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日置くんはイケている15

日置にきちんと妹の桜ちゃんを紹介してもらえた。 避けられてたわけじゃなく、本当に忙しくてゆっくり会えなかっただけだし、ちょっとよそよそしいかったのも、オレのせいと言うよりはエンコくんのことでオレに迷惑をかけたって思ってたからだった。 小さな不安が解消されてオレはご機嫌だ………ってことをバイト終わりに飯屋で国分くんに話している。 ちなみに朝方まで撮影したことは話したけど、内容までは言ってない。 あの時の写真はアパートの一室で撮ったとは思えない、不思議な仕上がりだった。 クラシックな柄のバックスクリーンを垂らしてただけなのに、写真になるとあれが広い部屋の壁紙の一部に見える。 そしてとにかく桜ちゃんが写真映えするんだよな。 オレを引き立てるようように桜ちゃんが立ち位置を気遣ってるから、それだけでクオリティが上がってる気がする。 日置はエンコくんに売られた喧嘩を買って写真を撮ったつもりみたいだけど、オレはくだらない喧嘩になんか興味がない。 酔ってる時に勝手に変なコスプレ写真を撮ったエンコくんには少しだけムカついてるけど、心配してたようにまるで浮気してるような怪しい写真や、半裸のエロ写真を撮られたわけじゃないってわかったから、もうどうでも良い。 どう決着がついたとしても、オレはもう聞かない。 はいはい、エンコくんの足は細いねぇ……って言うだけで済む話。 二人で勝手にやってくれ。 国分くんには日置と妹の桜ちゃんと楽しく過ごしたって事を中心に話してる。 ご機嫌なオレと対照的に、国分くんは久々にチップ次長にチップをもらってしまって自己嫌悪気味だ。 今オレが食べてる丼ぶりもそのチップの中から支払われる。 根負けしてチップを断りきれなかった国分くんが早く自己嫌悪から抜け出せるように、オレは努めて明るくのんきな声で話し続けた。 国分くんは最近よく来る綺麗なお客さんが日置の妹の桜ちゃんだったってことに驚いていた。 「あの子可愛いし、ちょっと変わってて面白いんだよね」 時々会話してたみたいだから、桜ちゃんの性格についてはオレより詳しそうだ。 「あのさ……その、日置のことだけど……オレ、最近ほんの少し自信がついてきたんだ」 「自信?」 「うん。飽きたらすぐポイッてされるのかなって思ってたけど、日置の『好き』っていうのもオレを喜ばせるための口先だけの言葉じゃなく、結構ちゃんとオレのこと好きなのかもって……ちょっと思えてきた」 「『ちょっと思えてきた』って、付き合い始めてすぐなら僕も『気をつけた方がいいよ』って言うとこだけど、さすがに日置が不憫だよ」 「え、どうして」 「今日『ラブちゃんへのクリスマスプレゼント何がいいと思う?』なんてメッセージがきたよ。まだ十一月になったばかりなのにさ」 「は………?」 国分くんにクリスマスプレゼントの相談ってウソだろ!? 一気に顔が熱くなる。 「ちゃんと欲しいものとか匂わせておかないと、僕がそれはダメだって言ったのに、まだ本気で戦隊ヒーローの変身グッズを買うべきか悩んでるよあいつ」 「う、うわぁああ……」 日置って結構スタイルにこだわるとこあるからなぁ……。 クリスマス前後にデートでお洒落なレストラン予約されて、あらかじめ店員さんに預けていたでっかい箱をテーブルで渡されたりしたら……恥ずかしすぎる。 しかも、おもちゃ屋さん感満点のサンタさんを描いた真っ赤なクリスマスラッピングな。 「何が欲しいかとか思いつかないけど、さすがに変身グッズは小学生で卒業したって伝えとく」 「うん、それがいい。伊良部くんのこととなると時々正常な判断ができなくなるみたいだから。でもそれも、愛されてるってことだよね」 「あ……あっ、あ……愛????」 「え、何驚いてるの?好きで付き合ってるんだよね?」 「一応そうだけど……愛とか、そんな」 あ、愛……?? なんで急にそんなパンチの効いた単語を出してくるんだ。 「伊良部くんだって日置のかっこいいとこ見てキュンとしたりしちゃってるんでしょ」 「は?いや、全然?」 「え……いや、好きで付き合ってるんだよね?」 「だから前も言ったけど、オレ日置のかっこいいとことか全くどうでもいいから」 「ええ?前はそうだったかもしれないけど、そろそろ受け入れるものなんじゃないの?って言うか、普通は最初にそこ好きになるけどね」 「……ん~、最初にそこを好きにならなかったから、まだ続いてるんだと思う」 「そんなもの?でもそろそろかっこよさも認めてあげなよ。数少ない魅力なんだから」 『かっこよさ』を数少ない魅力と言い切る国分くんのセンスもすごいな。 でも日置の外見以外のかっこよさまで認めちゃダメな気がする。 いや、普通はダメじゃないよな? なんでダメだって思うんだ? 顔がかっこいいのはオレももう受け入れてるし、たまに見惚れることもある。たまにって言うかエッチの時なんだけど。 でも、国分くんが言ってるのはもちろん顔のことじゃない。 あー………。 オレの中でもう日置に対する心のバリアみたいなのは全部なくなったって思ってたのに、まだ残ってたんだな……。 これまで何度も日置に『心持ってかれた』って感じてるのに、オレが全くピンとこないって言い張ってる日置のかっこよさまで好きだって認めてしまったら、本当に根こそぎ全部心を持ってかれてしまいそうだ。 このまま日置の全部を受け入れて、全部好きになって、心全部持ってかれたら……日置がいなくなった時にオレの心がカラッポになっちゃうじゃないか。 そんなの怖すぎる。 でもそれが国分くんの言うところの『愛』ってやつ……なのかな。 いや、国分くんはオレが日置に『愛されちゃってる』なんて軽く言ってたから、そこまで深い意味じゃないか。 ううううう。わかんね。 「伊良部くん、なんで眉間にシワ寄せてるの。そこまで無理して日置のかっこよさを認めなくても、そのうち『ズキュン!』ってくるよ」 「ズキュン?」 「うん、ズキュン!!!」 国分くんが手で銃を撃つ真似をする。 無駄に考え込んでしまってたけど、子供みたいな仕草にちょっと和んだ。 その時……。 国分くんがちょろっと窓の外に視線をやり、何かに気づいた。 そして、にっこり笑うと窓に向けてズキュン! 「え?なに、誰か知り合いでもいた?」 「うん。清司さん」 清司さんって……チップ次長の部下で国分くんのことをすごく気に入ってるあの人? そういえば今日、一緒に来てたな。 オレたちがバイト上がりの時間にまだ飲んでたから、解散した後この店のそばを歩いててもおかしくないか。 明るい店内からだと外の通りは暗くてよく見えないけど、国分くんがニコニコと手を振るとそれに清司さんらしき人も振り返してるようだ。 でも、あれ……?清司さん一人じゃない。って言うか、隣の人も手を振り返してる? もう食事も終わってたので、会計を済ませて店の外に出た。 するとそこに清司さんといたのは………。 え……。 「国分さんとラブちゃん偶然!」 「桜ちゃん……なんで清司さんと!?」 「いつも来店してくれるのがバイトの交代時間くらいで、お帰りは今くらいの時間になることが多いんだよ。ね?」 「すごい!覚えててくれたんですね。嬉しい」 国分くんの言葉に感動してるけど、いや、問題はそこじゃない……。 「おいしい唐揚げを出すお店があってね、場所を教えてあげてたんだ。よかったらこのままみんなで一緒に行かない?」 ……それは。清司さん、桜ちゃんをナンパしたってことですか??? けど、それでオレたちまで誘うって、良いの? オレたちと桜ちゃんが知り合いだってわかって、このまま二人で行くのはまずいと思ったのかな。 どうしよう。遠慮すべき?それともナンパを妨害した方がいいのか……。 「伊良部くんどうしたの?ほら行くよ?」 あ、もうすでにみんな一緒に歩き始めてる。 振り返った国分くんがオレをニコニコ手招き。 やっぱりオレに決定権はないみたいだ。 ◇ 清司さんが連れて来てくれたのは、かなり庶民的な小さい居酒屋だ。 カウンター席とテーブル席があって、壁にはたくさんメニューが貼られ、ひょうたんとか編笠なんかが飾られている。 桜ちゃんを連れて来るにはちょっとどうかなという気がするけど……。 衝立でしっかりと区切られた小さな四人席のテーブルにつくとオレと国分くんが隣同士、清司さんが桜ちゃんの隣に座った。 パリッとした会社員と美人さんで、お似合いに見える。 けど……う~~ん。 「ビールどうする?」 「私は烏龍茶で。他の方はどうぞ飲んでください」 「じゃ、一杯だけもらおうか」 そして清司さんが頼んだメニューは、枝豆以外は揚げ物ばかり三品。 手羽先の素揚げ、とり天、ちくわの磯辺揚げ。 注文内容を聞いただけで国分くんの目がキラキラし始めた。

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