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[章間]国分くんとガールズトーク
バイト終わりに国分くんとカフェに来ている。
国分くんとオレじゃ、フレンチカントリーのおしゃれなカフェにどうにもそぐわないけど、国分くんがお客さんにオススメしてもらったらしい。
こういう雰囲気のカフェで、夜の十時過ぎまでやってるってすごく珍しいと思う。
そのお客さんはしっかり国分くんの好みを把握しているらしい。
淡いピンクのボウルに紙ナプキンを敷いて、その上に可愛いピックが付いたイカボール。
グリーンの平皿にはレンコンナゲット。
オススメの品は両方揚げ物で、しかもちょっと珍しいメニューだ。
さらに国分くんがオレに占いの話をし始めた。
意外すぎる……。
国分くんの趣味といえば、カラオケとレトロゲームで、こんなガーリーなカフェも占いも、どっちも似合わない。
これは女子の匂いがプンプンとするな。
「そのお客さんがね、ネットでやった僕との相性占いの結果が心情にぴったりだったって教えてくれたんだ。『ほっとできる、心を満たしてもらっている。満足感を与えてもらえる』って嬉しいよねぇ」
国分くんは相変わらず地蔵の笑みだけど、それって……。
「お客さんに口説かれたってこと?」
「えっ!? まさか!確かに可愛い子だけど、そんなじゃないよ」
「いや、絶対そうだよ」
国分くんが『うーん』と考えている。
けど考えるまでもなく、好きでもないただの居酒屋店員との相性占いなんかするわけがない。
「やっぱり違うよ。素直で礼儀正しくていい子だけど、美人で若くてスタイルも良いんだよ?あり得ない」
ふふっと国分くんは笑うけど、結果その子をベタ褒めしだけで否定の根拠は何もない。
それに美人だから自分を好きになる事は無いだろうって思ってしまう気持ちはわかるけど、何で『若い』も否定要素なのかな。居酒屋のお客で若いって、つまり同世代ってことだろ?
「それでさらにね『「頭の良さとシャープな着眼点」に驚かされる』とか『素朴な会話から得られる楽しさに、あなたは「目から鱗が落ちる」思いがするでしょう』って書いてあって、それがその子にとって当たりすぎでびっくりしたって言ってた。もう僕、褒められすぎて恥ずかしくなっちゃったよ」
それは……だから確実にアピールしてるよね。
その子絶対国分くんの事好きだよ。
「でね、それが嬉しかったから伊良部くんと僕とで相性占ってみたんだ。僕が7月4日で伊良部くが11月30日でしょ?そしたら見てよ……」
国分くんがスマホ画面をオレに見せた。
えーっと?
……国分くんはオレと居ると明るい気持ちになって活力を貰える。
お!いいね!
で、オレは……国分くんと居ると活力をどんどん吸い取られるような気分に……。
「えっ、違う違う!オレ国分くんと居ると楽しいよ。癒されるし」
「本当?じゃ、続き見て」
えーっと。
……素直に甘えたり気持ちを話したりすれば、国分さんはとても喜びます。そして、支えになろうと温かい協力をしてくれるはずです。
お……おおお、まさに?
「活力を吸い取られるってとこ以外はぴったりだよ。占って結構面白いかも」
「ふふっ。そうだね。たまにこういう事するとハマっちゃうよね。あ、そうだ、伊良部くんと日置も見てみようか」
「えっ。なんか……怖いな」
ササっと国分くんが入力して占い結果を見せてくれた。
えーっと、オレと日置の相性は……『居心地のいい二人』って、あれ結構良いこと書いてる?
絶対『真逆のタイプ』とか『理解するのが難しい』とかだと思ったのに。
「んー。『お互いにどんなことを考えているのか、どうなりたいのか。具体的に話してみましょう。遠慮をなくすことでお互いの弱みをどんどん克服できます』だって。日置と話し合いとかすることある?」
「うう……恥ずかしいから結果を読みあげないで。話し合いとかは別にない。あんま中身のある話とかしないし」
日置の考えてる事って……エロい写真撮ることしか考えてなさそう。
『どうなりたいのか具体的に』て言われてもなぁ。話しをしてても結果がうやむやだったり、話が変わってたりって事が多い気がする。
「つまり、そこそこ相性良いから、意思の疎通をちゃんとしとこうねってことなのかなぁ。参考にしてみたら?」
「……うん。そうする」
「んん?ちょっと落ち込んでない?やめてよ僕が活力吸い取っちゃったってこと?」
「いや、違う違う!ちゃんと日置と意思疎通しなきゃなって考えてただけ」
「なら良いけど。『素直に甘えて気持ちを話して』くれたら僕はとっても喜んじゃうんだからね」
「ふはっ。ありがとう。んー。国分くん大好き!」
そう言いながら、国分くんにイカボールを差し出した。
国分くんはそれにパクリと食いつく。
「むぐむぐ……それ、日置にも言いなよ」
「えっ……無理」
「えっ、なんで?」
なんでって『日置ありがとう。んー。大好き!』って……。
「無理、無理、無理、無理!」
「ええ~。言いなよ」
「じゃ、じゃあ、国分くんはこの占い教えてくれたお客さんに『ありがとう!大好き!』って言える?」
「え、なんで僕が?でも……うん、言えるよ」
「ええっっ……!?」
「モテそうな子だから、僕が『大好き』とか言っても多分そんなに気にしないと思う。伊良部くんは付き合ってるのに、なんで言えないの?」
いや、いや、がっつりアピールしまくってる子に『大好き』とか……国分くん罪作りすぎる。
「まあ……タイミングがあれば言ってみるよ」
「それがいいよ。好意を伝えれば意思の疎通もスムーズになりそうだし」
「あー。うん」
そうだな。
深く考えず、国分くんみたいにニコニコ笑って、ぶりっ子キャラ作りながら『日置、大好きっっ♡』とかだったら言えるかもな。
◇
国分くんと美味しく食事をしてまったり話して、今は家に帰ってベッドの中だ。
自宅暮らしで幼い頃からずっと同じ部屋だから、日置の部屋と比べると随分と子供っぽい雰囲気だ。
もう寝ようと目を閉じていたけど、国分くんがやってくれた日置との相性占いの結果をもう一度見たくなり、オレはスマホを手に取った。
えーっと……ああ…んんー?
国分くんが見せてくれた占いサイトがみつからない。
占いサイトってこんないっぱいあるのか。
確かあれは誕生日の相性占いだったよな。
まあ、適当に……このサイトにしてみよう。
オレが11月30日で、日置が……えーっと。
あれ?日置の誕生日っていつだ?
ん〜。イメージでは……何月だ?わかんねー。
妹と年子で同学年だって言ってたから四月か五月か……。
あ、妹さんが早産だったら……?うーん、わかんねー。
ううっ。しょうがない。
誕生日は諦めて、ド定番の星座占い。
うん、これなら……オレは……えーっと射手座?
で、日置は……えーっと何座だ?
えーっと、えーっと……あ、誕生日がわかんねー。
ダメだ。
ド定番の占いなのに。
……あれ……?国分んくんなんで占いできたんだろ。
って、まあ、誕生日知ってたからだよな。
……国分くんすら日置の誕生日を知ってるのにオレは……。
あ、姓名判断の相性占いもある。
これなら大丈夫だ。
えーっと、あなたのお名前。
伊良部 昴流
お相手のお名前……うん、日置。
日置……日置……日置……ん?
日置の……名前なんだ?
あれっっっっ?
えーっと、あ、漢字じゃなくてひらがなで占えるのもある。
えーっと、ひおき……。
ひらがなになったって、わかんないモンはわかんないよな……。
ええっと…あ、動物占いとか懐かしい!
オレは……えーっとたぬき?
たぬきで男性の場合は、秩序を重んじて争いを好まない。
合言葉は「ま、いっか!」お世辞はないが自然な人柄が慕われる人。
根拠のない自信がある。
「なんとかなる」という楽天的な人生観。
究極の一品が大好き。
へぇ。動物占いって昔見たはずだけど覚えてなかったな。
で、日置は……。
ああっっ……だから誕生日がわからない……!
はぁ……。
……タロットでもするか……。
えーっと、何がいいかな。
んがっっ!なんだコレ……。
『あの人は今エッチしたいと思ってる?』って、んなもん占えるのかよ!
えーっと、カードは『女帝』?
日置はオレと……エッチしたいと思ってる……ほう……。
ま、まぁそのまんまだよな。
おわっっ!かなり熱烈に愛されてるっぽい。……は、恥ずかしっっ。
すぐにでもあなたに連絡したくなるくらいヤリたい気分って……そんな……タロットでわかるわけないだろ。
つ、次……。
えーっと相性……あ、タロットだったらオレの誕生日だけで二人の関係を占えるのか。
よし。
なになに……。
本当は相手のことを愛しているのに、それをまっすぐに表すことができない遠慮やプライドが一番の敵となっています。
言葉によるトラブルに気を付けてください。
プライドの高いあの人に「裏切られた」と感じさせてしまうと、修復はとても困難なものになります。
優しく、思いやりあふれる言葉遣いを心がけることが、二人の幸せのカギとなるでしょう。
お、おおう……。
国分くーん……また意思疎通の問題が出ちゃったよー。
はぁ……。
うん、もっとちゃんと日置と話そう。
そして気持ちも伝えて……。
……あ……なんだ?
日置からメッセージ。
……カステラもらったけど好きかって?
うん、好き。
あ、違うな……。
『大好き!日置ありがとう』
……おっしゃぁ!
大好きってメッセージを送ってやったぞ。まあカステラのことなんだけど。
でもこの調子でどんどん気持ち伝えていこう。
それにしても『優しくて思いやりあふれる言葉遣い』かぁ。
……はぁ……。オレにはかなり……難しいな。
……あれ、なんだ?
日置から電話。
「日置……どした?」
『ラブちゃん……夜遅くなのにごめん。声、聞きたくなって』
電話越しの日置の声は、蜜を垂らしたようにトロリと甘かった。
「声ならいくらでも……うん」
さっきのタロット占いの結果もあって、日置の甘さにドキドキさせられ、返事をする声が詰まってしまう。
『ほんと、ごめん。メッセージだけ送って電話は我慢するつもりだったんだけど、大好きって返事が……カステラのことだってわかってるのに……嬉しくって。ラブちゃんの声を聞きたくてたまらなくなった』
……バカだな。だからカステラのことだって言ってるだろ?
口から飛び出しそうになった言葉をぐっと飲み込む。
「そっか。うん……大好きだよ。日置、ありがとう」
『っっ………』
息を飲む気配から日置の喜びが伝わってくる。
その反応が嬉しく、また同時に気恥ずかしさもやってきた。
「いっ、一緒にカステラ食べようって誘ってくれたってことだよな?」
『うん、もちろん』
「あ、ありがとう。その、大好き……だから」
優しくて思いやりあふれる言葉遣いは難しい。
でもオレも日置との関係は大切だって思ってるから、こうやってちょっとづつ頑張るしかないよな。
『そっか、そんなに好きなら、今度から毎回用意しておこうか』
「バカ、たまに食べるからいいんだろ。毎回あったらありがたみゼロだ」
『確かに……。ごめん』
しまった…バカはオレだ。すぐにキツい言葉を投げてしまう。
「いや、その、気持ちは嬉しい。す、好き……だし。ありがと……な?」
『はふっ!……カステラ……貰ってよかった。ラブちゃんがいつもに増して優しい!』
……オレは、いつも全然優しくなんかないだろ。
ほんと、オレと日置は全く意思の疎通ができてない。
けど、オレは日置の都合いい解釈ってヤツに随分助けられてるから、なんでもかんでも理解しあえればいいってもんでもないのかもしれない。
とはいえ、やっぱり気持ちは少しでも伝えていった方がいいよな。
……うん。
「日置、明日会うのが楽しみだ」
『本当?嬉しいなカステラのおかげだ』
……カステラがなくても、すごくお前に会いたいよ。
とは、まだ言えない。
「大好きだから……ありがと」
『まるで俺のことを大好きって言ってくれてるみたいだ』
「なんだそれ。じゃぁ、勝手にそう思ってろ」
『……そうだね。うん、うん。ラブちゃん、もう一回言って。そしておまけで電話にキスとか……』
「バカ。誰がするか。っていうか、だったらお前がしろ」
『ラブちゃん、大好きだよ。チュッ……』
なんの抵抗もなく、日置が電話口でキスをする。
自分でしろって言ったんだけど、あまりにもいきなりだったから日置のキスに耳をくすぐられ、ゾクゾクとしてしまう。
……こういうとこ、やっぱ手慣れてるよな。
くそっ、タラシめっ!
ひねくれたことを考えても、胸のドキドキはおさまらない。
オレはまだ、電話越しのキスはできない。
けど……。
日置との通話が切れたばかりのスマホに軽くチュっと口付けた。
「日置、おやすみ。大好きだぞ……………って、そ…そのうち言おう。うん。そのうち」
ダメだ、独り言でも恥ずかしくなって大好きだってはっきり言えない。
意識する前は言えたのになぁ……。
でも、必ず。
近いうちに。
好きだって。
大好きだって、自然で当たり前に言えるようになってやるからな!
[章間-終-]
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