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日置くんはイケている9
寒い季節は空気が澄んでいるとはいえ、街中じゃそこまで星が綺麗に見えるわけじない。けど、夜空を見上げるだけでちょっと心が落ち着く。
ここの夜空はいつもこんなもんだ。いつも通り、平凡で、普通。
うん、普通っていいことだ。
オレは『普通』ってやつを目指してる。
なぜだか小さい頃はひねくれ者だとか変わり者だとかよく言われてた。
自分じゃ別にそんなに変わってるとは思わないし、実際そこまでひねくれてないと思う。
けどどうやら言葉に小さなトゲがあるらしく、目立つやつらには生意気だと言われ、気弱な友達にはなんでそんなこと言うのとなじられた。
言葉が悪い方に解釈され、オレの真意は伝わらない。
今でもよくあることだけど、小学生の頃は余計にひどかった。
自分じゃ何が悪いのかわかってないから、オレからしたら言いがかりとしか思えないような批判を浴びたり、ハブられたり、じめられたりなんてこともよくあった。
オレは地味だから、いつもみんなハブってたりいじめてたことをすぐ忘れて、元どおりになる。
けどオレはハブられたことを忘れてないし、誤解された内容にも納得もいってないままだ。
もちろん、周りのみんながそんな奴ばかりじゃない。
なんだかんだと面倒なことが続けば、オレだって人間関係を狭めてトラブルを避けるくらいの知恵はつく。
とにかく何でも馬鹿正直に真っ正面からぶつかればいいってわけじゃない。
中学校を卒業する頃には『普通』を目指し、不用意に目立たず、口をつぐむってことを覚えてた。
あのまま『面倒が起きそうになったら逃げる』ということを覚えなきゃ、心に入った小さなビビがどんどん大きくなってひどく歪んでしまってたことは間違いない。
だからずっと目立つやつらは苦手だった。
子供の頃は特にだ。出る杭は打たれるとばかりに人を打ち付けておきながら、自分たちは出まくってる。
オレを生意気だと言うあいつらの方がよっぽど生意気だ。
けど、触らぬ神に祟りなし。極力関わりたくないし、トラブルの芽があればオレはドライに距離を取る。
人の悪意に過敏なやつも苦手だ。
些細なことに反応して、オレの言葉にありもしない悪意を作り出す。
例え相手を思っての言葉でも、褒めても、ちょっとした冗談を言っても、気づけばオレは悪者で、あいつらは被害者。
もちろん余計な事を言わなきゃいいってことはわかってる。
だから気をつけてはいるけど、何に悪意を感じるのか予想するのは難しい。
結局オレは言葉を奪われ、気持ちを捻じ曲げて受け取られる。
そんなオレにとって、何言ったって笑ってくれる友達っていうのは本当に貴重だ。
国分くんといるとホッとする。
オレの言いたい事をそのまま受け止めてくれて言葉の枝葉は気にしない。
国分くんはオレのことを優しいと言うけど、それは国分くんが他人の優しさばかりを拾い上げるからだろう。
うっかり意地の悪いことを言ってしまっても、国分くんの解釈はいつも優しい。
優しいからこそ、たまに吐く毒が面白い。
そして国分くんの口から出る言葉は、しばしばオレに優しさの見つけ方を教えてくれる。
日置に対しては最初っから苦手意識を持ってた。
周りに人が集まり、グループを形成してそこにいるだけで無意識に他者を威圧する。
しかも日置はその中心で、関わりたくない奴代表だった。
なのに、今じゃすっかり日置に対するイメージが変わってしまった。
マメで面倒みがよく、何か頼まれたり誘われたりしても断らない。
偉そうな態度だからリーダー的に見えるけど、実際は友達にいいように利用されてることが多い。
そして利用されてもせいぜいちょっと文句を言うくらいで大して気にしない。
日置もオレの言葉のキツさや欠点に気付いていると思う。
たまに叱られた犬みたいな顔して見つめてくるからな。
けど、叱られたことを忘れるスピードは犬以上だ。
気分の上がり下がりが激しいから、びっくりするくらい一瞬でご機嫌になったりする。
そして、オレの欠点をいやがりもせず、そういう奴なんだと、そのまま受け入れてくれている気がする。
だからオレは、そんな日置の『好き』って言葉に弱いんだ。
日置の言葉はどんなオレだって好きだって思ってくれているように感じる。
なのにオレはまだ、日置の言葉を素直に受け入れられず、いちいち疑ってしまう。
いや、日置を疑ってるんじゃない。
自分がこんなに日置に好かれるはずないって思ってるんだ。
だから『オレの全てを好きだって言ってるけど、他にも同じくらい好きな奴がいるんじゃないか』とか『好きだって言ってるのは嘘じゃないけど、男だしやっぱり体は常に女の子がいないとダメなんじゃないか』とか、オレが日置を独占できなくてもしょうがないと思える理由をいつも探してしまう。
はぁ……。
日置……まだかな。
今、すごく日置に会いたい。
不安はある。
多分、変な写真を撮られてしまってるはずだし。
けど、きちんと話せばオレの失敗もその反省もきちんと受け止めてくれるんじゃないかって期待している。
あんな写真なんか……オレのちょっとした失敗なんか、オレたちの関係に何のトラブルにもならない………はずだ。
なんとなく居酒屋の方向を見るのが嫌で背を向けてしまっている。
とはいえ、日置が通ればすぐにわかる。……けど、遅い。
もしかして見落とした?
そんなはずないよな。
どこかに立ち寄ってる?
……その可能性はある。
電話……かけよう。
通り過ぎてないか確認したいっていうのもあるけど、何より声を聞きたい。
コール音が聞こえる。
二回…三回…やっぱ、やめようかな…。
四回……五回目が鳴り終らずに日置が出た。
『ラブちゃん、どうしたの?』
「ひおきぃ……日置…今どこ?」
普通に名前を呼んだつもりだったのに……。
『えっ!? 何かあった?どうしたの?ラブちゃん今どこ!?』
まるで泣いているような弱々しいオレの声に日置が慌てている。
「交差点……に、いる」
心配してくれている日置の声が嬉しくて、余計に声が震えた。
『交差点?どこの………』
タンッタンッと足音がするのに気づいた。
そしてサッと影が走り抜けた。
その影はすぐに立ち止まりオレを振り返る。
「ラブちゃん!どうしたんだ、こんなとこで!」
「待ってた。日置が来るの」
「え…泣いてる?涙は出て……ないけど、泣いてるみたいだ」
日置はオロオロしながら、オレの手をギュッと握った。
「別に何でもない。日置に会いたかっただけ」
「会いたいって言ってくれるのは嬉しいけど、何でもないわけないだろ?誰かに何かされ……」
言いかけて日置がハタと止まった。
一瞬握る手に力がこもる。
そしてオレの顔をちょっと覗き込むと、軽く手を引いて歩き出した。
どこ行くんだ?
聞きたかったけど、声が出なかった。
さっき覗き込んだ日置の顔が少し強張り、まるで怒っているみたいに見えたから。
「ラブちゃん……違ったらごめん。もしかしてあの写真が原因?」
「あの写真……」
「うん。エンジェルコードの……その…見たくなかったけど見てしまったんだ」
……ああ、やっぱり日置は知ってた。
オレが酔っ払ってアイツの家に連れ込まれたこと。
いや、写真じゃ酔っ払ってたとか、そんなことはわからないかもしれない。
けど、日置は知っててオレにその事を黙ってた。
これは……どっちだ?
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