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4章=日置くんはカマって欲しい?1/日置くんは準備する

ラブちゃんとキャンプ。 これは初めての二人きりの旅行と解釈しても差し支えないだろう。 けど、怖い。 『旅行中に九割のカップルが喧嘩をする』というデータが怖すぎる。 そのまま別れる人も少なくないらしいし。 まだ付き合って一週間だ。 これでラブちゃんに失望され捨てられてしまったら……。 不安が不安を呼んで、必要以上に準備に必死になってしまった。 キャンプと言えばバーベキューとカレー。 当たり前だと思ってるところに意外な落とし穴がある。 俺は国分くんにラブちゃんの食べ物の好みを聞いてみることにした。 国分くん曰く。ラブちゃんは豚肉が好きだけど、好物は焼き鳥らしい……。 この情報だけで、何をどう用意していいのかわからなくなってしまった。 カレーは豚肉がいいのか……? バーベキューだけど鳥メイン……? 「日置、伊良部くんには普通が一番だよ。カレーは作るよりむしろレトルトの方が喜ぶと思う」 自宅暮らしのラブちゃんは、一般的なレトルトカレーさえほとんど食べたことがないらしい。目から鱗の情報をゲットし、ついつい顔が緩む。 スマホにメモを取る俺を国分くんが呆れ顏で見ていた。 「で、バーベキューの肉は……」 「何で僕が参加しないバーベキューの内容を考えないといけないの。でもま、フツーに牛メインでちょこっと豚と魚介類も用意しといたら?」 「鶏は?」 「ええ……?知らないよ。地鶏の炭火焼のパックでも買っていけば?」 知らないと言いながらしっかり考えてくれる。 国分くんは心が広い。 「はぁ。美味しいけど、やっぱり唐揚げの方が好きだなぁ」 フライドチキンを骨にしながらニコニコ笑顔でダメ出しをしている。 ちなみにフライドチキンは情報料代わりだ。 「ほか何か気をつけたほうがいいことはあるか?」 「だから知らないって。本人に聞いたら?」 「……任せると言われてしまったからな。ところで……その……国分くんは……その……ラブちゃんの好みとか……」 「好みって何の?」 「何でも、好きなものとか……」 本当はラブちゃんの『好みのタイプ』を知りたかったけど、さすがにそれは言い出せなかった。 「あ、そういえば、お父さんの影響で戦隊モノが好きみたい。だから親の世代の昔のアニメは観てるけど、逆にイマドキのものとなるとさっぱりわからないって」 「……昔のアニメ」 「ふふっ。昔の忍者アニメが怖くてトラウマになってるから忍者はキライなんだって。暗いところで無言で後ろに立たれるのも苦手みたい」 楽しそうに思い出し笑いをしている国分くんが羨ましくて仕方ない。 明らかに俺よりラブちゃんに詳しい。 けど俺とラブちゃんはまだまだこれからだ。 それにしても……昔のアニメか。 何か参考にできるだろうか。 「ふぅ。日置は本当に伊良部くんの事好きだったんだねぇ」 「それはもちろん」 「伊良部くんのどこが好きなの?」 「主に下半し……。いや、言ったら叱られそうな気がするので控えさせてもらいたい」 「……なんかサイテーな言葉が飛び出した気がするけど、聞かなかったことにするよ」 国分くんが慈愛の微笑みを浮かべている。 そして、フライドチキンを食べ終え手を合わせた。 地蔵にお供え物をした気分だ。 きっとご利益がある。 「……なに拝んでるの」 「ラブちゃんに楽しんでもらえますように。ラブちゃんに楽しんでもらえますように。ラブちゃんに楽しんでもらえますように」 「やめてよ。僕知らないって。あ、そう言えば、伊良部くんタレで下味つけたお肉はあまり好きじゃないみたい。野菜はなんでも食べるしビールがあれば白飯はあってもなくても大丈夫。でも焼きおにぎりもいいよね」 「国分くんっっっ!!」 まるで笠地蔵(かさじぞう)のようだ。 ちょっとフライドチキンを提供しただけなのに、求めた情報以上のリターンとさらに提案まで。 「国分くん、飲み物あいてるみたいだね。追加頼もうか?」 「ん……スパイシーチキン食べたい」 「なんならポテトとかオニオンリングもどう?」 「今日はいいや」 国分くんのくれる情報は身近なのに意外性があって、痒い所に手が届く。 きっと好感度を上げるにはこういうツボをさりげなく押さえることが重要なはずだ。 これでしくじってしまう確率はグンと減ることだろう。 「国分くんはチキン南蛮も好きかな?」 「え?好きだけど……」 よし、このまま情報を引き出して、さらに疑問が発生したら、美味いと評判のチキン南蛮弁当を国分くんに差し入れしよう。 「ラブちゃんがいつもどんな格好で寝てるかとか……」 「知るわけないだろ。夏だしTシャツとかじゃないの。って言うか、それを知ってどうするの。ああ……言うなよ?聞きたくないし」 ものすごく嫌そうな顔をされてしまった。 ラブちゃんの部屋着のキャンプバージョンを何にしたらいいのか参考にしたかったのに。 でも……Tシャツか。 素肌にブカブカTシャツ一枚……お約束だし可愛いらしいこと間違いなしだ。 大きなサイズのTシャツの裾から伸びるラブちゃんの程よく脂肪と筋肉のついた健康的な足。 気にしなくても大丈夫なのに、一生懸命裾を下に引っ張るせいで、逆にお尻がギリギリに。 恥ずかしがって前のめりになれば、後ろ姿が鏡に写り足の間から見えてはいけないトコまでチラチラと。 ふっ……ふぅぅ。 気をつけろ国分くんの前だ。興奮してはいけない。 けどどうしたって鼻息は荒くなる。 落ち着け、素肌にダボTはウチで着てもらって嬉しい姿であって、あえてキャンプでする必要はない。 そうだ。定番すぎるから国分くんも顔をしかめたんだろう。 ありがちな可愛い格好ではなく、もっと夏らしさを重要視した方がいいかもしれない。 これは要検討課題だな。 そして俺はさらに国分くんから色々な情報をもらい、それを参考にキャンプの準備を整えた。 準備に国分くんの意見を取り入れたので安心感はかなり増した。けど、それでもまだ心配はある。 少し頑張りすぎたのだ。 ラブちゃんに快適に過ごしてもらいつつ、俺の心を湧き立たせるためのモノをこのカバンに詰め込んだ。 これらを持っていくか、それともやめておくべきか。 さて、どうする……俺。

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