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御礼SS:国分くんの懐具合腹具合
「伊良部 くん、担当エリア代わってくれない?」
無邪気な陽だまり笑顔の消えてしまった国分くんがオレに頼んできた。
「あー。また、チップ次長?」
「うん。もう、あの人ほんと困る」
オレたちがバイトしてる居酒屋は、基本的にはチップ禁止。
でも、あまり強硬に断ると角が立つからってことで、しっかりきっぱり三回断っても渡してくる人からは受け取ってもいいって事になってる。
そんなルールが出来たのも、国分くんのチップ体質があるからだ。
日置みたいに色んな女の子に熱烈アピールを受けて周りを微妙な空気にしたりしないからあまり知られていないけど、国分くんも地味に人気だったりする。
国分くんはなぜかバブル世代の人に受けがいいらしくて、よくチップを渡される。
困った国分くんが店長に相談した結果が三回ルールだ。
だから常連は三回で国分くんがチップを受け取るってわかっちゃってる。
チップが貰えるとなると、霧島あたりは喜んでホイホイ受け取りそうだけど、国分くんはもらう理由のわからない金は受け取りたくないらしい。
オレはチップなんか貰ったことないけど、なんとなくわかる気もする。
貰ったお金を手元に置いておくのも嫌なようで、チップを貰うと大体バイト終わりにオレと一緒にラーメンを食いに行くのがお決まりのパターンだ。
特に週二、三回店に来る、このチップ次長が国分くんの天敵。
国分くんはチップを受け取らない為にチップ次長の前に姿を現さないようにしている。
ホールも賑わってきた頃、チップ次長と数人の部下たちは早めに切り上げたらしくてお会計を済ませ出て行った。
……と思ったのに、いつの間にか戻って来て他のグループに合流していた。
あ、ヤバい。
国分くんに知らせないと……と思っていたら、たまたま通りかかった国分くんがその席の客に呼ばれてしまった。
ああ、やっぱり。
国分くん、チップ次長に見つかった。
ああ、やっぱり。
チップ握らされた。
すごく困った顔が小学生みたいで可愛いんだよ。
その顔がダメなんだって国分くん。
しかも、チップ次長の席には、オレがさっき運んだ唐揚げが……。
ああ、やっぱり。
食べさせられてる。
すごく困ってクシャクシャな顔から、唐揚げを頬張って口元がフニュンと緩んでモグモグモグモグ……。
クシャっとなった顔のまま口元が嬉しそうに緩むと、もう嬉しくってたまらないって顔に見えちゃうんだって。
チップ次長も嬉しそうだ。
ほとんどこのためにチップ渡してんじゃないかって思う。
動物園のウサギ・ヤギのエサ100円みたいな。
けど、前回も気になったんだよ。
オレ達よりちょっと年上くらいの若い部下の一人が、チップ次長以上に国分くんのモグモグにハマってる気がする。
さっきも国分くんと一緒になって小さく口を開けて、何も食べてないのに一緒にモグモグしてた。
国分くんが美味しくてたまらないって顔をすると、温泉にでも浸かったようなホンワカとした表情で見てるし、国分くんが唇をペロリとなめるとふわぁと口を開ける。
幸せそうだ。
結局、この日も国分君とバイト終わりにラーメンを食べに行った。
「チップ次長ほんと困る。僕、お金でなんでもするヤツみたいに思われてそうで嫌だ」
「ああ、唐揚げ食べさせられてるから?」
それはさすがに強く断っていいと思うんだけど。
「僕、チップいらないから、唐揚げだけにしてくださいって言おうかな……。でも、そしたら唐揚げ催促してるみたいだよね」
「え、唐揚げ食べさせられるのOKなんだ?」
「だ、だって、美味しいし。大好きなんだもん」
むにゃむにゃと言い訳する国分くん。
餌付けしたくなる気持ちは、ちょっとわかるかも。
ラーメンを頬張ってモグモグしてる顔も幸せそうだし。
無邪気な動物にエサをあげる気持ちと、お地蔵さんにお供え物をする気持ち両方をいっぺんに味わえるような……。
「国分くん。チャーシューあげる」
「え……いいの?」
「うん。国分くんが貰ったチップで食べるラーメンだし」
国分くんはふんわりと笑って、なんのためらいもなくオレの箸の先のチャーシューにパクりと食いついた。
うーん。
ハマる気持ち、わかるなぁ。
ラーメン屋の帰りに、たまたまチップ次長の部下の男の人を見かけた。
国分くんにハマってるあの人だ。
もう帰るところなんだろう。同じ会社の女の子と二人で歩いている。
チップ次長はほんとにしょっちゅう店に来るので、入れ替わりで連れて来る部下の人の顔も大体は覚えてる。
この二人だけで来てるのを見かけたこともある。
あ、二人腕組んでる。
もしかしたら付き合ってるのかな。
お似合いだ。
なんかちょっとほっこりする。
あ、こっちに気づいて会釈してくれた。
オレの顔覚えてくれてたんだな。
ちょっと嬉しくなって会釈を返した……途端にその男の人が慌てて彼女の手を離した。
……え……?
今……オレの後ろの国分くんに気づいて離れた?
あれっ?
気のせい?
国分くんもその男の人に気づいて会釈をしている。
うーん。
今のなんだったんだ。
◇
数日後、あの部下の男の人が一人で来店した。
一人なのに、座敷の端のスペースを希望。
一人飲みが恥ずかしいのかな…‥なんて思ってた。
けど、あれ………。
国分くん………。
建て具でよく見えないけど、からあげで餌付けされてない?
戻って来た国分くんの唇がほんのちょっと油でテラっとしている。
妙に張り切って国分くんがチーズフライを運んでるけど……ああ、やっぱりあの席だ。
国分くんの顔しか見えないけど、ニコニコで口を開けてる。
ちょっと焦らされて、さらに笑みを深くした。
国分くん……!!!!
大丈夫!?
「ああ、やっぱり伊良部くんにはバレちゃったか。他の人には内緒にしてよね」
戻ってきた国分くんが恥ずかしげに言った。
真面目で常識的な国分くんだけど、揚げ物の誘惑にはめっぽう弱いようだ。
「からあげ以外に何が好きなの?って聞かれたから、チーズスティックって言ったら注文してくれて……。でもそういうのはもうダメですからねって清司さんにはちゃんと言ったから」
え……清司さんって、名前まで……。
「バイト中のつまみ食いがダメなら、今度一緒に飲みに行く?って言われたんだけど、伊良部くんも一緒にどう?」
「え……飲みに行くの?」
「いや、お客さんとはいえ良く知らない人と二人でとか怖いから、伊良部くんと一緒ならいいかなって」
「あーうーん。その、どうだろう……」
「だよね、やっぱり。そう思ってファストフードくらいならって言ってる」
「おおぅ。そうなんだ。ファストフードなら行くのか……」
清司さんというサラリーマンのお兄さんに、ポテトで餌付けされてる国分くんが容易に思い浮かぶよ。
あ、食器を下げに行った国分くんのポケットが膨らんでる。
「伊良部くん、そこのお客さんにボンタンアメ貰っちゃった。あとで食べよう」
ニコニコ笑顔だ。
国分くんは奥様たちにおやつを貰う事も多い。
あ、清司さんというお兄さんがレジに……おお珍しく国分くんがレジに入った。
会計が終わって清司さんが国分くんにペロペロキャンディを差し出した。
でも、国分くんあんまりキャンディは好きじゃないんだよね。
どうする、国分くん。
あ、キャンディを受け取って……包みをあけて……おっっおおおお!?
清司さんにくわえさせた。
国分くん……大丈夫?
清司さんの顔がニヘニヘだけど……。
「僕、キャンディはあまり好きじゃないんです」
「そっか。じゃドーナッツとフライドポテトだったらどっちがいい?」
「どちらかというとポテトのほうが好きです。伊良部くんも一緒でいいですか?」
「もちろん」
ふふふふ……と、二人ほのぼの笑い合ってるけど……。
なんか、今、勝手にオレの予定が組まれたよね……。
……ま、喰うに困らないってのは、いいこと……なのかなぁ。
《終》
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