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日置くんはカマって欲しい?3
日置はキャンプ場に直行するんじゃなく、ドライブがてら眺めのいいコースを選んで車を走らせてるようだ。
昼食のために高原のイタリアンの店に寄った。
壁が二面ガラス張りで、広大な風景を楽しめるようになっている。
山と高原の切れ目には遠く海が見えていて胸が空くようだ。
「ここ、イタリアンだけど、ラーメンも美味しいんだ」
「え、何だそれ。こういう店どうやって見つけるんだ?」
高原なのに海が見えてイタリアンなのにラーメン……。しっちゃかめっちゃかなのにオシャレだ。
「ラブちゃんがラーメンが好きだから、どこかいいところがないか調べたんだ。この時期は冷やしラーメンも良いらしいよ」
「へぇ」
オレのために調べてくれた……ってことか。
何から何まで……ありがたいけど……。
いや、うん。いちいち決め顔がムカつくとか気にしない。
でも、ウザいな。
ちょっと鼻にシワを寄せてしまいそうになるけど、ここは対抗して……。
「ラーメンもパスタもどっちも好きだから迷うなぁ」
ニコニコっ。
ブリっ子笑顔だ。
多分日置にのみ有効。
おお、効果てきめん。
日置の決め顔がデレデレと崩れた。
けれど、店員さんがくればカッコつけてオーダーをしている。
日置にとってはこれで普通なのかもしれないけど、店員さんの笑顔がふわっと和らぐのを目の当たりにしてしまうと、どうにもイケメンに対するヒガミが沸々と。
せめてその表情だけでも崩してやりたくなった。
店員さんが去ったのを見計らって、意味もなく上目遣いでニコニコ、ニコニコ。
日置がぎゅっと目をつむってパタパタと小さく手でテーブルを叩いている。
……これはどういう反応なんだ。
頬杖をついて小首をかしげ、かわい子ぶった笑顔続行。
今度は日置が両手で顔を覆った。
ちょっと気持ち悪いんだけど……その気持ち悪さが可愛い気もする。
ちろっと指の隙間からオレを見る。
グッと顔を寄せてその目を覗き込んだら日置がのけぞった。
「ラブちゃん……食欲が失せるから、やめて」
「はぁっ!? なんだそれ失礼な」
「あ、いや違う……その、ラブちゃんの笑顔だけで胸がいっぱいで食事どころじゃなくなる」
「ええ~。『笑顔をオカズに食事が進みそうだゼ』くらいのこと言えないのか」
「それは……食欲以外が刺激されるからお腹が空くのはオカズをいただいた後になるかも。あ、いや、なんでもない」
そっぽを向いてモゴモゴと何か言っている。
それが気に食わなくて、ぷっと頬を膨らませさらに顔を覗き込んだ。
我ながらあざとすぎて心の中で軽く引いてるけど、日置はニヘラ……とだらしなく頬を緩めた。
なんか、かわい子ぶった表情が以前より自然に出来るようになった気がする。
ああ、自分が怖いよ……。
その後も日置がカッコつけるたびに、オレがかわい子ぶった笑顔で反撃し、日置は条件反射のようにすぐにニヘラと顔を緩めた。
モグラ叩きゲームのようだ。
そしてただ日置をからかっていただけのはずなのに、だんだん二人の間に蜜のようにとろりと甘い空気が漂い始めてしまった。
……まあ、甘い空気で良いんだけどな。だってデートみたいなモンだし。
ただ、ちょっと……。
他の人に見えないからとレジカウンターでそっと腰を抱かれたり、車に戻るまでの短い距離すら身体が触れるほど寄り添われたり、いちいち覗き込むように顔を見られたりするのが恥ずかしい。
「もう、あんま見るなよ」
助手席のドアを閉めると同時に、我慢できずに文句を言った。
「ラブちゃんこそ、そんなツンデレまで……ああ、もう。ちょっと睨んだその目が可愛いっっ」
日置が顔を手で覆って悶えている。
なんだよ、まるでオレが悪いみたいに。
……あ、いや、オレのブリっ子のせいか。
恥ずかしくはあるけど、甘い空気自体が嫌いなわけじゃないんだ。
「人前でイチャつくのは恥ずかしいからヤメろ」
「え……?イチャついたり……いつしたっけ?」
「さっきから、ベタベタ………」
「いや、全然ベタベタしてないよね?」
「じっと見るし」
「いや、結構我慢してるし、気にし過ぎだよ」
………。
これは……日置がベタベタしすぎなのか、オレが気にし過ぎなのか、どっちが本当だ?
いや、騙されるな。
見えていないとはいえ、人前で腰を抱くとかどう考えたってイチャつきすぎだ。
っていうか、今も手を握ってきてるし。
いや、今はいい。
車の中で二人きりだし。
でもなんかズルいなぁ。
人前でベタベタするのが平気な奴って、自分によっぽど自信があるんだなって思う。
……オレからもイチャイチャしたい。いや、そうじゃない。
「とりあえず、近くに人がいるときはベタベタするな」
「そうか。キャンプの間は二人きりだし、ずっと触れ合っていられるね」
前向きすぎる言葉とともにぎゅっぎゅっと手を握られる。
うぐっ……。いつもこんな甘いこと言って女子をメロメロにしてるのか。
このスケコマシがっ……。
毒づきながらもオレはその手をキュキュと握り返してしまっていた。
◇
車はカーブの多い道を緩やかに登っていく。周囲には木々が増え車の窓を開ければ心地いい風が入ってきた。
エアコンの方が涼しいけど、オレは自然の風が好きだ。
程なくキャンプ場に着いた。
日置は戸惑う事なく管理事務所で手続きをして、また車に戻ってきた。
どうやらコテージのそばに車を停められるようだ。
……手慣れてるなぁ。
頼もしい……はずなんだけど、なんだろう、この舌打ちしたくなるような気持ち。
オレはキャンプ場って中学生以来かな。
……別にアウトドア趣味の人間が身近にいなかったってだけだ。決して寂しい青春を送っていたわけじゃないぞ。
けど、オレの小さなモヤモヤは、木々の間を抜けてきた夏の爽やかな風があっさりと吹き飛ばしてくれる。
車から荷物を降ろし、こじんまりとしたログハウス風のコテージに運び込む。
外観からイメージしていたより中は広く、八畳くらいの板張りのワンルームでロフトがある。
キッチンに冷蔵庫もついてるし、炊飯ジャーに、IHコンロ。食器棚に食器まである。狭いけど風呂にシャワーも。
その気になったらすぐにでも暮らせそうだ。
全面板張りの室内だからすごく木の香りがするって以外キャンプ感ゼロだけど、そんなこと気にしちゃいけない。
自分の荷物をとりあえずロフトに放り込んで、日置の持って来た食料なんかの荷解きをする。
「ここ川があるんだよな?」
「上流で釣りができて、車で五分くらい行くけど下流でカヌーもできるよ。でも、すぐそばに河川プールもあるから……」
言いながら日置があのわざわざ取りに戻ったバッグをごそごそとあさった。
「………なに、それ」
いや、見ればわかる。
水着だ。男物の海パン。
「ラブちゃんに似合うかなって思って」
「何でだよ」
すげえ派手なピンクとブルーの花柄の海パン。
ビキニじゃないだけマシかもしれないけど、ピッタリモッコリ股下五センチ……。
「自分で持って来てるからいいよ。こんなのやだ。恥ずかしい」
「絶対似合うから」
「いーやーだっ!だったらお前が穿けよ」
突っぱねるとすごすごと引き下がったけど………。
日置……勝手に用意したピンクの海パン取りにわざわざアパートまで戻ったのかよ。
こいつの考えることは本当にわかんねーな。
「ん。準備出来た。さ、川に行こう!」
オレが着たのは当然自分で持って来た柄とラインの入った紺色の海パン。上にグレーのタンクトップ。いたって普通だ。
まだションボリ顔の日置を見れば、白いパーカとブルーグレーベースにピンクとグリーンのグラデで柄の入ったの海パン。そして、インに見せパンぽくあのピンク花柄……。
「はぁっ!? それズルくないか!? 」
「え……?何が?」
「その花柄、なんだよ!」
「インナーパンツ。ラブちゃんが『お前が穿け』って言うから」
ええ?水着のインナーパンツ?だからあんなピチピチサイズだったのか。
オレの周りにはこんなの穿いてる奴いなかったし、初めて見たよ……。
「なんでオレに穿かせたかったわけ?」
「…………かわいいから。まあ、その……水着を穿く前に……こう、間近で見せて貰えたらなって」
インナーパンツを穿いたとこを間近でガン見……まあ、コイツが好きそうではある。
けど、そのまま鼻先くっつけてスリスリされて、川に行けずにエロエロなんてことになってしまうのが目に見えてるし。
やっぱ穿かなくて正解だ。
けど………なんかオシャレっぽくて、コイツの横に立つのやだなぁ……。
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