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日置くんはイケている11

「あの写真?最低だよ」 日置が吐き捨てるように言った。 「悪意に満ちてる。ライティングもイマイチだけどそれ以上に、あえてラブちゃんが赤くなってぼーっとした顔をチョイスしたり、自分だけしっかりポーズをとってラブちゃんはだらしなく座ってるし、バックには自分は細く見えるよう濃紺を、ラブちゃんの周りにはクリーム色の布とか膨張色を配置してた」 「……ん?」 ライティング……?配色?そんなこと気にするのか。 疑問に思っていると、背中に回っていた日置の手がオレのシャツのボタンを外し始めた。 えっ…このタイミングで? 「髪だってそうだ。ラブちゃんには適当にカツラをかぶせて化粧もいい加減、自分はバッチリメイクで完璧に仕上げてる。あれで悪意がないなんて通用しないよ」 「……え…それ……え?待て、それなんの写真?」 「さあ、元のキャラは知らない。けど、ラブちゃんも酔ってわけのわからない状態で撮られるなんて許せないだろ?」 「そりゃ…許せない……けど……」 元キャラ……? オレが思ってたヤバい写真とかなり違う気がする。 シャツと中に着ていたTシャツを脱がした日置が、ベルトに手をかけデニムパンツのボタンを外す。 そしてオレをパンイチにした後、なぜか部屋の隅にあったゴツいメイクケースとまぁまぁ大きな布のキャリーバッグを取り出し開いた。 「……お前何する気だ?」 「女性用だけどラブちゃんならいけると思うから」 「え……なにこれ……」 日置が差し出したのは、黒のシースルーで腰を絞って後ろだけ長いドレープの裾がひらひらしているシャツに、多分インに着る深いVネックなのに丈の短い黒のノースリーブシャツ、そしてハイウエストでフロントボタンの黒いショートパンツ……。 日置の怒りの焦点がおかしい。 これはなんか違う気がする。 そう思ったけど、日置の押しの強さと自分が迂闊なことをしたという負い目もあってオレはその服に着替えてしまった。 シースルーシャツは左肩から胸にかけて同じ布で作ったふんわり大きな花がついている。 ぱっと見はちゃんとした服だけど、近くで見ると手作り感がすごい。 後ろに垂れた長い裾の先端がふくらはぎにちょっと当たってくすぐったいし。 「さすがラブちゃん。やっぱり似合うね」 日置はそう言うけど、素朴なオレの顔にクールでガーリーな服が似合うとは思えない。 「これ着てどうするんだよ」 わかりきったことを聞くのは僅かながらの抵抗の証。 「もちろん……」 そのとき玄関でカチャカチャと鍵の開く音がした。 「ただいま……えっっ……!?」 「うわっ……!」 「ああ、丁度よかった。サク、メイク頼む」 玄関を開け、オレを見てフリーズした女の子と、見られてフリーズしたオレ。 そして、端からメイクを頼むつもりだったのか、全く動じていない日置。 「メイク……?え、ちょ、私の衣装……え?何これ……撮影?」 「そこに放置してたんでお前の学祭の衣装を借りた。宿泊代だ。かまわないだろ」 「いや、構うわよ。って…え…店員さん?」 多分そうだろうと思っていたけど、やっぱりあの髪の長い女の子が日置の妹だった。 「こ、こんばんわ」 オレも混乱していて、なんといっていいのかわからない。 「サク、ラブちゃんだ。ラブちゃん、こいつは妹の桜」 「え…ラブちゃん?コレが?写真と全然雰囲気違う…どう見ても男だし…ええ???」 あ……写真ってここでパーカー着て頬杖ついて撮った、超かわい子ぶったヤツか。 そりゃ……確かに全然違うな。 「サク、コレがってなんだ。失礼だろ。写真によって雰囲気を変えられるのがラブちゃんの魅力なんだ。メイクは衣装に合わせてクールな感じで頼む。素顔を活かして一箇所だけちょっとインパクトがあればいい。カツラは使わないからヘアもな」 「ヘアもって今何時だと思ってんの」 「簡単にでいい。エンジェルコードを見返したいだけだから、そこまで作り込む必要はない」 「エンジェルコードって何?意味がわからない」 そう言いながら、日置の妹の桜ちゃんはじーっとオレの顔を見つめた。 「……もしかしてハーが話しかけてたコスプレ写真もこの人?」 桜ちゃんはどこでスイッチが入ったのか、オレを座らせコットンで顔を拭き、クリームを塗って簡単にマッサージし始めた。 日置、妹に『ハー』って呼ばれてるのか。……なんでだ? 「お前なんでコスプレ写真だって知ってるんだ。俺のスマホや本棚を勝手に見たのか?」 「なんでって壁に貼ってるパネルにいつも『おはよう』とか『おやすみ』とか言ってるじゃない」 兄妹らしいノリの会話が進む中、日置は壁にポールに巻いた布を選んで垂らし設置している。 クラシックな壁紙のような柄と石壁のような柄がプリントされているもので迷っていたがクラシックな壁紙に決めたようだ。 そして戸惑っているうちにオレのメイクも進んでいく。 日置はセッティングを終えたようだ。ライトがわりらしいかなり光の強い電気スタンド2台の前にトレペを垂らし、レフ板がわりの白いボードを置いた。 リビングがあっという間に工夫を凝らした簡易スタジオになってしまった。 桜ちゃんのなすがまま、されるがままに、オレはヘアセットまで完了。 前髪はぺったりなでつけ左に流し、後ろは部分的にコテでクルッと巻いて跳ねさせている。 エンジェルコードに対抗するためコスプレって事にしたいんだろう、日置は似た服のキャラを調べていたらしくその髪型にちょっと寄せたみたいだ。 「やだ、似合う」 「やだって……」 鏡を見せてもらうと、目尻のアイラインハッキリで、妙に鼻筋の高いオレの顔があった。唇は明るいベージュリップで色を抑えている。 中性的なメイクでメリハリついた顔になってるけど、基本はそこまで変わっていないと思う。 とはいえオレ史上最高のキメキメヘアなので印象はかなりちがう。 髪型でこんな変わるのか。 でもガッツリコスプレするより自分が残っていて恥ずかしい。 「近未来SFで『クールだが時々天然。両親を死に追いやった仇を討つために主人公と行動を共にしている』という設定らしい。ヒロインではないみたいだな」 オレはエンコくんに撮られた写真がどんなだったのかを聞いただけのはずなのに、なぜメイクをされて、キャラ設定を教えられているのか。 けど桜ちゃんの手まで煩わせて、今さら撮影は無理……とか言えないよな。 「で、なんでこんな時間に撮影することになったの」 オレもそれを日置に聞きたかったんだけど、エンコくんの写真のことはあまり桜ちゃんには知られたくないよ……。 けどそんなオレの心情などお構い無しの日置が、さっとタブレットをいじって桜ちゃんに見せてしまった。 あ…あああ……オレもまだ見てないのに!!!

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