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日置くんはご褒美チュウ15

……うーん。 やっぱり……変だ。 最初はほんの少しの違和感だった。 朝、日置の部屋で目が覚めたら、日置がオレの足元で丸まって寝ていた。 ……なんでだ?って、思うよな普通。 でも帰る時に『あ、コレお約束だよな』と思って、ドアを開ける前に抱きついてキスしたら、日置はデレデレの超浮かれモードだったんで、すぐにちょっとの違和感なんか忘れてしまっていた。 この日はオレはバイトが夕入りで、日置は夜間。 入りの時間が違うからそんなに話も出来なかった。それはしょうがないとは思うけど、目があった時にちょっと笑いかけたらスッと目をそらされた。 ま、そこそこ客も多かったし、たまたまかな?なんて思ってたけど、その日一日ずっとそんな感じだ。 それでまた違和感を持った。 だって、日置だぞ? デレデレしてる自覚ゼロで、甘い空気出すなって目で訴えても全く通じな日置が初エッチのあとに何もなかったような素振りなんて……いや、まあ、エッチしたからこそ自覚が出てきたってことなのかもしれないけど。 それでも家に帰って寝る前にメッセージを送れば普通に返信が来たから、やっぱり自制してたのかなってその時は思った。 さらに次の日の日曜日はまあ、普通にメッセージのやり取りくらいはした。 そして月曜日。 ここのところ大学に行けば一度はオレの前に顔を出してたのに、全く見かけなかった。 休みだったのな……とは思ったよ。 霧島に聞いたら日置も大学に来てたって言うし、バイトは同じ夕入りだったのにオレとほとんど目を合わさず、話しもせずってどういう事だ。 …………。 「絶対おかしいよな!なんなんだよアイツ」 「うーん。おかしいのは確かにおかしいけど……。キスしたとかあんま聞きたくなかったかも」 日置の態度にイライラしたオレは、バイト終わりに国分くんを誘って飲みに出た。 馬刺の美味い小さな居酒屋だ。 愚痴の勢いでビールが進みすでに生中を二杯飲み干していた。 「え、国分くん日置とのこと聞きたがるくせに、なんでオレから言うのはダメなの」 「んーやっぱり、心の準備とか興味の盛り上がりとか」 「……うーん。じゃ、出来る限り盛り上がってくれる?」 「うーん、ほどほどにね」 景気づけにだろう。国分くんがジョッキをグイッとあおった。 「で、どう思う、日置の態度」 「……多分、伊良部(いらぶ)くんが思ってるのと同じ感想」 ジョッキを両手で持つ国分くんが『今日のオススメ』の張り紙に目をやった。 『本日限定!なくなり次第終了』 マグロのカマ焼き…………。 ……。 たしかに日置もまぁまぁ硬直して動かない冷凍マグロ状態だったな。 緊張してるからだろうと思ってたけど、まさか、オレのテクを試してたとかそんな? 男相手なんか初めてなんだし、あるわけないだろマグロ男を満足させるようなテクなんか。 それでがっかりして、オレとの事は『本日限定!なくなり次第終了』って事なのか? 「マグロのカマ……食べたいけど、ちょっと大っきいよね」 うーん、と国分くんが悩んでる。 あ、純粋に食べたかっただけか。 ま、そうだよな。日置が緊張でガチガチ冷凍マグロだったなんて国分くんが知ってるわけがない。 「モツ煮……何味だろ。伊良部くんホルモンいけたっけ?」 「……あー。うん」 だめだ。 ソッチの方にばっかり気が行ってるから『ホルモンいけたっけ?』って質問に『もちろん、ガッツリ掘ってイケたよ』とか絶対言ってはいけない返答シュミレーションをしてしまう。 「確かに伊良部くんが心配してるみたいに、日置って一発ヤったらもう興味がなくなるタイプの可能性はあるよね」 オーダーを通した途端、国分くんが核心を突いてきた。 「う……あー。やっぱそう思う?」 「でも、バイト内ですぐ次に手を出すなんて事はないと思うよ。大崎さんも霧島とつき合い始めたみたいだしね」 「えっ?あの二人が!? いつから?」 「ん〜?何日か前からみたい。わかりやすくラブラブだったけど、気付かなかった?」 日置の態度が気になって他人の様子には目が行ってなかった。 大崎さん、日置のこと好きだったんじゃなかったのか? 急展開過ぎだろう。 「……あ、つまり大崎さんは日置じゃなくても、自分に言寄ってくるそこそこの男なら……」 「そういうことだろうね。前向きでいいよね」 国分くんがニコニコと微笑んで、ちょっとジョッキを持ち上げた。 大崎さんのガッツに乾杯みたいな感じ? 国分くんはゴタつきさえしなければそれでいいんだな。 恋を祝福する微笑が聖母のようだ。 日置からの手紙を落としたせいで大崎さんを勘違いさせてしまったから、申し訳ない事したなって思ってたんだ。 霧島とラブラブだって聞いて安心した。 長続きするといいな。 ……はぁ。オレの方も上手くいってると思ってたんだけどなぁ。 日置が飽きやすいタイプなんじゃないかって言われれば、その疑いは濃厚なうえ否定する要素がひとつもない。 例え気持ちがまだオレに向いていたとしても、身体と本能は受け付けなかった……とか、ダメになりそうな要素だっていくらでも思い浮かぶし。 「日置とつき合うって、伊良部くんにとってはかなり思い切った決断だったのかもしれないけど……フラフラしてるやつだからね〜」 「だよな〜〜」 はぁ……。 どろーんとした目でモツをつつく。 「日置って仕事は責任感もあるしきっちりしてるのに、どうして色恋はきちんとできないんだろ」 「どうしてだろうな〜〜」 国分くんが追加注文してくれたビールをあおった。 「で、結局、伊良部くんは日置のどこが好きなの?」 「それ……前も言った」 「『大好きって言ってくれるから』でしょ?前は『ごちそうさま』って言ったけど、日置のどこが好きなのか追加オーダしたくなった」 「そんな数日で変わんないって。どこが好きかよくわかんないけど、あれで可愛いとこあるし」 「でも、一番大きなポイントだった『好き好き言って来るのが可愛い』っていう日置の『好き』が、一発ヤったら消えちゃう程度だったとしたら?」 「は〜〜。だよな……」 「え、ちょっと『だよな』じゃないよ伊良部くん!僕わざとひどいコト言ったんだから、そこ否定しないと!もう……日置、全然信用されてないなぁ」 「ん〜。信用とか……全然してない」 「ええ……伊良部くん、ちょっとは信用してあげようよ」 「……どこら辺を?」 「うーん。閉店のときのチェックは店長より日置の方がしっかりしてるよね?」 「たしかにね〜」 国分くん、仕事面でしか信用できるポイントが見つけられなかったんだな。 そのときオレのスマホが鳴った。 「なに?もしかして日置から?」 画面を見ると、国分くんの言う通り日置からのメッセージだった。 なんてことのないおやすみメッセージだ。 時計を見るともう十二時近かった。 けど、こういうときだと何でもないメッセージにもちょっとイラッとしてしまう。 オレはスマホを覗き込んできてた国分くんにすすすと顔を近づけて写真を撮った。 イラッとしたまま日置に返信するなんて、オレの小さなプライドが許さない。 『まだおやすみじゃないよ。国分くんと楽しく飲んでる。』 メッセージとともに赤ら顔のゴキゲンな写真を送った。 日置の事なんか全く気にしてないんだからねっ! ……て、はぁ……。本当はメチャクチャ気にしてるけど。 そもそもあんなモテ男に好かれるほどの魅力がオレにあるとは全く思えない。 だから信じられないのも当たり前。 いつあいつの気持ちが変わったっておかしくないと思ってる。 日置のせいみたいに言ってるけど、本当はオレの問題だ。 ……でも、うん。 やっぱオレのこと好き好き言うくせに日置が信用ならないのが悪い!……ってことにしておこう。 国分くんに愚痴るのもこれで終了。 いつも通り楽しく飲んで、国分くんのリクエストで冷麺を食べに行った。 はぁ……飲んだ後の〆の冷麺。……最高だ。 国分くんと楽しく夜道を歩いてたら、なんか本当に日置の事とか、どうでも良くなってきた! ◇ 国分くんには散々愚痴ってしまったけど、昨日は楽しかった。 けっこう飲んだわりに、二日酔いにもならず快調だ。 大学の学生会館に行くと霧島がいた。 国分くんが言っていた通り、本当に大崎さんとつき合っているらしい。 日置がサプライズで告白するってことで霧島が準備をしてたけど、大崎さんがやって来たら逆サプライズで日置が霧島に告白をさせたそうだ。 「さすが日置さん、粋な計らいをしますよね!」 なんて霧島は感動してる。 でもオレそんな話、日置から全く聞いてないんだけど。 普通だったら絶対話すような、けっこうスペシャルな話題じゃないか? 「最初は日置さんが告白するって言うから、オレが『日置さんもようやく決まった彼女を作る気になったんスね!』って言ったら『決まった彼女なんか作るつもりはない』とか言ってたんで、マジか!? ってなったんすけど、いや〜、やられました」 へへへっと霧島は笑ってる。 けど……。 おい……『決まった彼女なんか作るつもりはない』ってなんだ。 まぁまぁ聞き捨てならない発言だぞ。 「あれ、あそこに日置さん……。こっち見てる」 霧島が示す数人の男女グループの中に日置がいた。 サッと霧島が手を振るとチラッとこっちを見て小さく手を振り返したけど……こっちを見たままジリジリと移動して女の子の影に隠れた。 なんだ……? 霧島は気にした様子もなく、その輪の中に入って行った。 しょうがないのでオレも近づいていく。 こっちを見てるから当然日置と目が合う。 けど…………。 おいおい、なに露骨に目をそらしてんだ。 そのくせ、オレの横にそろそろと寄って来た。 全くどういうつもりなのかわからない。 「ラブちゃん……昨日……楽しかった?」 「……は?あ、国分くんと?もちろん楽しかったけど」 急に話しかけてきた。けど顔はよそを向いたままだ。 「遅くまで飲んでたんだね」 「あー、まーバイト終わりから飲み始めたからそんなもんだろ」 「……そう……だね。国分くんと仲いいしね」 「うん。何いまさら」 「いや、その……知ってたけど、再確認」 「ふぅん?」 なんだか奥歯に物が挟まったような言い方だな。 そして、まったくオレを見ない。 その後も校内で日置を見かけた。 オレを見ているようではある。 けど、近寄ってこないし、見てないフリをする。 やっぱり今日も日置はおかしい……。

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