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5章:日置くんはイケている1
バイト終わりに日置のアパートに。
こんな流れがだんだん当たり前になりつつある。
すっかり定位置となったローソファーの右端に座ると、催促したわけでもないのに日置がビールやスナック菓子なんかを用意してくれる。
オレはビールもつまみも気分で変えたい方だけど、日置はこれと決めたらずーっと同じらしく、スナック菓子も基本の三種類がずーっとローテ。
そこに貰い物のお菓子とか、オレが買ってきたつまみが加わる感じだ。
日置の中でオレのフェイバリットスナックはポテチのうすしおらしい。
本当はポテチなら何味でも好きなんだけどな。
ポテチをつまんで指舐めながら日置をチラッと見た。
最近気づいたんだけど指を舐めると日置はちょっと嬉しそうな顔をする。今日もやっぱり嬉しそうだ。
グラビアみたいな、指舐めウッフン萌キュンなイメージを膨らませてるんだろう。
でも、目の前に居るのはオレだぞ?
爺さんの真似してお年玉でもらった三千円を指を舐め舐め数える小学生の方がイメージが近いんじゃないかと思う。
「あれ……?この時計遅れてない?」
「あ、電池替えないとね」
おしゃれな壁掛け時計を日置が片手でさっと外して電池を取りに行った。
やっぱ、こいつマメだなぁ。
オレだったら気づいてもしばらく放置だ。
事あるごとにオレと日置はタイプが違うなと実感する。
これで日置のきっちりしてるトコをオレにまで強要されたら付き合ってられないなと思うけど、オレに細かい事を指示してくるのはバイトの時だけなので助かっている。
日置が寝室に行っている間に、テーブルに置いてあったスマホが鳴り出した。
何の気なしに画面を覗くと『サクゾウ』と文字が出てる。
サクゾウ…渋いな。
「日置、鳴ってる」
「ああ、ありがとう……あ…」
戻って来た日置が画面の名前を見て一瞬顔をしかめる。
日置が出ると、電話口からかなり大きな声が漏れて来た。
さらに顔をしかめると、オレにちょっと手を上げてから通話のために寝室に引っ込んだ。
………日置の野郎……。
オレに聞かれちゃまずいって事か?
漏れ聞こえた元気すぎる『サクゾウ』の声は、間違いなく若い女だった。
噂では聞いた事あったけど本当にいるんだな、女を男の名前で登録する奴って。
くぅうううう。
なんで男の名前で登録しなきゃいけないんだっての!
漏れ聞こえる寝室の日置の声は強めで、ちょっともめているようだった。
おいおい、トラブルとかマジでやめてくれよ。
通話が終わった日置は小さくため息をつながらリビングに戻ってきた。
「日置、今の電話の女の子ずいぶん興奮してたみたいだけど大丈夫?」
「聞こえてちゃった?妹だよ。声がデカくてごめんね」
『妹だよ』ってベタだな。
日置サクゾウとか親の名付けセンス渋すぎだろ。
「なんかトラブった?」
「いや、別に。ラブちゃん、今日……その……どうする?」
「は……?それって、早く帰れって言ってる?」
「いや、いや、いや、違う!逆、いくらでもゆっくりして。いっそ泊まってくれてもいいし」
……これは……。
もしかして、オレが帰ったら女が乗り込んで来ちゃう感じ?
「お前、その子に何したの」
「え、いや、飲んでるらしいんだけど、ここに泊まれるか聞いてきて、でもラブちゃんがいるのに妹に来られたんじゃ…ちょっと…」
「本当に妹なら、普通に紹介すればいいだろ」
「今日はちょっと……」
「なんで?」
「だって…妹が泊まることになったら、ラブちゃんが帰っちゃうだろ?」
情けない顔で言われ、ついほだされそうになったけど……。
「お前、オレを妹に会わせたくないだけだろ?」
「いや、そんなことは…。その、そんなに似てないからね」
「は?」
「前に妹と似てるのかって聞いただろ?けど、子供の頃ほどは似てないから」
………。
これは、妹じゃない女の子を妹だと言い張って、似てないじゃないかと指摘された時のための伏線?
「妹に会わせたくないわけじゃないなら呼べよ」
「嫌だ。ラブちゃんに帰って欲しくない」
「終電後まで飲んでここに来るつもりなら、日付変わってからじゃないの」
「あ……そうか。いや、でも。ラブちゃん泊まらない?」
本当に妹なのか、それともトラブった女の子なのか。
もし本当に妹さんだったとしたら、まだ終電にはかなり余裕がある。
オレが帰った後に女の子が来るかもって考えたら……かなりイヤだ。それが何かのトラブルで解決の為に話すだけだったとしても。
「じゃ……泊まろうかな」
「本当に?」
日置もオレと一緒に居たがってるし、後で終電乗り過ごしたって妹さんから連絡があったら、その時は帰ればいいよな。
「ん。そうする」
日置の顔がニコニコになった。
「良かった。泊まるかどうか決まったら返事よこせって言われてたんだ」
日置がサッとメッセージを打って送った。
するとすぐに返事が来た。
そのメッセージとオレをチラチラと見比べている。
「なに?」
「何故か信じてくれない……」
「は?どういうこと?」
「その、写真送って本当に居るって伝えたいんだけどいいかな?」
「え……いいけど」
なんか思ったよりトラブルの根が深くないか?
「じゃ、じゃ、これ!」
パッと小走りで取ってきたのは、やたらと日置がオレに着せたがるフワモコルームウェア。
「……なんでコレ?」
「えーっと……ああ、そうだ、リラックスしてる感じが伝われば、帰らせるの悪いなって思うだろ?」
明らかに取って付けたような理由だけど、一理あるので素直にパーカーに袖を通した。
でも……。
「おい、写メするのになんでデジタル一眼が登場するんだ」
「え…その、画質が良い方がリアルかなって」
「んなわけないだろ。嘘くさくなるって」
「ダメ?」
「ダメに決まってんだろ」
日置が渋々といった様子でスマホを手に取った。
「じゃ、背もたれに寄りかかって……あ、一回パーカーのフードかぶって、半分脱いでくれないかな?」
「なんで?」
「………………絶対可愛いから」
「いや、可愛いさ要らないだろ」
「う……せっかく撮るんだから可愛い方が……あ、そうだ、ちょっと髪が乱れて、寝起きっぽく見えるかも!よりリラックス感が出るだろ?」
日置の撮影目的がかなりズレてる気がする。
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