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日置くんはご褒美チュウ7/日置くんは不発弾

夢じゃないよな……。 人でごった返す学食で、友達が食い終わるのを待ちながら、俺は会話にも加わらずに一人ボーッと昨夜から今朝にかけての出来事を思い返していた。 ラブちゃんと二人きりでお酒を飲んで、ラブちゃんがウチでシャワーを浴びて、ラブちゃんが俺の用意した部屋着に袖を通して、ラブちゃんとイチャイチャして、ラブちゃんがウチに泊まって、目を覚ませば隣にはラブちゃんがいて、俺が作った朝食をラブちゃんが食べて……。 ウチを出る時に、ラブちゃんとチュッと軽くキスまでした。 しかも……アパートの通路には誰もいなかったから、表の通りに出るまでの間ラブちゃんと手をつないでいられた。 ……ああああ。 もう、まるで恋人同士みたいじゃないか! ラブちゃんがウチに来るから、もしかしたらこんな事もできるかも……なんて想像してはいたけど、その充実度は想像以上だ。 お酒を飲んだラブちゃんの顔はほんのりピンクで可愛くて、となりにピッタリ座って俺の口元にツマミのイカフライを差し出して……。 けど、俺がドキドキしすぎてそれに口を付けられずにいたら、チョンチョンとイカフライで俺の唇をつついてから、パクリとラブちゃんが自分の口に入れた。 ……もう、可愛過ぎるだろ? 俺の友だちの川内(せんだい)だって、 同じように差し出して自分が喰ったりすることがある。けどどうしてここまで違うのか。 『チョンチョン』からの『パクリ』。 ……悪戯な表情に愛らしい唇。 あああ、俺はイカフライになりたかった。 ラブちゃんがシャワーを浴びるサァサァという水音や、カツンカツンと洗面器やシャワーヘッドを置く音が響いてくるだけで、俺の下半身は激しく反応してしまっていた。 俺の部屋でシャワーを浴びたヤツなんて、それこそ……そう、今目の前でメシを喰ってるコイツらのほとんどはシャワーを利用してるはずだ。 けど、それがラブちゃんだっていうだけで、シャワー音が天上の調べにも思える。 そして部屋着……。 ふわふわパイル地パーカーのラブちゃんを見た瞬間、『キュン』という描き文字が俺の心臓を通り抜けて行った……。 意外に肩と胸回りがパッツンで、けど細い腰回りはゆるゆるふわなのが……はぁ……エロかった。 おもわず口が開いてよだれが出てしまってないか心配になったくらいだ。 パイル地だからパッツンでも動くのに支障はないみたいだし……はぁ……ほんと、これでショートパンツもはいてくれてたら最高だったんだけど、ショートパンツを恥ずかしがってるっていうのも……可愛いよなぁ……。 そして、その後……。 ああ、ダメだ。ここでこれ以上思い出したら……。 今でもニヤニヤをギリギリで我慢してるんだ。 ラブちゃんとのキス以上を思い出したら顔面崩壊間違い無しだ。 とにかく、想像なんか遠く及ばないくらいラブちゃんは可愛くて、エッチな事はサービス満点で……しかも俺と……最後までしてくれるつもりだったなんて! 本当に俺、今日死ぬんじゃないか? けど死ねない。次の約束もしっかり取り付けたし。 あ、でも、次とは言ったけど、いつだ? ……はぁ、こういうとこだよ。 俺はいつもツメが甘い。 ラブちゃんが最後までしてくれるつもりだったなんて思いもしなかったから、まだ男同士のやりかたもフンワリ知識しかない……。 ただ、男だろうが女だろうが、処女は丁寧にしないと大変なんだよな……? 何か……変な感じだ。 俺が……処女……う……いや、うん。まあ、そう……なんだけどな。 何が必要なんだろうな……。 コンドームと……痔の薬?それとちょっとばかりの勇気。 ……いや、勇気は要らないかな。 むしろ何度もラブちゃんの手コキや初エッチなどという魅惑的なお誘いを断り続ける方が勇気が必要だった。 とにかく今度こそ抜かりが無いように何が必要かしっかり調べて、早いうちに日にちまで決めとかないと、もしラブちゃんにサラッとなかった事にされたら……。 ラブちゃんに次いつ会えるかきちんと約束を……えーっと、メッセージ……あれっ? メール……あ……うっ……! ということは……ああ……電話番号も……。 「………………」 衝撃的過ぎて声も出なかった。 俺はラブちゃんの連絡先を……知らない。 背筋がゾッとした。 連絡先を知らなければ、ラブちゃんに何かあっても、俺はすぐに知る事が出来ない。 いつの間にかラブちゃんが、バイトを辞め、学校を辞め、姿を消しても、しばらく気づく事が出来ないかもしれないんだ。 ちょっと親しい人なら連絡先なんて知ってて当たり前だと思ってた。 イベントや飲み会なんかで顔を合わすだけで、一度も連絡を取ったことのない知人は何十件も入ってるのに、一番大切な人の連絡先を知らないなんて。 ラブちゃんとして認識する前からバイトで一緒だったから、当然登録してるもんだと思ってた。 国分くんの番号は入ってるのに、どうして……。 「あ、日置さん、もう食事終わってるんすか?」 俺の気分なんかお構いなしのノー天気な声が聞こえてきた。 「霧島……」 「隣いいすか?友達が席とっててくれたはずが、目を離してるスキに他のヤツに座られてたんスよね」 俺の返事を待たずに、霧島は隣の席に日替り定食の乗ったトレーを置いた。 「日置さん珍しく考えごとスか?てか、唐揚げ超うまいス」 「珍しくって」 「日置さん、悩んでるとことどころか、考えごとしてる姿すら人に見せないイメージスから!」 「……それは、褒めてるのか?バカにしてるのか?」 「もちろん褒めてるっス!オレに力になれることとかあったらなんでも言ってください!」 話しながらバクバクと定食を平らげていく。 「そうか……まあ、もし、いや、まあ、そんなに期待はしていないが、ラブちゃんの連絡先とか……」 「あ、わかるスよ。てか、日置さん知らないんスか?」 「なっ…………なんで、お前がラブちゃんの連絡先を!?」 俺さえ知らないのに、学年も違うこいつがなんで。 「なんでって、逆になんで日置さん知らないんスか?」 「……ま、まあいい。教えろ。本人には俺が事後承諾とるから」 「あ、すいません。今日スマホ家に忘れてきたんすよね」 ……霧島。期待させるだけさせて、使えない。 「そんな顔しないでくださいよ。本人に聞いたらいいじゃないスか」 「本人に聞けるならお前に聞くわけないだろ。ラブちゃんは午前中だけで帰った」 「んじゃ、オレんち近いし来ます?」 たしかに、コイツのアパートまでなら十分もかからない。 次の講義までの時間も充分にある。 俺は霧島のアパートに行くことにした。 ◇ 霧島の部屋は相変わらず汚い。 これでよく人を呼ぼうと思うな。 食ったもんが床に置かれたままカビてたりしてないだけマシと思おう。 霧島が洗濯物をかき分けてミニソファに座る場所を作ってくれたけど、勝手に立てかけてあった小さなパイプの椅子に座った。 霧島はそんなものがこの部屋にあったことすら忘れていたようだ。 「霧島、ありがとう」 穏やかな表情を作って、霧島に感謝を伝えた。 けど内心はラブちゃんの連絡先をゲット出来た喜びで踊り出したいくらい沸き立っていた。 「なんかあるんすか?」 「まあ、ちょっとな。しかし、悪いが詳細は教えられない」 「あ、そうなんすね。最近日置さんの様子がいつもとちょっと違ったりするのと関係あったり……?」 なんてことだ。霧島のくせに俺の変化に気づくなんて……。 ということは、当然他にも変化に勘付いている人がいるかもしれないってことか。 でも、それはしょうがない。 誰に何を言われたところで、俺のラブちゃんへの気持ちは止めようがないからな。 「そういえば霧島、お前恋人は居ないよな」 「へ?今は居ないスけど……。なんすか、合コンすかっっ!?」 「いや。……そういえば、高校の頃は彼女がいたな」 こいつには似合わない、サバサバとしたいい子だった気がする。 「まあ、何人かいましたけど、それが?誰か紹介してくれるんすか?」 「告白……は、どっちからだったんだ?」 「えっっっ?いつもオレからスけど……」 「そうか」 霧島ですら自分から告白して付き合えてるのに、俺はラブちゃんに告白すらまともに出来てない……。 「ん……なんだ?」 ついうつむいて考え込んでしまった俺を、困ったような恥ずかしそうな珍妙な顔の霧島が見ていた。 「つまり……いや、もしかして……日置さんっオレの事……」 「っっはぁぁああ!? テメ、ボコられたいのか」 「そ、そうっすよね、いや、コクられても応えられないんでどうしようかと。あ、すいません。すいませんっ!」 こめかみを拳で挟んで容赦なくグリグリとねじ込むと、霧島は涙目で謝ってきた。 「でも……誰か、告白したい人とかいるカンジ……だったり……」 こめかみ攻撃のせいでオドオドしながらも核心を突てくる。 「……まぁ……そうだ」 「まじスか。でも日置さんなら、告白さえすれば百発百中ですよね!」 「百発百中どころか……最初の一発から不発弾だ……」 「えっっっ!ウソでしょ。あ、一発目の告白って今の話じゃなくて、むかーしの幼稚園の時に先生にとかそんな頃の話すか?」 「なんだそれは。……そもそもこれまで告白なんてしたことがなかった」 「えーそうなんすか!? あー。でも確かに日置さんなら告白とかする必要ないかぁ」 「なんでだ」 「だって、告白なんかしなくても、女の子が寄ってくる感じでしょ?」 「まぁ……そうだが」 勝手なイメージで言い寄られるのと、自分から好きになった人に付き合ってもらえるかは全く別問題だ。 「っっかぁー。いいなぁ。でもそれでなんで告白が不発なんスか?」 「……それは俺が知りたいくたくらいだ。嫌われてはいないと思う。むしろ好意的だ。けど、どうにも俺の気持ちが届かない」 「日置さん…………」 はぁ……。 霧島相手に俺は何を言ってるんだ。 「まあ、何度も繰り返し伝えていくしかないな」 「その相手って……もしかして、その……バイトメンバーだったり……します?」 ……今日の霧島は、妙に察しがいい。 とはいえ、ラブちゃんの連絡先を教えて欲しいと言ってここに来てからのこの話の流れだ。わかって当然かもしれない。 「そうだ。多分、お前が思ってる相手で合ってると思う」 「……そうなんスね。実はオレも……」 ぎょっとして霧島を見ると慌てて両手を振った。 「あ、いや、違うっス、その、話しやすいなとかそんな感じで好きなだけなんで。だからオレ、応援するっス!その、気持ちが届かないっていうなら、誰にでもわかるくらいハッキリ伝えればいいってことスよね!オレに任せてください!パーフェクトでバッチリ気持ちの伝わる方法があるっス!」 「いや、そんな変わったことは……」 「でも、フツーにコクって全然相手に響かなかったんすよね?」 「う…………」 かなり強烈に傷口をえぐられた。 「それにしても、日置さんもようやく決まった彼女を作る気になったんスね!」 「は……?決まった『彼女』なんか作るつもりはないぞ」 「うっはー、マジすか!やっぱ日置さん、さすがっスね!」 霧島がビックリした顔で俺を見てるけど、いや、今の話の流れからいって当然だろ。 結局その後『絶対上手くいきますから!』と、かなり強引に協力の申し出を承諾させられた。 ……ものすごく不安だ。 けど、霧島はこれまで自分から告白して、彼女を捕まえたという実績がある。 対して俺は、ラブちゃんにしか告白をしたことがないし、その成果はゼロ。 『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』で、とにかく気持ちを伝えるしかない今、そのうち一発を霧島に頼って『成果が出ればラッキー』くらいでいいのかもしれない。 とりあえず……今は早く大学に戻って、ゆっくりラブちゃんにメールをしよう。

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