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日置くんはイケている10

「正直ショックだ。ラブちゃんのあんな写真を見て。けどアレを撮った経緯を知りたい」 意外にも日置は冷静だった。 いや、オレがこんなだから冷静になるしかないのかもしれない。 「経緯……は、ごめん。酔っててよく覚えてないんだ。気づいたらアイツの部屋にいて……その……服脱がされて……」 「それで?」 「何もないから!はっきり覚えてないけど、でも何もないから!」 「『何もない』って……でも写真撮られてるだろ?どうしてあんな事に?」 「覚えてないんだって。写真だって見てなくて。でもオレからは何もしてないはずだ。ただなんか言われるまま…その……」 日置の顔が怖い。 無表情に近いけど、怒りが滲んでいる。 こんな表情を向けられたのは初めてだ。 「……そんな顔…するなよ。よく覚えてないけど、お前が疑うような事は…多分ない」 「疑うって……疑う余地はないだろう。写真があるんだし」 「そんな……」 「ひとつだけ確認させて。あの写真撮ってる時、楽しかった?」 「え……?だから覚えてないんだって。でも、楽しいとかそんなことは思わなかった…気がする」 「……わかった。エンジェルコードにはネットにアップしてる写真を削除するようクレーム入れたけど、俺には関係ないって取り合ってもらえなかった。ラブちゃんから削除するよう言った方がいい」 「……そんなひどい写真なのか?」 日置は眉根をキュッと寄せて夜道を睨んだ。 あの時ソファに座って、服脱いで、強い光がしたから写真を取られたんだってわかったけど、どんな風に取られてるのかまでは想像がつかない。 「俺……やっぱり嫌だ。このままじゃ納得いかない」 「え…ちょ……」 手を掴んだ日置がズンズンと早足になった。 そのスピードに軽く息が上がる。 「日置…オレのこと怒ってる……よな?」 「いや。これは俺に対する挑発だ。ラブちゃんを巻き込んで……ごめん」 なぜか日置に謝られてしまった。 「いや、オレが無防備すぎた。その…心配かけて、ごめんな」 申し訳なさと日置の優しさで胸がギュッとなる。 「ラブちゃんが流されやすくて、しつこく頼みこまれればうっかり何でもやっちゃうってことはわかってる。それもラブちゃんの魅力だと思うし……ただ、俺以外の奴にはもう少し警戒してくれると嬉しい」 「いや、酔ってたからであって普段はもう少しちゃんとしてるぞ」 「うん。素面(しらふ)の時はほんの少しだけマシだよね」 「……」 うっかり何でもやっちゃうとか、ほんの少しだけマシだとかなんかちょいちょい引っかかるな。 けど実際変な写真を撮られているみたいだし、文句を言える立場じゃない。 そのまま日置のアパートに連れて行かれ、いつものローソファに座って少し待っていて欲しいと言われた。 オレは少し頭をスッキリさせたくて、顔でも洗おうと洗面所に行った。 けど……全くスッキリしない。 見覚えのない洗顔料に化粧水。そしてゴミ箱には長い髪の毛。 あからさますぎる女の痕跡。 「日置、この洗顔料お前のじゃないよな……」 「ああ、気にせず使って」 リビングから日置の声が返って来る。 いや、気にするだろう。 高級そうだ。 いや、いや、ポイントはそこじゃない。 けど結局使ってしまった。 びっくりするくらいもっちりした泡が立って、すげぇいい香りもしてちょっと癒されるじゃないか。 日置が言った『流されやすい』っていうのが、こういうとこにも出ているのかもしれない。 とはいえ香りで癒されたくらいで誤魔化されたりはしない。 オレは不機嫌顔でリビングに戻った。 日置はなぜかテーブルをどけてスペースを作っているようだった。 「日置……あれ、誰の?」 「妹の。今週ずっと泊まりに来てるって言ったよね」 振り向きもせずに答える。 「……聞いてない。家で会えないとは聞いたけど理由は知らない」 「あれ?そうだっけ?……え…ラブちゃん。なんでまたそんな泣きそうな顔……!」 振り向いた日置が慌ててかけ寄って来た。 「お前……自分がモテるって自覚してんだろ。それに女取っ替え引っ替えしてるとか噂もあるんだし、部屋にオレの知らない女の気配があったら不安になるかも…くらいの想像つけよ」 「え………」 「二人で話しててもすぐ『女の子の友達に教えてもらった』とか平気で言うし。想像かきたてるような言い方すんな。誰なのか具体的に名前出せ」 「いや、でも知らない子の場合もあるし……」 「だったら『女の子』ってわざわざ言うな。それでなくてもこっちはいつお前がオレに飽きるのかって不安なんだよ」 「飽きる?……そんなわけない」 「わかんないだろそんなの。本当に飽きたとしてもそれはしょうがないからいいよ。でも無闇矢鱈(むやみやたら)とオレを不安にさせるな」 「女の子って言っても友達だよ?なんでラブちゃんが不安に思うんだ」 「お前は友達だって思ってても相手はお前のこと狙ってるってこともあるだろ」 「それは……まあ。でも俺にはラブちゃんがいるし……」 オレの言葉が日置に全く通じない。 ああ、もう……。 「お前、全然わかってない!オレたち恋人なんだろ?違うのか?」 「違わない!もちろん恋人です」 「恋人が他の女の子と仲よさそうだったり、親密さを感じさせる話をしてたら、ヤキモチ妬くのはまぁまぁ普通なんだよ。さらにお前無駄にモテるだろ。その分不安要素が多いってことをしっかり理解しろ!」 「理解……。理解……うん、した…けど、えっ!? ヤキモチ?ラブちゃんが?」 なんだよ、その思いもしないことを言われたって顔は。 「俺が……他の女の子と仲良さそうにしていると……ラブちゃん嫌なの?」 「女友達が多いってのはわかってるから普通に仲良いくらい気にしないけど、妙にボディタッチの多い子とかそういうのは……ヤだよ」 「そっか、嫌……なんだ」 「……別にヤキモチくらい……いいだろ」 こんなに驚かれるとは思わなかった。 さっきまでの勢いはすっかり消えて、つい声が小さくなってしまう。 「ラブちゃん……俺が霧島とか南城とかと仲良くしててもヤキモチ妬くの?」 「まさか、それはないよ。お前だってそうだろ?」 「……あー…国分くんはいいけど……霧島とか南城とラブちゃんが手繋いでたら……かなり…くっっ…ああ、嫌だ。ありえない。絶対ダメ!」 「え…なんでだよ」 「無理だよ。嫌だ。ふれさせたくない」 日置がオレを引き寄せ、キュッと抱きしめた。 「女の子とかじゃなく、霧島だぞ?」 「女の子も当然無理。でも男もダメだ。どっちもダメ!」 背中に回した日置の手にさらにぎゅっと力が入る。 「……お前すげぇヤキモチ妬きだな」 必死な様子についフフッと笑ってしまった。 「そうだよ。知らなかった?他の奴らがラブちゃんの魅力を知るのは俺の写真を介してだけでいい。生身のラブちゃんの魅力には誰も気づかなければいいのにって思ってる」 「ええ?それはひどいな」 日置がオレの頭に頬をすり寄せ、クスッと笑った。 「ごめん。でもそんなの無理だってわかってるからこそ、本気でそう願ってる」 「だったらお前が女の子と仲良くしてるの見て、オレが嫌な気分になるっていうのも理解できるだろ?」 「それは……ふ…ふふっっ。うん。はぁぁ……嬉しい。ラブちゃんがヤキモチって…はぁぁ」 「えっ、お前何喜んでんだよ」 「そんなこと言われても、だってラブちゃんにヤキモチ妬かれるんだよ?嬉しいに決まってる」 「なんだよそれ」 もう…。 オレが自分でイヤだって思ってるとこにすら、こんな風に嬉しそうな顔を見せられるとむずがゆくって仕方ない。 「なぁ、本当はコレを一番聞きたかったんだけど、最近オレのこと避けてたよな。泊まってるのって本当に妹?」 「え…もちろん妹だよ。それに避けてなんか…。妹が通ってる美容専門学校の学祭の関連でちょっと頼まれごとがあって慌ただしかったから。…………いや、そのつもりはなかったけど、写真のことがあったからやっぱりどこかちょっと避けてた…のかな」 「あ…う、写真……ごめんな」 オレが流されやすい事をわかってるからって、それだけで何があっても許すっていうのは無理だよな。 「そのことに関してはすごく怒ってる。けどラブちゃんにじゃない。エンジェルコード、あいつは本当に許せない」 「なんでオレのこと怒んないんだ。オレは日置がオレのとこ避けたり妹を優先させてあまり会ってくれなかったりすると嫌だ。日置も嫌なら怒っていいんだぞ」 「え……だから……エンジェルコードに怒ってるんだけど……。ラブちゃん……今日は本当にどうしたの?俺に会えなくて嫌だとか……えっっ本当に??」 抱きしめる腕を緩めてまじまじと顔を覗き込んでくる。 「当たり前……だろ?だから……恋人…なんだし」 日置の目が輝き、口の端ががぐぐぐと持ち上がっていく。 「ああ……もうどうしよう!嬉しい。嬉しすぎてちょっとどうしていいかわからない!!!」 ぎゅぎゅぎゅっ!と強く抱きしめられて体が痛い。 「何喜んでんだよ……ばか」 「うん、俺馬鹿なのかも。けど嬉しい!ああ、もう……ラブちゃん!はぁ…ゆっくり会えなくてごめんね。俺も会いたかったけど、夜遅くにちょっとだけ会いに行くなんて迷惑だろうと思って写真見て我慢してたんだ。写真に話しかけるから妹にも気持ち悪がられてたし……」 気持ち悪がられるって、なに話してたんだよ。 「電話くれればよかっただろ?」 「それは……妹がいるから……恥ずかしかった」 「え、写真と話すのは平気でなんで電話はダメなんだ」 「隣の部屋にどうしても音が伝わるし、ラブちゃんと話すと……その……本当に馬鹿みたいに甘ったるい口調になるから」 「あー………そういうこと」 確かに他の友達とオレ相手の時じゃ、日置の口調が少し違う。 話し方が甘えた風に変わってしまうのも、それを恥ずかしがってるっていうのもちょっと可愛い気がする。 「それで、写真の件だけど……。しつこいと思われるかもしれないけどあれに関してはすごく怒ってる。もちろんアイツにね」 「オレ怖くて見てないんだけど…その…どんなだったわけ?」 それを日置に尋ねるっていうのもちょっとどうかと思うけど、見る前に心の準備をしておきたかった。

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