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日置くんはカマって欲しい?15

早朝、日の出の頃に日置を連れて森へ行った。 まだ暗く、もやがかかる森は、木や草の香りが強くたっている。 朝っぱらから鳥がチュンチュク、ギャァァと元気すぎるくらいだ。 けど昨夜イチャイチャしながらさらにビール三缶を開けたので日置はまだ眠そうだった。 「ラブちゃん……なんで……ここ?」 「は……?キャンプだし、早朝は森に行くだろ?」 「……そうなんだ?」 あれ……? 違うのか? 「まだ森の中は暗いけど……もう大丈夫?」 「……はぁっ?何がだ」 キッと睨んだら日置が目をそらした。 昨夜のアレは『闇の中、急な鳥の鳴き声とかにいちいちびっくりするのが嫌だな……』なんて思ってたところに、子供の悲鳴と泣き声が聞こえてきたからあんな風になってしまっただけであって、別に暗いところが怖いわけじゃない。 子供の頃、肝試しに行って戻って来ない友達を迎えに行ったら、闇の中すすり泣きや山鳴りは聞こえてくるし、逆にオレが忘れられ置いてかれたりとか、色々あったんだよ。 そんなことはどうでもいい。 「いる?」 「え……何が?」 「はぁ……?カブトに決まってるだろ。いや、クワガタでもいいけど」 「……決まってるんだ?捕まえるの?」 「キャッチアンドリリースだよ。日置、飼いたいの?」 「いや。……ここ、クワガタ」 「おお !?」 何だこいつ。全く興味なさそうな顔しながらスルッと捕まえやがった。 オレは必死で探してもカナブンしか見つけられないっていうのに。 「このクワガタ、いる?」 「いらない。自分で捕まえる」 日置は手に乗っけて少し眺めると、すぐにクワガタをリリースした。 「そういえば、キャンプに来ると必ず早朝出かける奴が一人くらいいた気がするな……」 ぼそりと何か呟きながら、今度はデカくて派手なカミキリムシを捕まえた。 結局三十分くらい探し、日置はそこそこのサイズのクワガタ二匹とメスのカブトとクワガタも数匹。対してオレは小さなメスのカブトしか見つけられなかった。 くっっ。日置め。 昆虫までも取っ替え引っ替え、スルっとゲットしてすぐにポイかよ。 オレに夢中のような素振りを見せても、やっぱり油断ならない男だとこんなところで再確認してしまうとは。 ちょっとむくれているオレを嬉しそうに見てる日置の腹に軽くグーパンチで八つ当たり。 でもそんな八つ当たりも嬉しいようだ。 やっぱり日置はアホだな。 うん。アホだ。 へへっ。 まだ朝も早いし、朝食どうしようかと考えている間にもう日置が動いていた。 「卵食べる?ソーセージは?サラダは?インスタントだけど味噌汁もあるよ」 オレもちょこっと手伝ったけど、あっという間に朝食が整った。 しかもパックのご飯をおにぎりにしてくれて、梅のペーストやのりも付いている。 これが国分くんならオカンみたいだって思うとこだけど、日置だと出来る給仕だ。 バイト先でどうでもいいようなことをちまちま注意されてウザいなって思ってたけど、サービスされる側となるとその細やかさがこんなにも活きるのか。 ……バイトの時、もうちょっと素直に言うこと聞いとこう。 いや、でも最近オレにすっかり甘くなって、あんまダメ出しされないんだよな。 オレがカヌーをしてみたいと言えば、当日予約ができるはずだと予約を入れてくれて、コテージをチェクアウトしてもバーベキュ場は使えるはずだからと管理事務所に確認をしてくれる。 今日も日置は至れり尽くせりだ。 そして交渉上手らしい。 『バーベキューをするんだったらチェックアウトの手続きだけ十時に済ませば昼まで荷物をコテージにおいていてい』なんて、管理事務所の人に言ってもらった。 荷物をまとめて部屋を片付けても、まだ八時半。 早起きは三文の得だな。 そして腹ごなしにと二人散歩をしていたら売店でフリスビーと柔らかいボールを見つけてしまった。 「とりゃっっ!」 芝生広場でフリスビーを投げるけど、うまく飛ばせない。 「ホラッ、取ってこいい!」 しょうがないのでボールを投げて日置が拾ってくる間にフリスビーを投げる練習という、めまぐるしいことになっている。 けれど、日置は見た目通り身体能力が高いらしく、オレが遠投したボールを途中でジャンプしてキャッチしてしまう。 「ああ、もう。違うんだって、投げ返すんじゃなくて持って来いってば」 オレがやりたいのばキャッチボールじゃないんだ。 「日置、ちょっとこっち来て」 オレの側に呼んでから、思いっきりボールを投げた。 「ほら、取って来て。投げ返すんじゃないぞ?ちゃんと持って来るんだぞ?」 軽やかな足取りで日置が走って、ボールを拾うと投げ返すことなく駆け足で持って来る。 「そう!そうだよ日置ぃ〜!」 ああ、嬉しい。日置が『取ってこい』を覚えた。 きちんとボールを取って来た日置の頭をグリグリとなでると、不思議そうな顔で笑っている。 「もう一回!ほら、もう一回!」 こちらを振り返り振り返り、ニコニコ笑って日置がボールを取りに行く。 ああ、ちゃんとまた取ってこれた! 嬉しくなってぎゅうぎゅう抱きしめ、さらに肩にチュッチュとキスを散らす。 「なぁ、フリスビーが三メートルくらいしか飛ばないんだけどどうしたらいいんだろ?」 「ラリーしたいの?」 「いや。オレが投げたのをお前が走ってってチャッチ」 ちょっと首をかしげた日置が空を指差す。 んん? とりあえず斜め上に投げてみたら、それをジャンピングキャッチ。 お……おおお。 思ってたのとは違うけど、ちょっと飛距離も伸びたしこれはこれで。 と思っていたら、たたっと軽く走って十メールくらい離れたところからフリスビーを投げ返して来た。 くっ。嫌味な奴め。 ブンブンと手を振るのでわざと少し離れた位置にボールを投げてみた。 「ほらっっ!取ってこい」 ボールを拾ってそばまで駆けて来たのでフリスビーも投げてみる。 それをまた華麗にジャンピングキャッチ。 あぁぁ、出来る子だなっ日置っっっ! 「日置っ!ほら、もう一回!」 はふっ……楽しい! はしゃいでしばらくそんな風に遊んでいたけど……。 そうか……。 ボールやフリスビーを投げて取ってこさせてって、優雅な遊びだと思ってたけど、投げるのにも体力がいるんだな……。 ああ、日置がフリスビーとボールを持って嬉しそうな顔でオレを見てる。 この視線は褒めろっていう催促か。 ドスンと芝生に座って手を広げる。 「おいで!」 ああ……すり寄って来た! 「わはっ。重いよ日置」 頭をなでながらゴロンと転がると、日置も同じように転がってスリスリしてくる。 空は青いし、芝生は爽やに薫って、太陽はキラキラ……なんか青春まっしぐらって感じだ。 はぁぁ……じゃれあい、楽しい。 登録料も予防接種も餌代もいらないし。 「日置、お前、最高だな!」 「フリスビーではしゃぐラブちゃんもほんとにすごく可愛い。でも後学のためにどこらへんが『最高』なのか教えてくれる?」 「だって、ボール取ってこいって言ったら、一回で覚えてすぐ出来るようになるだろ?」 「え……それは。ありが……とう?」 なんだか納得いってないような顔をしてたけど別に構わない。 その後、川でもボール投げて遊んだ。 日置の身体能力の高さが初めて役に立ったような気がする。 ボールに飛びついて水しぶきをあげる日置の笑顔が眩しい。 流されたボールを頑張って追って掴み『褒めて褒めて』と戻ってくるのが可愛くて、日置の頬の水滴をチュッと吸ったら驚いて、それからへにゃりと笑った。 はぁ……ボール遊びをする日置は無条件に可愛い。 カヌーの予約時間が近づいてきたので車で移動。 初めにレクチャーを受けただけで、オレでも苦労せず乗れた。 はしゃいで調子乗って転覆して、だけどそれも楽しい。 時間いっぱい遊んで、またキャンプ場に戻ってバーベキューして……。 「ハァ…… 楽しいなぁ。帰りたくなくなる」 帰りの運転がある日置に悪いなと思いながら、オレはひと缶だけビールを空けさせてもらった。 「……同じコテージなら今からでも連泊の申し込みできるみたいだけど……」 日置が炭を消火しながら、もごもごと言う。 「もう一泊かぁ……したいなぁ」 「じゃ申し込みしてこようか?」 考えなしのオレの言葉に日置がすごく嬉しそうな笑顔をみせた。 「ん……でも」 「食料ならあるし。まあ、足りなくても車走らせれば買い出しできるよ」 「いや、そんなことじゃなくて……。もったいないだろ?」 「利用料なら……」 「そうじゃなくて、今すごく楽しくて満足してるのに、それ以上欲張っちゃうと……なんていうか、満足しすぎてもう要らなくなる。って言ってもわかんないか。えーっと」 不思議そうな顔をしてる日置の腕に自分の腕をぎゅっと絡めた。 「だから、また一緒に来たいなって思えるくらいが丁度いいんだよ。またいつかアウトドアしに行こうな」 「うん」 日置が驚くほど子供っぽい無邪気な笑顔を浮かべた。 つられてオレもニコニコ笑顔になる。 「はぁぁ……ラブちゃん可愛い……」 またブツブツ言ってるけど、今は絶対お前の方が可愛い。 けど、そんなことは言わないからな。 『また一緒に来たいなって思えるくらいが丁度いい』っていうのは100%本音だけど、プラスの理由もある。 日置の『あの』バッグが開けっ放しになっていた時に、中に水色のものが入っているのが見えたんだ。 あれはどう見てもカツラだった。 下手に連泊なんかしたら、確実にまた撮影会になる。 撮影も『また今度やってもいいかな』と思えるくらいで丁度いい。 二日連続なんて、そういう趣味のないオレには濃すぎる……。 しかも水色の長髪のカツラ。どう考えたってアルプスの少女より凝った衣装のはずだ。 昨夜森の中で『こういうとこで撮影してみたい』なんてちらっと言ってたし。 夜の森で撮影なんかされたら日置のことを嫌いになりそうだ。 鳥の声にビクついてるとことか容赦無く撮りそうだし。 んで、オレのイメージじゃホラーな心霊写真なのに、なぜかエロい写真になってんだ、きっと。 ……まあ『またいつか』なら、撮影に付き合ってやらんでもない。 夜の森はNGだけどな。 日置はやっぱり慣れているようで、バーベキューの片付けの手際もよかった。 オレも楽しく手伝って、あっという間に荷物は車の中に。 「さ、帰ろう。帰りの運転大丈夫か?午前中すげぇ遊んだし、ちょっとどっかで昼寝でもしてから帰る?」 「いや、このくらいなら全然………え、あ……。それって『ご休憩』していくってこと!?」 「んじゃ、まっすぐ帰ろっか」 「ごめん。『ご休憩』出来る場所まではチェックしてなかった。今から調べるから!」 「調べなくていい!休憩で体力使い果たしてどうすんだ」 日置のやつ、どんだけ体力が有り余ってるんだか。 まあ、でも、こんなアホなやり取りも楽しい。 帰りは違うルートを走って帰るようだった。 サングラスをかけてハンドルを握る日置の横顔をじっと見つめる。 行きにちょっとイラっとしたこのサングラス姿もだいぶ見慣れたな……。 オレは今までわざと日置のダメなとこばっか見てた気がする。 けど、今回のキャンプでちょっとだけ素直に日置のいいとこも認められるようになった。 親しくなる前からずっと日置の『俺イケてますアピール』がウザいなって思ってたけど、今回本気で『出来る男アピール』をされ、それまで俺が『イケてますアピール』だと思ってたものが、もしかすると天然モノだったのかもしれないと思い始めた。 日置が本気を見せれば、カッコつけがいちいち鼻につくけど、サービスの満足度も高い。 さらに、カッコつけてるくせに『どう?どう?』とオレの反応を見てくるのがすげぇ可愛い。 うん。 もし今度、国分くんに日置のどこが好きなのか聞かれたら、胸を張って答えよう。 『友達多いだけあって遊び慣れてるし、準備とかすげぇしてくれて超使える』って。 あれ?これじゃオレすげぇ打算的だな。 違う違う。ちゃんと好きなんだけど。 うーん、なんでだ? えーっと、激辛カレー食ってすげぇ必死で耐えてたのとかすげぇ面白かったし、嬉しそうにボール取ってくるとことか可愛かったけど………それはあんま胸張って言っていいことじゃない気がするな……。 うーん。 日置のいいとこって難しい。 「ラブちゃん、ご当地ハンバーガーが食べられるとこがあるんだけど、寄ってく?」 「行く行く!」 まあ、いい。 サービス満点なところも大好きだ。 それにしても帰り道にもちゃんとプランを用意してるなんて、日置すげぇ。 「ラブちゃん、帰り眠くなったら気にせず寝ていいから」 「いや、寝ないって。逆にお前が眠くなったら起こしてやるから」 「ふふっ、そっか、ありがとう」 「うん、車運転してて眠くなったら、タマをキュッと力一杯握れば一発で眼が覚めるんだ」 「………………え?」 「これ、間違いないし絶対目がさめるから任せとけ!」 「いや、いや、いや、俺は寝ないと思うから大丈夫……かな」 なんだよ。そんな不安げな顔しなくても、本当に絶対100%目が覚めるんだって。 「眠そうにしてたらオレがすぐギュギュッと力一杯握ってやるから、安心して運転しろ」 ちゃんと安全に家に帰り着かなきゃ旅行は終わらないんだからな。 けど、この帰り道も、まるでこれから二人でドライブに出かけるみたいな気分だ。 今回のキャンプはほんとすげぇ楽しかった。 夏休みの間にまたどっか一緒に出かけられたらなぁ。 家に帰り着くまでに、日置と次に出かける計画を立てるのも楽しそうだ。 日置が女の子にキャアキャア言われそうな場所は全部却下だけどな。 なぁ、日置。次はどこに行こうか?

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