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日置くんはカマって欲しい?12/日置くんはマヨチュッチュしてみる
ごそごそという気配で目が覚めた。
……腕の中にラブちゃんがいない。
床に座って視線を巡らせると、小さなカウンターの向こうの簡易なキッチンスペースにラブちゃんの姿があった。
窓の外はもう真っ暗だ。
時計に目をやると九時を過ぎている。
結構寝てしまっていたようだ。
「お?起きた?腹減らね?おおっビール冷えてる~」
小さなカウンターに冷蔵庫から出したビールを並べ、IHコンロに片手鍋を置いて湯を沸かしている。
「ごめん、少し寝すぎた」
「んー?オレも起きたばかりだし。ああっ、これすげー、カレー種類全部違うの?あ、辛口と中辛もある。すげぇっ!日置すげぇな!……あ、米炊かないといけないのか!」
すげぇすげぇと繰り返しながらラブちゃんはレトルトカレーの箱を並べ始めた。
「パックのご飯も用意してる。けど‥…バーベキューは」
「今から火を起こすとか嘘だろ。ああ、王道系とあんま見たことないレトルトカレーどっちがいいかな、迷う!」
すごく気合を入れて準備をしたバーベキューはあっさり却下……。
「カレーは好きなのを選べるように多めに持って来たから両方食べても大丈夫だよ」
「本当!? いや、でも……」
まだ迷っているラブちゃんは、すでにいつものハーフパンツにTシャツ姿だ。
俺も手早く服を着てラブちゃんの元へ行った。
「ちょ……ビールも大手メーカー制覇っ!日置すげぇ!」
ああ、ラブちゃんの賞賛の言葉が心地いい。
どれを買えばがいいかわからず種類が増えただけだけど、結果オーライだ。
「部屋の真ん中にテーブルセットして。パックのチンするメシも初めてなんだよオレ!」
ラブちゃんが超ご機嫌だ。
あらかじめ国分くんにリサーチしていてよかった。
「あ、グラス出したのか?確かにグラスの方がビール旨いけど洗い物増えるしなぁ……」
そう言いながらカシュっと缶を開けて直接一口飲んだ。
「はぁっっ。うまーい」
ああ、やっぱりラブちゃんは一番搾りか。
ゴクゴクと喉を鳴らす姿は無邪気そのものだけど、缶を掴む濡れた手、そして一番搾りというネーミング。
なんとも官能的だ。
今日はラブちゃんのお口に含んでもらってはいないけど、足コキしてもらったからな……その時の『一番搾り』の感動がほんのりと蘇る。
「お前も飲めば?オレはカレー持ってくるから、その間にビールグラスについどいて」
「あ……うん」
「あ、ちょっ!オレの飲みかけ取るなよ!まだいっぱいあるんだから開ければいいだろ?」
ラブちゃんの缶に口をつけようとしたら叱られてしまった。
『ラブちゃんの一番搾り』も飲みたいという不埒な心が透けて見えたんだろうか。
けれど、グラスに注いでしまえばわからないはずだ。
ラブちゃんの一番搾りを二つのグラスに分けて注ぎ、片方に口をつけた。
……はぁぁぁ……沁み渡る。
心が沸きたつ味だ。
「カレーだけでもいいけど、なんか他にねーかな?」
キッチンでラブちゃんが食品を漁っている。
「ああ、ソーセージとサラダならあるよ」
パックのサラダと、バーベキュー用に買っていたソーセージを取り出した。
ソーセージに破裂しないよう切れ目を入れ、水を入れた耐熱容器でチン。
「わ、すげ……。日置やっぱ料理できるんだな」
「え……いや、レンジにかけただけだよ」
料理と言えるものじゃない。
でもさっきからラブちゃんに褒められっぱなしなのが嬉しくてしょうがない。
ほんの数分でできたソーセージ乗せカレーとサラダという簡単な夕食だけど、どんな高級レストランの食事より素敵に思える。
「っはー。腹減った。すぐ食えるしレトルトっていいなぁ」
「味も気に入るといいけど」
「オレのは結構定番のにしてみた。日置のはあんまり見たことないヤツ」
ご機嫌で座ったラブちゃんがスプーンを渡してくれる。
そして受け取った俺の手をキュッと握った。
「こんなに色々用意してくれて準備大変だったよな。ホントありがと」
俺の手ごとスプーンを引き寄せたと思ったら、その丸い膨らみにチュ……とキスをした。
「あ……」
ラブちゃんに喜んでもらい、褒められ、さらに今このスプーンの先にラブちゃんの感謝と愛が宿った!
ほんの一瞬のラブちゃんのスプーンへのキスが頭の中で何度も繰り返し再生される。
これが俺の努力の集大成。
今このラブパワーの宿ったスプーンを天に掲げれば、俺はヒーローに変身できそうな気さえする。
ああああ……頑張って良かった。
ほぼ国分くん情報のおかげだけど、聞きに行こうと思い立った俺の判断が良かったとも言える。
「さ、食おう!あ、そうだ乾杯。お疲れ様~!」
ラブちゃんは照れた顔を誤魔化すように強引に乾杯をして、ゴクゴクとビールを飲んだ。
「いただきますっ!」
ラブちゃんは一口食べると、視線をよこして俺にも食事を促した。
「いただきます」
はぁ……単なるレトルトカレーなのに、このスプーンで食べることによって、ラブちゃんの愛情たっぷりカレーに変わる。
感動だ。
感動しすぎて味なんかさっぱりわからないけど……。
きっと美味しい。
だって愛は最高の調味料なんだから。
「はぁぁぁ……美味しい」
「……あ、美味しいんだ」
「ああ、とても」
カレーを食べるたびにスプーンからラブちゃんの愛情が染み入ってくる。
はぁ……胸が熱い。
「日置、顔が真っ赤になってるな。カレー、どんな味?」
「うん、ラブちゃんの愛情の味がする」
……口も熱い。
というか、燃えるように熱い。
火傷したのか?とりあえずビールで冷やそう。
「……へぇ?すげぇ汗かいてるけど……」
「ああ、感動で身体が熱いんだ」
……胃も熱い……?
「日置、辛いの得意なんだ?」
「いや、普通だと思う。ラブちゃんは?」
「オレは……まあ、スナック菓子の激辛とかは好きだけど、カレーはやっぱ中辛かな」
「そうか。中辛メインで選んでよかった。一応辛口と激辛も用意してたんだけどね」
「へぇ……。日置、ほんと汗がすごいけど……」
「そう?体は暑いけど汗でエアコンの風がすごく涼しく感じるよ」
「へぇ……もう、泣いてるみたいに顔が汗だくだけど」
「え?ラブちゃんが喜んでくれたのがすごく嬉しくて……ちょっと感動しすぎだな、俺」
「また訳のわからないことを……。てか、手が震えてない?」
どうしてだろう。さっきからラブちゃんが俺のことをじーっと見つめてくる。
でも本当に俺は随分と汗をかいてしまっているようで、目に汗が滲みた。
「……あれ?口が……痛い?気がする」
「あー。かなり赤くなってる。でもちょっとセクシーかも」
「えっっ!? ええ……?」
褒められて驚いていたら、突然マヨネーズを手渡された。
あ……あれ?おかしい。
汗だくな上に手が震えてマヨチューブをまともに持てない。
「それひと口吸っとけ」
「え……マヨチュッチュ?それどういうプレイ……?」
「プレイじゃねぇよ。カレーに脳までやられたのか?」
「や、でもチューブごとじゃ滑って持てない」
「スプーンに出せばいいだろ。ほら」
ラブちゃんにマヨチュッチュさせてもらえるのかと思ったけど、そう上手くはいかないようだ。
スプーン山盛りに出されたマヨネーズをそのまま舐める。
なんで……こんなことを。
「あ………か、辛っっっ!」
「えっ、マヨネーズ逆効果?」
「うっっ。いや……痛すぎて味覚が麻痺してたんだと思う。ああっ辛っっっ!本当は今まで口の中が燃えてたんだけど……これは辛かったせいかっ!」
急いで冷凍庫まで行き、震える手で氷を口に含んで冷やした。
ようやく口全体が辛さを認識し始めた。
口の中はヒリヒリするけど、燃えるように熱い状態よりは多分ましなんだろう。
「『18禁カレー』ってあったから……」
「うぁああ……あれ…通販で……」
「それに別のカレーの箱に入ってた25倍激辛ソースを混ぜてみた」
ラブちゃんの『へへっっ』という気まずそうな笑顔に、俺は力なく床にへたり込んだ。
万が一ラブちゃんが激辛好きだった時の保険として購入していたカレーだ。
食べなきゃ友達との家飲みで罰ゲームにでも使えばと思っていたのに。
まさか俺が食べる羽目になるとは……。
これはラブちゃんの愛情に浮かれすぎた俺への罰なのか…………。
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