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日置くんはご褒美チュウ9/日置くんは追いつめられる

前話の日置サイドです。 ―――――― 霧島が俺の告白に協力すると言い出してから一週間。とうとうその時がやって来た。 今日、このアーケード街の広場で午後四時に決行。 ……けど最近ラブちゃんとすごくラブラブな感じで、もう下手に告白なんかするよりこのまま蜜月を楽しんだ方がいいんじゃないかと思ってたりもする。 とはいえ、俺の為に動いてくれた霧島にそんな事を言うわけにもいかない。 でも、ラブちゃんの甘やかさが……。 今日も、大学構内で待ち合わせの確認の為に声をかけたら、ふ、ふ、二人になりたいとか言ってくれて、空いてる小教室でチュウ………。 んっ…はぁ……。 思い出しただけで頭がポーッとなる。 柔らかな唇、身体のぬくもり、汗の香り、イタズラな表情、甘美なひざ裏と太ももの手ざわり……。 ………。 ………。 はぁ…反芻すると時間を忘れてしまう。 ベンチタイプの椅子に横向きにラブちゃんが座って、俺の太ももの上にその魅惑的な足を乗せた……! 俺はラブちゃんの足置き。オットマンだ。 俺は気の利いた話もできなくて、けれどラブちゃんはそんな退屈かもしれない時間も楽しそうにしてくれていた。 もちろん俺はラブちゃんと一緒にいるだけで幸せで、その上愛らしいお膝が目の前にあってふれられるんだから、退屈なんかするはずない。 あのまま愛らしいお膝を舐めまわしたかった。 汗ばんだ膝から塩味がすっかり無くなってしまうまで……。 けどラブちゃんとキスができた。 もちろん膝を舐めるより、ラブちゃんとのキスの方がうれしい。 しかし、俺のキスは幼稚園児だと言われてしまった。 これは、大問題だ。 確かに俺はキスといえば酔っぱらいに無理矢理されるもの……というイメージがどこかにあった。 けど、今までラブちゃんとしたキスは、酔っ払っいの無理矢理キスとは全然違って、甘くてエロくて頭の中まで痺れるようなキスばかりだ。 これからラブちゃんのキスの流儀をしっかり学んでいかなければ。 それから、ちょっと気になる事と言えば……。 ラブちゃんは俺が『好きだ』と言うと嬉しそうな可愛い笑みを見せてくれるのに、その後すぐに話をそらしてしまう。 つまり、俺が『好きだ』と言う事は受け入れてくれているけど、本当は好きだと言われたくないって事……なのか? わからない。 けど、やっぱり……。 今、無理に告白して関係を変えるより、ラブラブなこの状況を死守すべきなんじゃないか……? はぁ……。 「日置さん!準備バッチリっス」 嫌だなぁ……。 やっぱり霧島に任せるんじゃなかった。 これじゃ上手くいくものも、いかなくなってしまいそうだ。 計画段階で詳細を知っていたら絶対断ってた。 詳細を聞こうとしても『お楽しみにしててください』とか『バッチリですから』とか、曖昧にはぐらかされてばかりだったしな。 けど、今更断るわけにもいかない。 「四時に待ち合わせの相手が来たら日置さんは普通に話しかけてください。そしたら、もうバッチリですから」 お前の『バッチリ』は聞き飽きた。 最悪だ。 憂鬱だ。 ああ、あと十分で四時になってしまう……。 俺は広場にあるオブジェの前のベンチに一人座ってラブちゃんを待っていた。 霧島は近くのコーヒーショップに移動して、こっちの様子を伺っている。 あ、ラブちゃんが来た。 予定より七分ほど早い。 まあ『バッチリ』らしいし、ちょっと早いくらい問題ないか。 「日置!早く着きすぎたかなって思ってたけど、もういたんだな」 ニコニコ顔で俺に近づいて来る。 ……あ…デートの待ち合わせみたいだ。 くっ。霧島が見てるのに、顔がデレデレと緩んでしまう。 「で、何の用なんだ?」 「あ、いや、その……もうちょっと」 おかしい……話しかけたら『バッチリ』なんて言ってたくせに、何してるんだ霧島……。 とりあえずベンチに座ってラブちゃんと他愛のない話をする。 もしかして、四時ちょうどまで待てって事か? いっそこのまま、素知らぬフリしてラブちゃんとどこかへ……。 ああ、そんな間も無く、広場にある大きな時計が四時を指してしまう。 その時、パイプオルガンのような柔らかな音楽が広場に鳴り響いた。 「あ……これ」 ラブちゃんがちょっと嬉しそうな声を出して、背後を振り返った。 「そっか、そういえば、このオブジェ、決まった時間に動くんだっけ?」 無邪気な笑顔が可愛い。 何をイメージしているのかよくわからないけど、錆びた鉄のように着彩された動物のオブジェがゆっくりと回っている。 ラブちゃんがオブジェに向けていた愛らしい目を、ふわっと俺に向けた。 ああ、その瞳には幸せが詰まっているみたいだ。 「もしかして、オレとこれを見たかったって事?」 ふふっと笑う。 「あ……うん」 これが動く事なんか完全に忘れていた。でも、ラブちゃんと一緒だと、ただオブジェが動くのを見てるだけの時間がすごく幸せで、前からずっとそうしたかったような気になってくる。 「そっか。お前もけっこう可愛いとこあるんだな」 人目につかないよう、ラブちゃんが俺の手をキュッと握ってパッと放した。 オブジェが動きを止め音楽がやむ。 「じゃ、オレ国分くんと約束があるからもう行くけど……ありがとう」 ラブちゃんはサッと立ち上がり、ヒラヒラと手を振って去って行った。 『可愛いとこあるんだな』ラブちゃんの言葉がリフレインする。 俺のことを可愛いと言うラブちゃんが、世界一可愛い。 オブジェを一緒に見ただけで可愛いと思ってもらえるなら、これまで友達に誘われ何となく行っていただけの、花火大会も、紅葉も、クリスマスイルミネーションも、巨大門松も、樹氷や桜も新緑も、それから駅前の謎の銅像も、俺は全部、全部、全部ラブちゃんと見に行く! ……って、あれ? そういえば、霧島はなにやってるんだ? 「ああ〜。日置さん、ここでなにしてるんですか?」 霧島がいるコーヒーショップに目をやった途端、通りから弾んだ声が届いた。 「あ……大崎さん?」 手を振りながら、パタパタと大崎さんが駆け寄ってくる。 「偶然!一人ですか?」 いきなり横に座った。 ……ちょっと……近い。 困ったな。どうすればいいんだ。 その時、またこの広場に音楽が鳴り響いた。 二人の男女が陽気でハッピーなコーラスソングを歌いながら歩いている。 周囲がちょっとザワッとした途端、さらに歌う人数が二人増えた。 こっちに……近づいて来る……。 ……さらに四人増えて、完全に囲まれた。 「え、なに、なに?なんですかこれ?」 大崎さんが俺の腕をギュッと掴んで来た。 困った。この状況……。 どうしよう。 ああああああ……来た。 来たよ、霧島……。 俺は手拍子をしながらハッピーにコーラスをする八人の若い男女に半円状にとり囲まれ、さらに遠巻きに眺める無関係な人たちまでびっしり周囲に集まってきてしまった。 ああ……まだどんどん野次馬が集まってきてる。 やめてくれ、誰だか知らないが動画撮影は止めてくれ……。 霧島と見覚えのある後輩が三人、コーラスメンバーのまわりで踊ってる。 はあぁ……コーラスの奴らも踊り出してしまった。 そしてコーラスはさらに盛り上がり、その輪の中入って来たのは霧島だ。 大崎さんにしがみつかれた俺の前で、膝をついた霧島がパッと可愛らしいブーケを差し出した。 あああああ……。 みんな……見てる……。 とんだ晒し者だ。 手拍子……やめろ。 けど、まずい。 これは俺がリアクションしないと終われない流れだ。 どうしよう ……頭が真っ白だ。 霧島の差し出すブーケ……。 う、受け取る? それで、いいのか? 俺が霧島からブーケを受け取って……だから何だ……って感じだよな。 ゴチャゴチャ考える頭に反して、身体は妙に堂々と動いていた。 腕に大崎さんをくっ付けたまま、一歩霧島に近寄る。 そして大崎さんの手をそっと放させると、俺は素早く霧島の背後に回った。 予定外の俺の行動に、ポカンとした霧島の肘を無理矢理グイッと持ち上げる。 すると片膝をついた霧島が手に持つブーケを大崎さんに捧げるポーズになった。 そして俺は、大崎さんと霧島から素早く離れた。 ……いや、逃げた。 輪の中心には大崎さんと霧島。 恥をかき捨て、心を無にして、俺は周囲をあおるように派手に手拍子をした。 「告白ターイム!」 無責任に大声を出すと、おおお!と周りが沸く。 ビックリした霧島がキョドキョドと俺を見た。 「え、あ?日置さん?日置さん!?」 「霧島、告白タイムだ。頑張れ!」 俺は無理矢理余裕の笑みを作って、見せつけるように拍手をし周囲をさらに煽る。 霧島、俺を晒し者にしようとした報いだ。 きっちり責任取れ。 「あ…その……つ、付き合ってください!」 霧島が本当に告白してしまった。 おお!と小さく周囲がどよめく。 「え、何で霧島くんと?……まあ、いいけど」 え、いいのか……大崎さん。 「おめでとう!」 「おめでと〜う!」 知らない人たちの無責任な祝福の声が飛び、輪の中心で二人が照れている。 普段なら俺も心からの祝福をするところだが、今は全くそんな気になれないのが残念だ。 ワケのわからない告白大作戦から、どうにか逃げられて……。 よかったぁぁぁぁ………。 はぁぁぁぁ。 脱力して地面に伏したい気分だけど、俺はまだまだ余裕の笑みを取り繕い、周囲に合わせて拍手を贈った。 コーラスのメンバーが少し穏やかな祝福の歌をアカペラで歌っている。 気まずいショーは終わったはずだが、取り囲む人はどんどん増えていって、近くの店の店員までこっちを覗いていた。 どうにかそれらしくまとまってよかった。 ここに来る直前に霧島にざっくりとした説明を聞いた時には、ドン引きはしたが、さすがにここまで大ごとになるとは予想できていなかった。 四時になっても霧島が出てこないから少し不思議に思ったけど、結果的にはタイミングを間違えてくれてよかったな。 考えてもみろ。 こんな状況でラブちゃんに告白だとか……冗談じゃない。 ラブちゃんが来る直前までは、待機している人たちに申し訳ないのでとりあえず実行してもらい、いざとなったら手を取って走って逃げればいいんじゃないか……なんて思ってた。 でも、実際この場に立ってみてわかった。こんなに人に囲まれてちゃ走って逃げるのも難しいし、逃げるという判断を下すまでの間はずっとさらし者だ。 もし俺が霧島のように、皆の前で跪いてラブちゃんに告白したら……? しらじらとした目と不快に歪む口が容易に想像できる。 『ラブちゃん……俺とつき合っ……』 『頭に虫でもわいてんのか、このチンカス野郎。母親の胎内から出直して来い』 ……うん。 ですよね……。 ああ……霧島と大崎さんはまだ人垣の真ん中で手をつないでる。 この二人……本当に付き合うつもりなんだろうか。 しかし、これで少し納得がいった。 俺に協力するって言い出した時に『話しやすいなとかそんな感じで好きなだけなんで』なんて口走った霧島を本当に呪ってやろうかと思ってたけど、アレは大崎さんのことだったんだな。 この時間と場所を霧島が指定したのも、大崎さんがバイト前にいつもここを通ってるって事を知ってたからだろう。 いくら霧島でも、俺がラブちゃんに告白するつもりだってわかってたら、こんな公衆の面前で晒し者になるような企画をするはずがない。……と願いたい。 しかし……二人ともよくやるな……。 腕を組んで、ようやく人の輪の中から移動を始めた。 なんであんなすぐにイチャイチャできるんだ。 う……ちょっと……。いや、かなり……うらやましい。

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