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日置くんはスキらだけ11

次の日は朝イチで講義があったんで、まだ眠ってる日置をそのままに家に帰った。 そして今日もバイト。 昨日入ったかわりに、今日は休みになんてなるはずもないしな。 夕入りで開店準備があるんだけど、昨日の夕涼みイベントの影響か、みんなちょっとダラダラしている。 「伊良部(いらぶ)くーん、昨日、どうだった?」 ニコニコ笑顔でパートの伊佐(いさ)さんが聞いてくる。 「どうって……何がですか?」 「やだ……とぼけちゃって。あのあと、二人で……どうだったの」 「…………」 思わず言葉に詰まってしまった。 伊佐さんたちが何か知ってるわけはないけど、このスタッフルームで少し……なんだかんだやってしまったからな。 「は〜ん。なにかイイコトあったんだ〜」 「別に……何もないですよ」 「伊良部くん、ぜんぜん誤摩化せてないから」 国分くんが無邪気に笑って追い打ちをかける。……だからキミはオレを助けてくれよ……。 「え、なにかあったんスか?」 霧島が口を挟む。 コイツは昨日、板場にいなかったため、オレと日置がデキてるんじゃないかってネタでみんなが盛り上がったことを知らない。 「……余計なこと言わないでくださいよ」 オレの不機嫌な声にも、伊佐さんと国分くんがニヤニヤ笑いを返してくる。 「霧島くん、きっとすぐわかるわよ」 「え〜、なんスか、教えてくださいよ!」 「うるさい。お前、看板出しだろそろそろ行けよ。のぼり出しも忘れんな」 霧島を追い出したのと入れ替わりで、何も知らない日置が入ってきた。 「すみません。遅くなりました」 晴れやか過ぎる笑顔で登場し、店長と何やら話していたと思ったら、来なくて良いのにオレのところに真っ直ぐやって来た。 「ラブちゃん、昨日、俺、かなり酔って迷惑かけたよね?……それに、その……記憶違いだったらゴメン、ウチに泊まったよね?」 「…………」 「あれ……?夢?朝、ラブちゃんがいなくて、びっくりして混乱して……」 「あーもう、お前、空気読め。余計な事言うな!」 さっきからずっと、目で『余計なことを言うなよ』と必死で訴えたけど、さっぱり日置には通じてなかった。 さらに、サラッとラブちゃんとか呼んでるし。 ああ、伊佐さんと国分くんがうんうんと頷きながら、微笑ましいものを見守るような目をしている。 これはもう否定のしようがない感じ。 二人はあえて言いふらしたりはしないだろうけど、言外に匂わせたり……しそうだなぁ。 昨日の板場の空気からいって、本気でオレと日置がデキてると思ってるのはこの二人とあと最初に言ってきた女の子くらいで、あとは半信半疑かただノリで騒いでただけのはずだ。 だったら……。 二人だけに聞こえるように、小さな声をだす。 「その、まだ、しっかりとしたアレじゃないんで……その……他に言ったり、匂わせたりとか無しで……その……」 『アレ』とか『その』とかよくわからないけど、多分何となくわかってくれるだろう。 二人はオレに好意的だし、関係の不安定さを匂わせとけば、波風を立てまいとしてくれるはず。 「え?で、ラブちゃん結局昨日……」 ああ……日置が全然空気を読んでくれない。 「朝イチで講義だったんだよ。この話はおしまい。バイト中はそういう話、禁止」 「そっか……。じゃ、バイト終わりにまたね?」 うう……その『またね?』が、今までと全然違って甘さてんこ盛りなんだけど。 えーっと、昨日とシフトがかぶるのがこの二人と、それから板場の本部(もとぶ)さんで、霧島とあと新人バイトの大崎さんは、昨日も出てたけど板場にはいなかったはず。あとは夜間入る人が二人くらいいるかな? ……はぁ……なんか……面倒くさい。 ◇ バイト中ずっと日置はご機嫌だった。 そんなご機嫌な日置に、新人バイトの可愛い大崎さんがずっと仕事に関する質問をしていた。 手を抜くのが上手な大崎さんが、急にやる気になったのをみんな少し不思議に思ったようだ。 一番忙しい時間帯が終わり、少し手が空いたら、大崎さんの日置へ質問攻撃がさらに激しくなった。 日置はご機嫌なまま、大崎さんへ丁寧に色々教えてあげている。 「大崎さん……いまさらなんであんな質問してるんだろうね」 大崎さんが入った当初、仕事を教える担当だった国分くんは不満そうだ。 すでに知ってるはずのことまで日置に聞いてるんだから、まるで自分の教えかたが悪かったと言われているようで、国分くんとしては面白くないんだろう。 一旦不快に思うと、仕事以外の話で二人が盛り上がっているのすら面白くないらしい。 普段は優しく不機嫌なとこなんか全く見せない国分くんのために、オレもどうにかしてあげたいとは思うけど……こんなのどうしようもないよな。 「日置も日置だよね。甘やかさずにビシバシ働かせれば良いのに」 国分くんの目が『日置をどうにかしてよ』と言ってくるけど、そんな目で見られてもオレにアイツの管理責任はない。 結局ずっとそんな調子で、仕事終わりの時間まで大崎さんは日置にべったりだった。 スタッフルームに引き上げて帰り支度していると、日置が満面の笑みでオレに近づいてくる。 となりで着替えをすませた国分くんが、不機嫌顔をして肘でオレをつついた。 う……だから、オレにどうしろと……。 あれは大崎さんがまとわりついてるんだし、日置だって仕事として教えてあげてるんだし……。 「ラブちゃん、一緒に帰れるんだよね?」 オレに話しかけながら、日置はさっと制服を脱いで荷物をまとめた。早業だ。 「え……。まあ、うん」 そういえばコイツ『バイト終わりにまたね?』とか言ってたっけ。 とはいえ、なにか話がある風でもないし、ただ一緒に帰りたいだけだろうな。 と思ってたら、スタッフルームの空気が少しざわついた。 あ……。 大崎さんのことがあって忘れてたけど、オレと日置がデキてるんじゃないか疑惑があったんだった。 あの場にいなかった人にも話が伝わってるのか……。 どうしよう……。いや、別にどうしようもないし、気まずくても堂々としてるしかないよな? 『「大崎さんをどうにかしろ」と日置に言え』というオーラをぶつけてくる国分くんに向き直る。 「それとな〜く、言ってみるけど期待はしないで」 小さくコクコクと頷く国分くんも一緒に、スタッフルームを後にしようとした……そのとき。 「あの日置さん、わたし明後日大丈夫ですから。よろしくお願いします」 うふふと意味ありげな笑顔で大崎さんが日置に声をかけた。 今度はスタッフルームが凍った。 「そう、お疲れ」 スタッフルームの空気に気付かぬように、ニコニコ笑って日置は国分くんとともに出て行く。 なんか皆の様子がおかしいな……とは思いながらも、オレも出ようとしたら、伊佐さんにグイッと腕をつかんで引き止められた。

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