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日置くんはイケている3
「ま、そこまで言うなら仕方ないな。一緒に撮ってやるよ」
「本当に!? じゃ、コレも!」
え……パーカーとお揃いのパイル地のショートパンツ。
最近見てなかったのにまさかのここで登場?
日置がスマホを構えてオレの目を見つめ、キリリと男らしい表情を見せた。
「これを選んでいる時から、いつかこれを着たラブちゃんの写真を撮りたいって……夢だったんだ」
そうか、それがお前の夢なのか。
……小さい夢だな。
オレは日置の手からそのショートパンツを受け取った。
「日置……。お前の夢、いつか叶うといいな」
そして思いっきりぶん投げる。
あまり飛ばなかったけど、寝室の入り口に落ち、リビングから排除することには成功した。
「おし、隣に座れ。んで、イチャイチャ感出したいなら、お前が脱げ」
「え、俺が?」
「おう、なんかあったらこの写真使ってお前のこと脅してやる」
「え………」
オレの軽口に日置が目を丸くする。
「何本気にしてんだ。冗談だから、そんなドン引きするなよ。なんかあってもそんなことしないって!!」
そもそも日置のスマホで撮るんだしな。
「…つまり……ラブちゃんが脅しに使えるレベルの写真を撮っていいってこと?」
「は?」
「上半身裸でゴロゴロしてる程度なら友達同士でも撮ることあるし、そ、その、ラブちゃんをお膝に抱っことかして……後ろからぎゅっと……とか。あ、いや、向かい合って抱っこして首に腕かけてもらったり……。キ、キス写真とかっっっっ」
日置が異様に興奮している。
鼻息が荒い。
目が怖い………。
「やっぱ、写真やめよっか」
「なんでっっ!?」
「そんな興奮しまくりで撮ったらオレが襲われてるみたいな写真になりそう」
「…………」
あ、あああ……日置の絶望感がすごい。
「『脅しに使える』とか、そんな前提がそもそも縁起悪いし、普通に撮ろう。普通にな。うん。オレ、日置とずっと仲良くしてたいし」
日置の頬がピクピクと震え、ふにゅんと口角が上がっていった。
「そうか、うん。うん。『ずっと仲良く』ってはぁぁ……」
「よし、じゃ、撮る?」
「ラブちゃん……」
なぜかスマホを握りしめたまま日置が抱きついてくる。
「どした、撮らないのか?」
「撮りたいけど……はぁぁ…ラブちゃん……ラブちゃん!!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、ちょっと痛い。
「え…?え??どした??」
「俺、今すごい幸せ」
顔を覗き込むと少し泣きそうな表情で笑っていた。
感動するようなことなんか何も言ってないよな?
日置の上がり下がりが激しすぎて全く頭が追いつかない。
頬を撫でると甘えるように擦り付けてくる。
「んー?本当にどうしたんだよ」
「『ずっと仲良くって』って……。その…俺には……なんとなくだけど、ラブちゃんがいつ別れても大丈夫なように心算 してるように見えてて……。でも『ずっと』って言ってくれたから」
「……何言ってんだよ。そんなことくらいで。ずっと仲良くしたいって思うのは当たり前だろ。さ、写真撮ろ」
「当たり前……そっか」
さらに嬉しそうに笑顔を深めた日置の目が一気に潤んだ。
「こら、泣くなよ泣き顔で写っていいのか?」
「…泣いてない。けど……写真には泣いてるみたいに写っちゃうかな」
オレの肩に涙を吸わせている。
「ごめん、ラブちゃん、写真……もうちょっと後で撮っていい?」
「ん、わかった」
二人してソファに転がって、日置をぎゅっと抱きしめる。
日置曰く、水分が出ているだけで泣いていないらしい目の潤みが治まるまでそうやってじゃれ合った。
けど、それはオレの動揺を治めるためでもある。
オレがいつ別れても大丈夫なように心算 してるように見えたっていう日置の言葉は当たりだ。
そもそも日置と付き合うって決めるのにもかなり勇気がいった。
好きになってやるとか、オレ以外好きになるの禁止とか強気なこと言ってたって、そんなの全部いつ飽きて捨てられるかって不安の裏返しだ。
だからいつ日置が別れたいって言い出しても大丈夫なように、心の準備だけは常にしている。
……なのに、たかだか『ずっと仲良く』って言ったくらいであんなに感動されてしまうと……。
はぁ…もう。日置のばか。
何があっても手放したくなくなるだろ。
オレの腕の中にある日置の温もりや重みがとても大切なものに思えて、なぜか今までよりずっと近く感じる。
日置を受け入れながらも、さりげなく作っていた心の中の薄っぺらな防波堤を、まるでチョコレートを温めたみたいにトロリと溶かし壊されてしまった。
……困った。
こんなに無防備にオレの心に入り込まれたら、日置に女の影がちらついただけでこれまで以上に嫉妬深くなってしまいそうだ。
くそっ。日置め。なんでモテ男なんだ。
妬かない、妬かない。
仲良く、仲良く。
疑わしきは厳重注意。
他の奴に手を出した証拠が出るまで、本気の嫉妬はしない。
よし。
「日置、このままソファでじゃれてる写真撮ろう」
「あ、そうだね」
スマホ画面には、狭いソファに寝転びくっつきあって笑うオレたち。
楽しそうで、幸せそうで、すごくいい写真だ。
日置はその写真を見てさらに嬉しそうに笑ってる。
オレはその写真と日置を見て、ちょっと泣きそうになってしまった。
ダメだ幸せ気分になると、日置は涙ぐみやすい。なのにオレまで涙ぐみ始めたら、わけがわからなくなる。
それより日置の涙腺が水漏れする回数を増やしてやりたい。
目の下が涙焼けすれば、少しブサイクになってモテなくなるかもしれないし。
「あ、ラブちゃんのスマホでも撮ろうか」
「は?なんでだよ。いらねーよ」
「やっぱり……俺の顔……」
ああ、日置がブルーになってる。
写真より日置から送られてくる何気ないメッセージの方が嬉しいんだけどな。
しょうがないのでオレのスマホでもツーショットを撮った。
異様にキメキメな日置にちょっとイラっとする。
通常より1.5倍くらいイケメンに写ってるから顔面偏差値の差がデケェよ……。
やっぱりカッコいい日置は……ちょっとだけキライかもしれない。
もうしばらくは、日置の写真見たくないなぁ……。
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