41 / 120

3章:日置くんはご褒美チュウ1/日置くんは迷走する

今夜、ラブちゃんが俺の部屋に来る。 今夜だ! バイト終わりに迎えに行って一緒にウチへ。 『自分がバイトの日じゃないのにわざわざ迎えに行く』ということに気分が上がる。 さらに、さっきまでラブちゃんと小教室にいた。 夏休み直前のこの時期、エアコンの入っていない小教室は、外よりはマシだがじっとりと暑かった。 けれど、そんな室内すら涼しく感じられるほど俺は熱くなった。 そう、俺はあの教室でラブちゃんに太ももを少しだけペロペロさせてもらい、天国を見た。 俺の首に絡み付くラブちゃんの温かな足。 苦おしいまでの幸せ。 実際、首が絞まり過ぎてちょっとだけ『死ぬかも』とも思った。 けれど天国の滞在時間は短く、今夜会っても再びあのラブちゃんの太ももの間という、この世の天国へ行ける保証はない。 またあの場所へ確実に行くためには、ラブちゃんの『惚れさせてみろ』という超難問をクリアする必要があるのかもしれない。 そのためにどうすればいいか……。 ……。 全くわからない。 せめて何か手がかりだけでもないか、藁にもすがる思いで、俺はとにかく調べてみることにした。 調べ物と言えば図書館。 モテる男と言えば、ダンディーな男。 というわけで、ダンディズムについて調べる。 「金払いはよくしろ、明るくふるまえ。特定の女とばかりしゃべるな。そして言い寄られたらNOと言え」 白洲次郎 NOと言え……だと? そんな、ラブちゃんにいい言い寄られたとして、NOなんて言えるわけがない。 と思ったけど、ラブちゃんがさわってくれるというのを、二度も断った。 ダンディズムとは『やせ我慢』らしい。 したよ。俺はやせ我慢を。 あの後、やっぱしてもらえば良かったかもと何度悶々としたことか。 ラブちゃんの指を思い出しただけで、欲情してしまった夜もある。 『ダンディな酒の飲みかた』『ダンディな食事』……。 こだわりを持て? 確かラブちゃんはビールにこだわってたな。 酔って騒ぐな、酔いつぶれるな。 う……。 そこまで騒ぎはしないけど、バイト先のイベントの時に酔いつぶれた。 しかも飲めない焼酎を飲むというやせ我慢の結果だ。 わからない。ダンディズム。 俺がやせ我慢をすると、結果ロクなことにならない気がする。 ダンディな男はレディファースト……それはどうでもいい。 テーブルに着くときに椅子を引くのはいいが、ドアを開け女性を先に行かせるだなんて。 日本男児のすることじゃない。 その先に暴漢でもいたらどうする? 盾となり大切な人を背後に守ってこその男だ。 ……というか、ラブちゃんは処女天使だけど女じゃない。 とりあえずレディファーストは気にせずに、気遣いできる男たれというところだろうか。 そしてダンディといえるのは三十代後半から……。 ……ん? …………。 えーっと『女にモテる男の10の特徴 勘違い男と言われないために!』 ハウツー本みたいなものか。 何でこんなものが大学の図書館に。 『イケメン=モテる男ではない』 ……知ってるよ。 『素直で、さわやか。清潔感がある』 素直でさわやかな国分くんはちっともモテている気配がないけどな。 『相手の良い部分に目を向ける』 いつもラブちゃんの足を見てる。この部分だけはばっちりだ。 『来るものは拒まず、去るものは追わず』 ……来る大崎さんを拒んで、ラブちゃんを去らせないために必死なんだよ。 『がっつかず、余裕のある態度を心がける』 無理だ。 『失敗してもすぐ次に……』 ん……? 俺は失敗しない方法を知りたいのに。 ……次だ。 雑誌コーナーか。 『好きにならずにはいられない!熱愛男子!』 女性誌だけど……えーっと。 『私だけにやさしい!』 それって下心丸出し男じゃないか? 『レディファースト』 は、どうでもいい。 『話を良く聞いてくれて、私を否定しない』 カウンセラーだな。 『好きな人からの、さりげないボディタッチ』 この前提……そもそも、もう好きになってるじゃないか。 ……ほかも……すごいな。 見るんじゃなかった。 俺は別に不特定多数の女の子にモテたいわけじゃないんだ。 えーっと、あ、この雑誌。 『男にモテる男の条件』うん、俺が求めていたのはこれだよ。 『情に厚い』 薄情なほうではないと思う。 『自慢をしない』 俺の何を自慢するんだ……? 『つきあいがいい』 まあ、悪くはない。 『ノリが良く一緒にいて楽しい』 ノリは悪くはないけど。 『美人や可愛い女友達が多い』 友だち……というか知人だな。 『女性に媚びない』 うん、媚びない。 『リーダー的存在』 ……まあ、なんとなくそんな感じになりやすい。 『自分の家がたまり場になっている』 たまり場にはなりやすいけど……。 ……あれ……? 俺、ほぼ完璧に近い? ……というか、違う。 今さらラブちゃんと友情を深めてどうする。 いや、最初っから違うとわかってた。 でもどこかほんのちょっとでも参考にならないかと甘い期待をしていただけだ。 こんなもの読んだって、ラブちゃんのハートをわしづかみにできるわけない。 はぁ……。完全に迷走してるな俺。 ◇ 図書館から出ようとして、ソファに座っている川内(せんだい)を見つけた。 川内は高校の同級生で、ことあるごとに俺を色々なところに誘い出してくれる友人だ。 明るい女好きで、飲み会なんかも積極的に参加しているけど、上手くいった試しはないようだ。 気に入った女の子が出来ると、その子に近づくために色んな趣味を始める。 コスプレの撮影に俺を担ぎだしたのもコイツだ。 川内自身はコスプレの撮影を経てコスプレを始め、さらに下手な上にヌルい萌え系微エロマンガを描いている。 描いたマンガが完結したところは見たことがない。 お気に入りの子に見せて『これどう?』と、会話のきっかけにしただけで満足してしまったようだ。 オタ系の趣味と同時にバンドとランニングサークルにも手を出している。 なんでもござれなスタンスの割に、どれにも馴染めていない。 つくづく残念なヤツだ。 とはいえ、いろいろ手を出している分、顔だけは広い。 コイツならもしかして、ラブちゃんの情報も何か持ってるかも知れない。 「川内、ちょっといいか?」 どんなことでもいい。大した情報じゃなくていいから、何か知らないか。そんな気持ちで俺は川内に声をかけた。 ◇ 『ズーン』そんな効果音が俺の頭上に鳴り響いている気がする。 川内からラブちゃんの情報をゲットできた。 でも、知りたくなかった……。 川内はスマホで写真を見せてくれた。 そこに写っていたのは、陽気な大学生の飲み会。 顔の赤くなった男女が合わせて八名。 他の大学の子と一緒に飲んだときの写真らしい。 川内が指差したのは、右から二番目。素朴で元気そうな飾りっ気のない女の子。 肩までの長さの髪といい、Tシャツ姿といい、至って平凡なその女の子が……。 ああああ……。 聞きたくなかった。見たくなかった。 俺とは全くかぶるところの無さそうなその子が……ラブちゃんの元カノだなんて……。 高校の同級生で、卒業してつき合い始めたけど、大学が違うので半年くらいで自然と別れたとか……。 川内が持っていた情報はそこまでだったけど、それだけでも充分ダメージが大きい。 でも半年で別れたなら……きっと……ラブちゃんはまだ純潔のはず。 だって、俺と知り合って二年以上何もなかったんだから……。 ああ……無理のありすぎりる理屈だってのはわかってるさ。 元カノとどこまでいったのかなんて、絶対追求してはいけない。 どこまでいってても、ラブちゃんが愛らしい処女天使だっていう事実は揺るがないんだし。 それに問題は『ラブちゃんが純潔かどうか』じゃなく『女の子と比べられてしまうと、俺じゃ全く太刀打ちできそうにない』って事だ。 俺にとっての救いは、写真の中でその子が一番ボーイッシュだったという事くらいか。 とはいえ、一般的に見れば全くボーイッシュじゃないけどな。 ラブちゃんが俺を受け入れられるかどうか、あえて考えないようにしていたのに、元カノの写真を見てしまったことと、自分とはほど遠い素朴系だったということで、ダブルパンチだ。 この子の横にラブちゃんが並べば、きっとすごく似合ってしまうに違いない。 俺とこの子が並んで『どっちがラブちゃんの恋人でしょう』と聞かれれば、百人中百人がこの子だと言うはずだ。 いや……腐女子百人なら、その半分くらいは俺とラブちゃんをカップル指定してくれるかもしれないけど。 そんな都合のいい特殊サンプルを元にした数値データは捏造同然だ……。 これでどうやったらラブちゃんに好きになって貰えるっていうんだ。 ……。 無理だ。 どうやったって、無理だ。 きっと、俺はこれからずっと、ラブちゃんのアルバムを眺めながら『この子とちょっとエッチなコトしちゃったんだよな……ふふ……』なんて、甘酸っぱい思い出に浸って、熱く疼く身体をひとり慰めるんだ……。 ラブちゃん……。 I LOVE ラブちゃん。 いや!慰めとなる思い出さえ何もないよりずっとマシだ。 そうだ、とにかく今日ラブちゃんはウチに来てくれる。 なんとかまた来たいと思ってもらえるように頑張ろう! ……何を頑張るんだ、俺。 とりあえず、掃除と風呂。あと、酒のツマミ? はぁ……。 ダメすぎる、俺。 でもラブちゃんはこの次もまた、なんとなーく俺と会ってくれて、なんとなーくエッチなコトをしてくれたりして、最終的にはなんとなーく付き合ってくれそうな……。 俺の思考は、どうしてもそんな都合のいいところに行き着いてしまう。 ◇ 部屋を片付けて、風呂に入って、ラブちゃんの部屋着を用意して、酒とツマミと、もしかしたら何か食べたいって言うかも知れないから、ご飯と冷凍のピザを用意して。 完璧……だよな? あと何かいるかな。いや、大丈夫だ。 これであとはラブちゃんを迎えに行けば、念願の……。 あれ?どっちだ? コスプレツアーで約束してくれた『ご褒美』なのかな? それとも、バイトのイベントで約束してくれた『続き』? どっちにしろチュッチュペロペロ……。 いや、駄目だ! うっかり一度にまとめられてしまったらどうする! ここは男らしく、自分から『ラブちゃん、ご褒美でフェラしてください』と……。 あれ?全然男らしくない気がする。 なぜだ!?

ともだちにシェアしよう!