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日置くんはご褒美チュウ17[終話1]
オレを避けまくりだった日置に、どういうつもりなのか問いただすつもりだったのに、ものすごく『一生懸命』って感じで花火大会に誘われた。
日置の必死さが可愛くて嬉しくて、ついついニコニコと笑ってしまう。
今さら変な空気に戻るのもイヤなので、何で避けてたのかっていう追求は今のとこはしないことにした。
けど、日置のヤツ『初日はもう他の友だちと約束してるから、ラブちゃんとは二日目に』とか……。
なんか引っかかる誘いかたしやがって。
とはいえ、夏のデートのド定番、花火大会。
オレはもう、ウキウキだ。
先頭に立ってはしゃぐタイプじゃないけど、祭やイベントにゆるゆると参加して、その場の空気を楽しむのは好きなんだ。
◇
待ち合わせをして、河川敷の花火会場まで人ごみの中を二人で歩く。
いつもより近い二人の距離がデートっぽいななんてちょっと思った。
日置はラフな柄シャツだけど、さりげに気合が入っててオシャレな気がする。
ただ……まあ、気がするってだけでオレにはよくわからない。
オレはいつも通りTシャツにハーフパンツでサンダルだ。
皆が祭に夢中だから、多くの人の中にいるのに、二人きりでいるような気分になる。
けど屋台の立ち並ぶ通りを歩いていると、その状況もすぐに変わってしまった。
日置が知り合いにやたらと声をかけられる。
オレも顔だけ知ってるようなやつもいて、そうなると向こうも遠慮がなくなり、下手すりゃ一緒にどうよ?みたいなノリになりがち。
オレたちがデートだなんて思いもしないだろうから、しょうがないといえばしょうがない。
日置が気遣って短めに話を切り上げてくれるからいいけどな。
下手にうろつくとさらに知り合いに声をかけられそうなので、ビールや食べ物なんかを買って早めに花火の打ち上げ会場に向かった。
会場となる河川敷は、コンクリートの緩やかな傾斜の土手があって、そこに花火を見るため多くの人が座っていた。
ぱっと見けっこう人で埋まっているようでも、探せば二人座れるくらいのスペースはすぐに見つかった。
ビールで乾杯しながら屋台で買った串焼きやポテトを頬張る。
今日の日置は、待ち合せからずっと、さりげなくオレを誘導したり、人の波から守ったり、これでもかってくらいナチュラルにイケメンっぷりを見せていた。
日置はエスコートなんて、当たり前に身についているみたいだけど、オレはエスコートしたってぎこちないし、ましてやされる側になんてなった事がない。
オレがもし女なら日置のエスコートに気分が良くなりはしても……こんなにドキドキしたりしなかったんじゃないかって思う。
……困った。
とうとうオレは、これまでならちょっと鼻についていた『デキる男』だだ漏れな態度や、男らしいさわやかな笑顔にも、キュンとするようになってしまったらしい。
ちょっと悔しくはあるけど、今さら自分の気持ちを無かった事にはできない。
かと思えば、日置が知り合いと話しているときは、彼女が女友だちと話し込んでしまった時のようなジリジリ感や、良い女を連れて歩いているときのような優越感も少しあったり、なんだか感覚がややこしい。
じっと見つめると『なに?』と目で聞いてくる。
ああ、やっぱ、かっこいいな。
でも、全く好みじゃない。
なのに……好きだ。
あ、急に恥ずかしそうに眉根と唇をゆがめた。
すっとオレの耳元に口を寄せる。
「ラブちゃん……あんまりかわいい顔で見ないで」
……バカだ。
オレのどこが可愛いんだ。
けど、こんなバカなとこも……。
いや、バカなとこが……好きだ。
他愛のない話をしているだけで楽しくて、意外とすぐに打ち上げ開始時間になった。
河川敷は明かりが落とされ、手元も良く見えない。
観客を照らすのはまたたく花火の光のみ。
地面に響いた打ち上げの音にドンドンと突き上げられるたび、心が沸き立つ。
すぐにオレは今年最初の花火に夢中になった。
休止時間に闇に包まれると、風がほのかに火薬の臭いを運んで来る。
暗がりが微かに触れる日置の身体を熱く感じさせた。
ふと視線を感じて横を見ると、日置がオレをじっと見ていた。
日置は一瞬目を彷徨わせ、照れたように微笑んだ。
「花火見ないで、オレの顔ばっかり見てたんじゃないのか?」
そう言った途端、次の花火があがった。
「あ……ま……。うん」
花火の音と周りの歓声に日置の声がかき消され気味だ。
花火の光を受けて様々な色を帯びる日置の顔を見つめながら、きゅっと手を握った。
日置の顔がフニャと緩んで、ぎゅぎゅ……とオレの手を握り返してくる。
視線を花火に戻すけど、オレの意識は日置の視線と手の感触に集中してしまう。
「日置、ちゃんと花火見ろよ」
なんて……オレも見てるようで全然見てない。
「え?なに?」
日置が顔を寄せてくる。
「あまり見られると恥ずかしいからやめろ」
耳元に口を近づけて言うオレに、日置がふふっと笑う。
「俺は楽しそうに花火を見てるラブちゃんを見てるのが楽しいから」
嬉しそうに目を細められ、余計に恥ずかしくなってしまった。
「花火の写真……けっこうみんな撮ってる。お前はいいの?」
オレの顔から視線をそらさせたくて聞いた。
「昨日ちょっと撮ったから今日はカメラ持ってきてないんだ。でも、失敗したな。花火を見てるラブちゃんを高感度で撮りたかった」
見られてるだけでも恥ずかしいのに、この至近距離で写真なんか撮られたら顔が引きつりそうだ。
次々と花火があがる。
オレはその間ずっと日置と手をつないでいた。
尺玉が打ちあがり、会場の歓声がより大きくなった。
みんな花火に夢中で、オレたちの距離が少し近過ぎることなんか気にも留めてないだろう。
日置がまたじーっとオレを見つめる。
……だから、恥ずかしいって。
「ラブちゃん……ってくれませんか?」
「え?なに?」
日置の声が歓声にまぎれて聞き取りにくい。
「…………つき合ってくれませんか?」
「ん?(夏休み)の話?……どこ(に)?」
日置もオレの言葉を聞き取りにくそうにしてる。
「……かわ……と……好きなんだ」
「は?川?……あっーと(キャンプとか?)うん、いいよ」
「え……本当に?」
「ふたり(で?それ)とも(皆と)?」
「……れは、もち……俺と……ブちゃ……」
夏休みのお出かけプランかぁ。
確かに二人で旅行なんていったらちょっとかまえるけど、キャンプだったら気楽な感じでいいかもしれない。
「オレよくわからないから、細かい事お前が決めてくれる?」
「え、俺が?何を決め……いいの?」
「ま、このあと一緒に考えてもいいし」
所々、良く聞き取れなかったけど、何となく話は通じたみたいだ。
「そうだ、ラブちゃんこのあと、もし良かったらだけど、ウ、ウチに寄る?」
「ん……。そだな……」
日置が嬉しそうにオレの手をギュッギュと握った。
それにしても日置の奴、この後オレがアパートに行くって思ってなかったような反応だったな。
花火大会だぞ?
二人っきりになってからのイチャイチャはワンセットじゃないのか。
なんか……オレばっかイチャつきたがってるみたいで、ちょっとムカつく……かも。
でも、ギュギュッっと手を握り返せば、オレの顔もニヘニヘとなる。
本当は今、日置の肩に頭を乗っけたい。
そしてキスしたい。
「なんで(こんなに好きになっちゃったかなぁ〜)」
「えっ?何?」
「花火、綺麗だなって言ったんだ」
……聞こえないって、わかってて言ったんだ。
「あ、うん。綺麗だね」
嘘ばっかり。
花火なんか、全然見てないくせに。
「好き」
「え……?」
「花火が」
「あ、うん。俺も」
「花火……(よりオレの方が)好きって(言えよ)」
聞き取りにくそうに日置が首を傾げている。
そして、ふっと笑った。
「……でも、花火よりラブちゃんの方が好きだ」
「……バカ」
「ごめん。でも好き」
「オレ(も)花火(より、日置の方)が好きだ」
そんなに騒がしくなかった。
だから、ちゃんと言えばしっかり聞きとれたはず。
でもオレはわざと声を紛れさせた。
日置はちょっと困ったような顔をしている。
「ふふっ……花火より俺の方が好きって言ってくれたように聞こえてしまった」
「はぁ?……じゃ勝手にそう思ってろ」
そう、言ったんだけどな。
「うん。そう……思っとく」
にこぉっと、嬉しそうに……本当に嬉しそうに日置が笑った。
胸が、キュンとなる。
ちゃんと好きって言ってやれば良かった。
うん。
言おう。
ちゃんと。
こんな騒がしいところでじゃなく、二人きりの時に。
好きだぞ、日置。
どこが良いのかさっぱりわからないけど……大好きだ。
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