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日置くんはスキだらけ15
日置は大学でもオレを見かけると、すぐに寄ってきて話しかけてくるようになった。
それまで大学じゃ滅多に会わなかったのに、会う回数がぐっと増えて、なんか変な感じだ。
「行動パターンを把握すれば、遭遇率が上昇するのは当然だよね」
にっこり笑顔で日置に言われたけど……オレは研究調査の対象か。
行動分析とか……しないでくれよ。
その日は日置と霧島と三人で大学からバイトに向かうことになった。
「そーいえば、日置さん、明日大崎さんとデートなんスよね」
バイトへの道すがら、いきなり霧島がズバリと聞いた。
「は?俺そんな約束してないけど。というか、何で大崎さんとデート……。ありえないだろ」
え?キッパリ否定?
昨日オレが聞いた時は『何もない』とか、微妙な返事だったような。
「え、でも、昨日大崎さんとそんな話してましたよね」
「いや?全然」
「え、だって……伊良部さんも聞いてたでしょ?」
「うーん……微妙……」
「え、微妙ってなんスか」
だって伊佐さんに『大崎さんがデートするって言ってる』って聞かされただけだし、日置は否定してるし……わかんねーよ。
「日置、大崎さんとデートするのか?」
「……ラブちゃんまでそんな……。するわけないって、絶対ない」
「……だってさ、霧島」
やっぱり、キッパリ否定。
ん〜。コレは本当っぽいし、信じていいのかなぁ。
「えー。じゃ、昨日のはなんだったんスか。てか、あの日置さんの部屋にあった忘れ物の靴下も大崎さんのだったりして」
「違う。断じて違うっっ。あれはラブちゃんのだ」
「は……?なんでオレの……?」
コイツ……やっぱり表情変えずにウソつけるタイプか?
「そういえば日置さん伊良部さんのことラブちゃんって呼んでるんスね。なんか可愛いス。オレも呼んでいいですか『ラブちゃんさん』って」
「駄目だ。絶対呼ばせない。呪うぞ?」
「う……なんで日置さんがダメって。しかも呪うって」
「とりあえず、一回『ラブちゃんさん』って言ったから、百年後に必ず死ぬ呪いでもかけとくか」
「えっ……やめてくださいよ!日置さんに言われたら、本当っぽいじゃないですか!」
くだらない話をしてる二人を見ながら、オレはちょっとだけホッとしていた。
オレと日置は別につき合ってるわけじゃない。
だから、本当だったら日置が誰とデートしようと自由だ。
もちろん、オレは文句を言える立場でもない。
けど……面白くはないよな。
こんなに日置にやきもきさせられて、イヤミの一つも言いたくなるってもんだ。
でも、日置はわけわかんないところですっとぼけてるから、オレのイヤミなんか全く通じなさそうだ。
……だから、そのかわりに、こないだみたいに『迷惑料』として、ちょっと美味しい思いでもさせてもらおうかなっ……なんて。
…………。
オレ、日置の『デート完全否定』にけっこう浮かれちゃってるな。
◇
まただ……。
日置はちっとも懲りてない。
今日も大崎さんは日置にまとわりついている。
指導って意味合いでは、国分くんに配慮しながら仕事を教えてるみたいだけど、日置と大崎さんを見る周りのスタッフの空気の微妙さには全然気付いてない。
しかも、微妙な空気には、オレへの同情的な視線まで混じってる……。
オレと霧島には大崎さんとのデートは無いってキッパリと否定したけど、みんなはそんな事知らない。
どうやら『まさかの無理目狙いでオレが日置をオトしたけど、速攻で大崎さんに奪われてしまった』……という切ないドロドロストーリーが勝手に展開されてるみたいだ。
今日は火曜日で仕事は暇。
変な空気を忙しさで吹き飛ばす、なんてことにもならない。
そのまま夕入りローテの終業時間が近づいた。
スタッフルームで日置はチェック作業中。そして、そのそばで大崎さんは手伝うフリをしながらサボってる。
キャッキャとした声が筒抜けだ。
だけど、他に彼女にまわすような仕事もないし、誰も文句が言えない。
対して日置は足の怪我を気遣って店長がまわした事務的な仕事も加わって、暇な日でも忙しい。
結局、上がりの時間になってしまった。
みんながスタッフルームに入ってきても、嬉しそうな大崎さんの声は止まらない。
「えー、絶対ですって。日置さんにつき合ってとか言われて、嫌って言う人なんかいないですって」
「そうかな……」
すでに何度かこの無意味な会話のやり取りを繰り返してたんだろう。日置の言葉に感情がない。
聞こえないくらいの小さな声で「んなわけねーだろ」と国分くんが毒を吐いている。
ああ……。こんな国分くん初めて見た。
いい人の毒ってこわいな。
日置はチェック作業を終えようと必死みたいだ。
大崎さんに張り付かれたせいで、仕事が遅れてしまったんだんだな。
「日置さんに好きって言われて、嫌がる人なんて、絶対いませんから」
その言葉に、今まで全く聞いていなさそうだった日置がピクンと反応を示した。
「嫌がらなかったとしても、好きになってくれるとは限らないだろ?」
「そんな、ちゃんと好きって伝えて、つき合ってって言えば、絶対OKです!」
パタンとファイルを閉じて、日置が顔をあげた。
「……じゃ、つき合って……って、言ってみようかな」
「ハイっ!」
楽しげな大崎さんと、微妙な空気のみんなを尻目に、日置はファイルを持って店内に向かった。
おいおい、今の……。
適当にあしらっただけ……だよな?
まさか本当に大崎さんに付き合ってなんて言うつもりじゃないだろな。
……オレとの事のカモフラージュとしてな!
なんて、ちょっと自惚れが過ぎるか。
いや、どちらかと言えば負け惜しみっぽい気がする…………。
なんとな〜く居心地が悪くて、オレはさっさと着替えて国分くんと出入口に向かった。
そのとき呑気な霧島の声が聞こえた。
「あ、そう言えば大崎さん、日置さん明日デートの予定はないって言ってたけど……」
わぁ……霧島、クラッシャーだな。
んなこと言ったらゴタゴタするってわかるだろうに、なんで自分から首突っ込むかなぁ……。
これは……日置絡みだし、こっちに火の粉が飛んできたら嫌だな。
いや、オレ自身が火種になりかねない。
危機管理は大切だ。
こんな時はやっぱり……。
逃げるに限る。
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