれっぷりだ。
普段は落ち着いて大人っぽいのに、今はまるっきり子供みたいな表情をしている。
……かわいいな。
いままでの彼女とかにも、こんな顔見せてたんだろうか。
それとも、オレが男だから、ちょっと甘えちゃってる?
「ラブちゃん……大好き」
お……おう……いきなり?
子供丸出しの甘えきった声で告げられ驚いた。
本人は相変わらずほけほけ、ニコニコしている。
なーんにも考えず、ただ感じたままを口にしただけといった風だ。
さらにキュッとしがみつくように腕を組んできた。
足音が少しパタパタしてる?
……また、酔いがまわってきたのか。
暗い道を歩いている間に、アルコールで脳が半分寝てしまったんだろう。
頬をなでると、足を止めてすりすりと手に頬をすりつけてくる。
「オレのこと、そんなに好き?」
「うん、だーーいすき」
無邪気だな、おい。
ホント、あきらかに酔いがまわってきてる。
家まで送ることにして良かった。
◇
部屋に入ると、日置はニコニコ笑顔のまま美味そうに水を飲んだあと、グイグイとオレの手を引いて寝室のベッドに座らせた。
そして自分は立ったままオレをぼーっと見下ろしている。
「部屋着、まだ届いてないんだ」
「は?」
「でも、靴下はあるから」
そう言って部屋から出て行った。
……さすが、酔っぱらいはわけがわからん。
それにしても、これからどうしよう。
アイツがあんな状態じゃ、もうアレコレする気にはなれないけど。
「あれっっ……?ラブちゃん??」
「なに?」
戻って来た日置が、またあの紺の靴下を握りしめたまま素っ頓狂な声をあげた。
「なんで……ここに?」
「…………」
出た、酔っぱらいの記憶飛び。
とりあえず、ばっと両手を広げた。
「おいで」
「!!!!」
反射的に日置がオレに抱きついてきた。
大型犬みたいだな。
愛犬家よろしく頭をなで回す。
日置はオレの胸に顔を埋めて嬉しそうにしてるけど、呼吸には一瞬すぅ……と寝息のようなものが混じってる。
かなり眠いんだろうな。
「日置、寝ろ」
「いやだ」
「なんで?」
「だって、ラブちゃんがいるのに」
しょうがないので、シングルのベッドにゴロンと横になる。
「ほら日置、来いよ」
「あ……うん!」
ささっとオレにくっついて横になり、嬉しそうにオレの腰に手を回してぎゅぎゅっと抱きついてきた。
色っぽい空気はゼロだ。でも本当、大型犬みたいで可愛いな。
前髪をかきわけて、額にチュッとキスをする。
「おやすみ」
日置はニヘ〜と笑って、オレの口にチュ……とキスを返してきた。
うん、酒臭い。
「おやすみ……ラブちゃん」
言いながら、もう半分眠っている。
ん〜。可愛い。
けど、困ったな。
腰にまわされた腕が、結構強い。
「日置、腕、離して」
「……や……」
うう……。
どうしよう。これじゃ帰れない。
それに電気と、エアコン設定……。
ま、いっか。
オレもひと眠りしよ……。
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