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日置くんはイケている16
乾杯を済ませた後、最初に来た手羽先の素揚げに国分くんがパクリ。
なぜかみんなでその様子を見守ってしまった。
「熱っ!ふふふっ。でも美味し〜〜〜」
清司さんの頬はフニャンと緩み、熱々の手羽先をフーフーしてあげているつもりになってるのか、口をすぼめている。
良いのか?桜ちゃんの横でそんなだらしない顔さらして……。
でも桜ちゃんも国分くんが食べる様子をニコニコと見守ってる。
「あれ……?みんなも食べなよ。おいしいよ?」
半分くらい食べたところで見守られてることに気づいたらしい。
ちょっと恥ずかしそうな国分くんに、オレも含めみんながほっこりした気分で手羽先に手を伸ばした。
素揚げ独特のパリッとした食感があり、ジュルっと旨味たっぷりの脂が溢れる。
衣のついた唐揚げよりサッパリ食べられて身もプリプリだ。
とり天が来た時には国分くんだけが手羽先を食べ終わっていた。
国分くんの視線が落ち着きなくみんなを見渡す。
『……みんな、まだかな?とり天、先に食べて良いかな?待った方がいい?でも食べたい』
心の声が丸わかりだ。
「どうぞ、先食べてください」
桜ちゃんが国分くんの方にポン酢の入った小皿を押しやってニッコリ綺麗な微笑を見せた。
「ごめん、先にもらうね?……熱っ……ふふ…美味しい」
さっきとほとんど同じコメントを発しながら国分くんがとり天にシャクっとかぶりついた。
そしてニコニコニコっと笑顔のシャワーが降り注ぐ。
……あれ?清司さんがそのだらしない笑顔を見せるのはわかるけど……。
桜ちゃん?
なぜか綺麗な微笑みがさっきより少しアホっぽく見える……。
国分くんが今度はとり天にカボスを絞ってパクリ。
「ん~~おいしいっっ!」
国分くんがぎゅっと目をつぶって体を揺すると、目の前の二人の顔がさらに緩んだ。
……このまま、口から魂が抜けていってしまいそうだな。
食べてる国分くんも、見守る二人もまるで雲の上にでもいるみたいに見える。
清司さんもとり天を口に運んだ。
そして幸せの笑みを浮かべる。
「はぁ…おいしい。国分くんがすごく美味しそうに食べるから、以前食べた時の三倍は美味しく感じる」
「ええ?そんな大げさな。でも嬉しいです」
「いや、全く大げさじゃないよ。国分くんの笑顔は最高の調味料だね」
口説き文句のようだけど、ポン酢代わりだ思えば失礼なような気もする微妙な表現に、国分くんはふふっと照れている。
そんな二人をキラキラした目で見ている桜ちゃん。
桜ちゃんと清司さんの関係はよくわからないけど、最初思ったみたいにナンパだとか口説こうとしてるとか、そんな様子は一切見られない。
むしろ清司さんと桜ちゃんの意識は国分くんに集中している。
「あ、本当、とり天すごく美味しい!」
桜ちゃんの表情がどんどん子供っぽくなっていく。幸せいっぱいで無邪気な笑顔が可愛いらしい。
衣がサクサクで、ジュワッと旨味が溢れるとり天と爽やかなカボスがよく合う。
「カボスの余り、いる?」
清司さんに聞かれてみんなが首を横に振る。
すでにとり天にかけた後だしな。
「じゃ、もらうね」
清司さんは1/2カットのカボスを躊躇なくビールに絞って入れた。
「え……ビールに入れるの?」
驚くオレと国分くんに清司さん頷いて微笑む。
社会人だから当たり前と言えば当たり前だけど、清司さんはオレたちよりずっと大人な雰囲気だ。
「どんな味なんですか?」
「飲んでみる?」
興味津々なオレに清司さんがスッとジョッキを差し出してくれた。
ジョッキを受け取って一口飲むと、ビールの旨味にカボスのさっぱりとした酸味がほんのり加わり、爽やかな香りがした。
「カボスの皮の油がしっかり飛んだほうが香りがついて美味いんだ」
「へぇ。だからこんな爽やかなんですね。オレ、結構好きかも」
「僕も飲みたい!」
興味津々といった様子の国分くんがパッと手を広げてねだる。
その瞬間、清司さんの顔がデレっと緩んだ。
「うん、うん。飲んでみて。気に入るといいけど」
受け取ってゴクッと一口飲む国分くんを見守る清司さんの目がほんわか温かすぎる。
さらに言えば、国分くんを見守る桜ちゃんの目までキラキラしているのもなんか不思議だ。
「ふはぁ。サッパリ〜美味しいですね!」
国分くんの言葉に清司さんはご機嫌だ。
「桜ちゃんも飲んでみる?」
清司さんが烏龍茶を飲んでる桜ちゃんを気遣いながら控えめに勧めた。
「あ……いえいえ、そんな、いいです、いいです!」
なぜか真っ赤になって必死に手を振り桜ちゃんが断った。
断るのはわかるけど、なんでそんな恥ずかしそうなんだろう。
回し飲みなんて全く気にしなさそうなサバサバしたタイプに見えるのに。
ちょっと不思議だ。
ビールを飲みつつ、ゆっくりとり天を食べた後にちくわの磯辺揚げがやって来た。
青のりとカレー風味の二種類が皿に乗っている。
しかも四人前だから結構な量だ。
桜ちゃんがチラッと清司さんを見た。清司さんも見つめ返す。
目で会話している……。やっぱり二人は今日初めて会ったってわけじゃなさそうだ。
国分くんの目はお皿の上に釘付けだ。
グリーンの散る磯辺揚げとほんのり黄色いカレー味の間を視線がチロチロ動いている。
「国分さんカレー風味と青のり、どっち最初に食べます?」
「んー、どっちも好きだから迷う~。でもやっぱり青のりかな?」
「ふふっ。まだ熱いみたいだから、気をつけてくださいね」
桜ちゃん、まるで国分くんのお母さんにでもなったみたいだな。
そんなことを思っていたら、桜ちゃんの箸先の磯辺揚げが、すっと国分くんの前に差し出された。
……え?桜ちゃん、それ食えってこと?
国分くんも小さく目を見開いた。
けど、何の抵抗もなくパクリと磯辺揚げに食いつく。
「んー。おいひぃ~~」
国分くんの笑顔に、清司さんと桜ちゃんの顔が一斉にデレデレと崩れた。
「次カレーにします?」
国分くんの口が空いた頃にすかさず桜ちゃんが訪ねた。
「うん、そうする」
そこで清司さんがカレー風味の磯辺揚げを国分くんの口元に差し出した。
これは……桜ちゃんとアイコンタクトだけで連携プレーを……。
国分くんが磯辺揚げに食いつけば、当然二人はデレデレ。
えーっと、何だこれ。
不思議に思いながらオレも磯辺揚げを一つパクリ。
揚げた後にまたほんのちょっと青のり振ってるのかな?すごく海苔の香りがして美味しかった。
カレーもしっかりスパイスが効いてるしで衣もフワサクで美味い。
「国分くん、次は青のり?」
「どっちでもいい。美味しいよねぇ」
清司さんの言葉に国分くんはニコニコだ。
桜ちゃんがまた磯辺揚げを国分くんの口元に差し出そうとして、ハッとオレを見た。
これは……オレも国分くんに食べさせたいかって聞いてるのか?
「オレのことは気にせず……どうぞ」
清司さんと桜ちゃんがまたニコ~っと笑った。
何だろうな、これ。
動物の餌付け体験にしては浮かれっぷりがすごいし。
若い夫婦が初めて子供に食事をさせて喜んでるようにも見えるけど、二人の間にあるのは恋愛感情じゃなく連帯感だろう。
とにかく今このテーブルは、異様なまでに幸福度が高い。
「二人とも本当に国分くんのこと大好きなんですね」
「え……」
「えぇっ…」
二人が揃って真っ赤になった。箸先の磯辺揚げもプルプルと震えてしまっている。
あ、余計なこと言っちゃったか…と思ったけど、言葉はもう口の中には戻らない。
そんな動揺なんかお構い無しに、国分くんがふへぇと柔らかい笑みを浮かべた。
「僕もお二人のこと大好きです。あ、伊良部くんのことも好きだよ」
途端に清司さんと桜ちゃんの表情もだらしなく緩む。
この場の空気は完全に国分くん次第だ。
「伊良部くんも、遠慮しないでもっと食べなよ」
国分くんがオレの口元に磯辺揚げを差し出した。
オレはついそれにパクリと食いついてしまった。
何となく、拒むという選択肢が今この空間にはない気がしたんだ。
目の前では桜ちゃんが口パクで『可愛い!!!!』って叫びながら足をパタパタさせている。
うう…はずかしいからやめて。っていうか、桜ちゃんの反応がまるで日置みたいだ。
清司さんもすごく嬉しそうな顔してるし。
なんで二人はオレの餌付けまで喜んでるの?
いや、国分くんが自らの揚げ物を他人に差し出すという行為が尊いのか?
なんか変な感じだ。
可愛いくて美人の桜ちゃんが、目はキラキラ、頬はバラ色で国分くんを見つめてるのに、国分くんの視線はチクワの磯辺揚げが独占している。
そんな大切なチクワの磯辺揚げをオレに……。
うーん、嫉妬しそうなものだけど、桜ちゃんも清司さんもそんな様子は微塵もない。とにかく嬉しそうだ。
ちょいちょいと、国分くんを突く。
テーブルの下で二人を指さしたらそれだけでオレの意図を察してくれた。
「二人も。はい、どうぞ」
国分くんが磯辺揚げを箸でつまんで差し出した。
桜ちゃんと清司さんの視線が磯辺揚げに行って、国分くんの顔に行って、お互いの顔を見つめあった。
あ、無言の会話が。
ちょいちょいと互いに手を出して譲りあって……えーっと、先輩どうぞ的な感じなのかな、清司さんに決まったようだ。
「はい、清司さん、あーん」
ああ…清司さんが幸せそうだ。
それを見つめる桜ちゃんもつられてるのかニヘニヘと嬉しそうだ。
二人を見てるとオレまで嬉しくなってくる。
「はい、桜ちゃんも、あーん」
国分くんがニコニコっと笑って、桜ちゃんにも磯辺揚げを差し出した。
桜ちゃんも、もうこれ以上ないくらいニコニコ笑顔になってチクワに食いつく。
ああ、桜ちゃん、顔が笑いすぎて磯辺揚げを食べられないみたいだ。
美人が口からチクワぶら下げて笑ってるという奇妙な光景も、みんなの幸せな空気に包まれすごく微笑ましい。
モニュモニュとチクワを口内に運びながら「幸せ〜」なんて言ってる桜ちゃんに「そこは美味しいでしょ?」なんて国分くんがニコニコ笑顔でからかって……。
頭の端っこの正常な部分では、なんだコレ…?って思ってるけど、楽しいからまあいいよな。
そう言えば……以前国分くんが急に占いの話を始めた事があったけど、占い結果を教えて国分くんをべた褒めしたお客さんって…アレ、桜ちゃんだよな。
国分くんは『素直で礼儀正しくていい子で、美人で若くてスタイルも良い子』だから、自分の事を好きなわけ無いみたいなこと言ってたけど、国分くんを見つめる桜ちゃんは真夏に食べるソフトクリームみたいにトロトロに溶けてる。
でも付き合いたいとか、独占したいとかは全く考えてなさそうだ。
もし国分くんがその気になったとしても『いえそんな、他の人に悪いですから』とか言って身を引いてしまいそうに見える。
ピュアすぎだよ桜ちゃん。確かにこれじゃ恋人が出来ないのも納得だ。
国分くんを好きになるような子なら、南城みたいなチャラい男に口説かれてもその気になるわけ無い。
居酒屋に来て日置に会いたがらなかった理由もこれでわかった。
国分くん目当てだから日置とあまり顔を合わせたくなかったんだろう。『何でこんなしょっちゅう一人で来るんだ』って詮索されるのは間違いないもんな。
それにしても、やっぱ兄妹だな。甘く緩んだ表情は日置とそっくりだ。
日置も『アイツ彼氏できた試しが無いから』なんて桜ちゃんをバカにするようなこと言わずに、ちょっとは見習って身持ちを固くしろって言うんだ。
最近はオレだけのハズだけど、それまではほんっっっとに女の噂が尽きなかったもんな。
……待てよ、あれだけヤリチンだった日置が、本当にオレだけで満足できてるんだろうか。
女の気配はない…けど、行きずりでちょいちょい手を出してたらわかんないよな。
うううう〜〜。
日置がビクビクするから遠慮してるけど、やっぱしっかりソッチも満足させとかないと心配だ。
最後までするのはこれまでと同じくらいのペースだとしても、『コレもオレのモノだぞ』って自覚させるように処理のお手伝いくらいは遊びに行くたびにしといた方が良いかもしれない。
……ヤりたい言い訳っぽいけど、でも、うん、そうしよう。
てか、このほんわかムードの中でオレ何考えてるんだろう。
すげぇ恥ずかしい。
それもコレも日置の節操ない下半身が悪いんだ。
『オレ以外にチンコさわらせるの禁止だぞ』って、あとでしっかり釘を刺しとこう。
そうしよう!
……あれ?
すでに日置にそんな事を言ったような……デジャビュ?
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