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日置くんはイケている8

「あれ、ここの店員さんだったんですか」 居酒屋で忙しさのピークが終わり少しゆっくりとして来たときだった。 声をかけてきたのは、昨日、日置のアパートの駐車場ですれ違った女の子だ。 案内された席に着いてすぐに、近くで食器を下げているオレに気づいたらしい。 こんな若い子なのに一人で居酒屋に来るなんてすごいな。 「あ…昨日、すいません、見覚えがあったもんだからつい会釈しちゃって。気持ち悪かったですよね」 「いえ、私も見覚えあるけど誰だろうって。こちらこそ失礼しました」 派手な容貌だけど、きちんとした子のようだ。 よく見ると服装はシンプルで、化粧もまつげだけはバチバチだけど他はそこまで激しくない。 けど、そのシンプルさが逆に彼女の色気を引き立たせていた。 案内して来たスタッフの女の子にメニューも見ずに烏龍茶とサラダとだし巻き卵と鳥軟骨を頼んだ。 しっかりロープライスなものばかり。やっぱり何度もこの居酒屋に来てくれてるみたいだった。 「あの、もしかして、昨日アレに会いに来てたんですか?」 「え?」 移動しようとした途端、再び声をかけられて驚いた。 けどあのアパートにいた子がオレとの共通の知人として名を出してるんだから、思い当たる人物は一人しかいない。 「あ、その、ここでバイトしてる……」 「日置と知り合いですか?えーっと、今いるから呼びましょうか?」 「ええっ!? いらないいらない!……あっ、すみません。むしろ内緒にしていてもらえると嬉しいです」 ん?なんか急に感じが……。 「ごめんなさい。あなたみたいなタイプの人が、アパートに遊びにくるくらい親しいっていうのが少し意外で」 『あなたみたいなタイプの人』って、それどういう意味だよ。 それにさっきの『ええっ!?』って声……どっかで……。 どっかで……。 「あぁっっ!!もしかして『サクゾウ』?」 「えっ!? サクゾウって……」 「はっ!いや、すみません。その……失礼します」 オレは食器を手に急いで厨房へ逃げ戻った。 はぁ、やらかした。つい声に出してしまった。 あの子が例え日置と通話していた『サクゾウ』だとしても、そんな名前で登録されていることを知らないかもしれないのに。 「慌ててどうしたの伊良部くん」 不思議そうな顔で国分くんに尋ねられた。 「そこの奥の席のお客さん……時々来てるみたいなんだけど……」 「ああ、あの子?すごく感じのいい子だよね」 「え、国分くん知ってるの?」 「うん。忙しくない時間帯だと向こうから雑談をしてくれるよ。礼儀正しくて明るくて素敵な子だ」 「え……そうなんだ?オレ一人席担当することあんまないからな……」 まさか国分くんがあんな派手な子と仲良しになってるとは。 しかも国分くんが彼女に対してこんなに好意的だと、日置のアパートにいたのがあの子だって言いづらい。 「……何、もしかして彼女も日置がらみで何かあるの?」 まずい。国分くんの中では『オレが女の子を気にする=日置がらみ』という図式が出来上がってるらしい。 「え、いや、違う違う。あの子よく来てくれてるみたいなのに、知らなかったから失礼をしちゃったなーって」 「へぇ、伊良部くんが彼女に失礼を?絶対嘘だ。……あんないい子が日置とゴタついてるの?」 いつもにこやかな国分くんがしかめ面だ。 「日置とゴタついてって…国分くんの中でどんな想像になってる?」 「どうせ日置が思わせぶりなことしたんじゃないの?彼女最近よく店に来てるし」 最近よく来てるのに日置に内緒にしてほしいって……彼女まさかストーカー化しかかってるんじゃ……。 いや、日置は『サクゾウ』を妹だって言ってた。 でも妹が内緒で兄のバイト先に何度も食事にくる……とか、変だよな。 本当に日置の妹なら、そのことを店員のみんなが知ってそうな気もする。何度も話してる国分くんも彼女が日置と知り合いだとは思ってなかったみたいだし。 それにセクシーであの迫力だから、妹って単語が似合わなすぎるんだよなぁ。 背が高くて、日置と並んだら間違いなくお似合いで、かなり目立ちそうだ。 日置がいろんな女の子といるところを見たけど、一番しっくりくるんじゃないかな。 はぁ。 似合ってるからなんだって言うんだ。 考えてもしょうがない。 通路の向こうにオーダーを通しにきた日置の姿がチラッと見えた。 確認したいことがまた増えてしまった。 今日はオレがバイトに入った時に日置はすでに開店準備をしてたから、挨拶程度しか話をしていない。 その挨拶も少しよそよそしかったような……。 いや、働いてる最中ならそんなもの……いや、やっぱり……いや、気のせいかな。 昨日まではできれば日置と話すのを避けたい心境だったのに、今は話したくてしょうがない。 ちょっとオレがやらかしてしまったたけれど、きちんと説明すれば日置はオレを信じてくれるはず。 と言っても、あの時の記憶は曖昧だけど。 近付いてくるエンコくんの白い顔、小鳥のようなかわい子ぶった声、ニイっと細まる目、楽しそうな笑み。 そんな断片的な記憶と、体の熱も覚えているけど、たぎるような感覚はなかった……と思う。 女みたいな顔してるとはいえ、男だしな。 オレがよく知らない相手に、会っていきなりその気になるとは思えない。 それにエンコくんはオレのことちょっとバカにしてたから、日置への当てつけのためだけに、そこまで体張ったりはしないだろう。 簡単に連れ込まれてしまったオレの迂闊さは問題だけど、エンコくんとの間には何も……多分ない。 だからオレと日置の間にも、何も問題はない……はずだ。 撮られた写真がどんななのかってのが問題だけど、ちょっとデキてる風に見える写真だとしても、そんなの捏造だ。……多分。 日置と話したい。 それに……二人きりになりたい。 ………本当に何も問題ないんだって確認したい。 ◇ バイトが終わり日置と一緒に帰ろうと思ってたのに、あいつは終業前からずっと店長と話し込んでてスタッフルームに戻ってこない。 しばらく待っていたけど、落ち着かなくて外に出た。 人通りの少ない秋の夜道を、日置が来るのを待つためにゆっくりゆっくりと歩く。 まだ息が白むほどではない。けど上気した頬に寒さがチリチリと刺さる。 かなりゆっくり歩いたけど、いつも日置と別れる交差点まで来てしまった。 振り返って今来た道に目を凝らす。 街灯の下にポツリポツリと歩いている人はいるけど、見慣れた日置の姿はなかった。 なんだか悲しくなって、日置が来るはずの方向に背を向け、建物の隙間に覗く星空を眺めた。

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