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日置くんはカマって欲しい?13/日置くんはセクシーリップに変身する

……ああ、胃が熱い。 汗が吹き出る。口が熱い。 半分も食べてないのに、このカレーどうしたらいいんだろう。 食べても辛さすらわからず手が震えてくるって、食べ物というよりもはや危険物だ。 「うぁっっ!痛いっっっ!!日置こんなもんよく食ったな」 危険物カレーを少し口に含んだラブちゃんがマヨチュッチュしている。 ああ、さっきのコスプレ姿だったらもっとマヨチュッチュが似合っただろうな……。 この場にそぐわないことを考えてしまうのは、辛さを少しでも忘れていたいという脳の自己防衛本能に違いない。 しかし、この危険物カレーはもう一口たりとも食える気がしない。 どうしたものか。 俺がドMなら乳首に塗って痛辛カレー責めなどしてもらうのも楽しいかもしれないが、残念ながらそんな趣味は……。 はっ……まともな思考が保てない。18禁カレー恐るべしだ。 「日置、舌磨きすると口の中にくっついてる辛味が取れるから!」 焦ってラブちゃんが俺の手をグイグイ引っ張った。 よろよろとついて行き言われるままに口の中を洗う。 洗面台の鏡の俺は十本ダッシュでもしたような顔をしていた。 舌磨きなんかしたら地獄を見るんじゃないかと思ったけど、そうはならなかった。 口をすすげば一緒に辛味も流れていく。 そんな俺をラブちゃんが心配そうに覗き込んでいた。 「ちょっとしたイタズラのつもりだったんだけど、激辛ソースは余計だったな。ごめん」 ……激辛ソースを追加して危険物にしてしまったことは悪かったと思ってるみたいだけど、激辛カレーを食わせようとしたことは……? 少し引っかかっていたところにラブちゃんの顔が近づいた。 「うわ……さっきは唇が赤くなってるだけだったのに、かなり腫れてきた。……痛い?」 「口の中はかなりおさまったけど、どうしてだか口の端がヒリヒリする」 「ああー。端っこも赤い」 腫れた口をじっくり見られるのは少し情けない。 ちょっと逃げ腰になったところに、さらにラブちゃんの顔が近づいた。 「ん……っ!?」 ラブちゃんに口の端をペロリと舐められた。 「痛い?」 「いや、少しくすぐったくて、痛みが紛れるよ」 「そっか。よかった」 またちょっとだけ伸び上がって、俺の唇の端をペロペロと舐めてくれる。 は……はぁ……ペロペロ……ペロペロ。 ちょっと痛くて、でもくすぐったくて、癒されるのに興奮する。 「ほんとごめんな。口の端はもう一回外側から氷で冷やしといたほうがいいかも」 ああ、気を利かせて氷を取りに行ってしまった。 もうちょっとペロペロして欲しかったのに……。 「カレー部分取り除いたから白飯だけ……食える?」 「ああ、ありがとう」 氷を取ってきてくれて、食事のフォローまで、ラブちゃんが甲斐甲斐しくお世話をしてくれる。 ハァ……なんだか新婚さんみたいだ。 「なにニコニコ見てんだよ。怒ってないの?」 「びっくりしたけど怒ってないよ。こうやってお世話してくれるから嬉しい」 「……変なやつ」 これが他の友達なら容赦ない報復行動に出るところだが、ラブちゃんがこんなに気遣って優しくしてくれるなら、多少のイタズラはむしろウェルカムだ。 「っっ……はぁ……ビールがいつもより刺激的」 「うう……だからごめんって」 責めてるつもりなんかなかったのに、ラブちゃんが謝ってくる。 結構気にしてるみたいだ。 嬉しいけど、あまり引きずられるとこちらが気まずい。 「……あ、そうだ。隣町だけど、灯篭(とうろう)祭りをやってるんだ。見に行かない?」 「へぇ、でも隣町って、飲んでるから車出せないだろ?」 「たくさんの灯篭を並べて町全体を照らすのが名物だそうで、このキャンプ場内に綺麗に見える場所があるらしいよ」 キャンプ場の管理事務所の人から聞いた話だから間違いないはずだ。 「へぇ。行ってみるか」 「じゃあ、準備するね」 俺は居酒屋のバイト経験の全てをつぎ込み、ラブちゃんが戸惑うほどのスピードで食事を片付けた。 ◇ 目的の高台へは森の遊歩道を通って行くことになる。 五分の距離程度だからと懐中電灯は持ってこなかった。 闇の中、目を凝らせば木の葉が微かに明かりを反射し、清浄な空気とジー、リリ……など小さく聞こえる生き物の鳴き声が涼しさを感じさせてくれすごく気持ちがいいんだけど……。 「うう……森の中の歩道ってちょっと……」 少し首をすくめてラブちゃんが俺の袖を掴んでいる。 遠くでどこかの子供達が肝試しをしているようで、それまで闇の中でも全く平気だったラブちゃんが子供の甲高い声を聞いた途端、怯え始めてしまったのだ。 もしかすると子供の頃、肝試しですごく恐ろしい思いでもしたのかもしれない。 意外な弱点発見だ。 そんなラブちゃんと俺は、この日のために俺が勝手に用意した色違いの甚平(じんべい)姿だ。 危険物カレーを食べさせた負い目があるラブちゃんは、俺の機嫌を取るようにあっさりと着替えてくれた。 ラブちゃんは藍色に縦縞のしじら織りの甚平で、肩のつなぎ部分から素肌が覗くのが最高に萌える。 俺はグレーに見える細かいムラの縦縞だ。 「お化け屋敷とか平気な方なんだけど……うう」 何がなんでも『怖い』と口にしないラブちゃんが可愛い。 怖いと言ってしまうと余計に怖くなると思っているようだ。 ちなみに俺はお化け屋敷の方が苦手だ。 あんなの作り物だなんて言う奴もいるが、その『血だらけの人形』が気持ち悪いんだからどうしようもない。 「ちょ、もうちょっと早く歩けよ」 ラブちゃんがグイグイと押してくる。 自分が先に行くのは嫌なようだ。 ……可愛い。 「はぁ……やっぱ、やめればよかった」 「そんなこと言わないで。ほら、もう遊歩道は終わり、森を抜けるよ」 こうやってラブちゃんに頼られていると、たまらなく心が沸き立つ。 高台にレンガを敷き詰めた小さな広場があって、ベンチが三台ほど設置してあった。 少し時間が遅いからだろう。他に見物の人の姿はない。 「ふぁぁぁ……着いた。コテージから五分とか言ってたのに遠くない?十分くらいかかったよな?」 それはラブちゃんが森に入ってから早足になったり、急に立ち止まって動かなくなったりしていたからだ。 目の前には闇に沈む山と山の間に、隣の町の輪郭が灯篭の明かりで美しく浮かび上がっていた。 数多くの灯篭の明かりが作るラインは道路で、明るく囲まれているのは祭りのメイン会場だろうか。 灯篭で町中を照らすために、街灯などは全て消し、各家庭も電気の明かりが漏れないよう協力しているらしい。 けど、ラブちゃんにはまだ幻想的な風景を楽しむ余裕はないようだ。 ラブちゃんがすがりつくようにベンチに座り込んだ。 そして隣に座った俺にグイグイと体を寄せてくる。 甚平が擦れてシャラシャラと音が立つのが涼しげだ。 居酒屋制服も和風だけど、素肌に着る甚平とは全く趣が違う。 袖のつなぎ目のタコ糸編みや胸元の合わせからチラ見えするラブちゃんの生肌、そして何と言っても下が膝丈だ。 これ以上萌える和装はない。 「……?」 なんだ?ラブちゃんが俺の手を掴んで。 え……自分の肩を抱かせた……? 甘えてイチャイチャの催促をされたのかと思ったけど、ホッとした表情をしたのでそうではないらしい。 そんなに怖かったのか。 よしよし。 頭を撫でたらキッと睨まれた。 「これって、もしかしてカレーの仕返しか?」 「え……?いや違うよ。ほら見て綺麗だろ?」 灯篭に照らされた町を指差す。 ラブちゃんはそのまましばらく闇と(あか)りの作り出す、幻想的な世界に見入っていたと思ったら、俺の首にことりと頭を持たれかけてきた。 これは……今度こそ、甘えてきた……のか? あ……やっぱりそうだ。手を握って……。 俺のためにわざと作ってくれるぶりっ子キャラも可愛らしいけど、素のラブちゃんが無条件に俺に甘えてくれるなんて……。 やんわりと抱きしめるとさらにスリスリと顔を擦り付けてきた。 頼られて甘えられて……ああ……幸せだ。 ラブちゃんのアゴにそっと手をやって顔を寄せる。 「灯篭……見ないのか?」 不満げな声を出すくせに、その腕は俺の身体をきゅうっと抱きしめてきた。 「ラブちゃんの目にぼんやり反射してる灯りを楽しむから大丈夫」 ちゅ……チュチュ……。 言葉を言い終わらないうちに、ラブちゃんの唇が優しく俺の唇をついばんだ。

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