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肆 1

「あっちゃん……ぁん」 「千明、声おさえろよ」 「……むりぃ」 学校のトイレの個室で抱きあってるのは、暁と千明だ。 もうすぐ発情期がくる千明に、暁はα避けに臭い付けをしていた。 千明は透と同じ年で幼馴染みだが、二才年下のその弟の暁とも幼馴染みに違いなかった。 高山兄弟の両親が離婚したのが、透が5才の時だった。 広い空き地に白い大きな家を建て、そこに越してきたのが母子家庭の高山家だ。 子育てを中心とした新興住宅地にこの親子はとても目立っていた。 若くてきれいな母親が名のしれた小説家であり、その子供達が毛色の違う美形の兄弟だったからだ。 千明とは家が近所で、高山兄弟と同じ保育園に通っていたので自然と友達になった。 母親同士も気が合ったのか、子供達が育った今も友人関係を保っている。 兄は迫力美人の母親似で日本人顔だが、弟はどうみても外国人にしか見えない容貌だった。 保育園に入園した頃の暁は、薄茶色の髪に黄緑色の瞳が、光の加減で微妙に変わるため猫のようだと、男の園児には気味悪がられていた。 暁の見るからに王子様した外見は、保育士には無条件でかわいがられていて、女の園児達には好かれていた。 その反面、暁の外見に馴れた頃の男の園児には、とことん嫌われ、いじめられていた。 子供は感性が鋭く、味方を察知する能力にたけているので、残酷に異物や自分に不利益になるものを排除してしまう傾向が顕著なのだ。 入園してすぐに『二人とも父親が違う私生児』というやっかみがほとんどの噂が蔓延した。 兄弟の母親は『本当は見せたくないのだけど』と、もったいぶった態度で、暁にそっくりな外国人の写真を懇談会で披露していた。 その場で、兄弟はイギリス人の血を引くクオーターという真実が明かされたのだった。 その後、イギリス人の血を濃く受け継いだ隔世遺伝の暁は、貴族の血を引くとかいう尾ひれまで付いて、ますます王子様ぶりに拍車がかかった。 透は物怖じない元気な子供だったが、暁はどちかというとおっとりした子供だった。 「とおるくん、とおるくん」 と、いつも透のあとをくっついていた2才下のどんくさい弟が暁。 「あっちゃん」 そう言って、立ち止まっては追いかけてくる弟を待っていた透。 そういう光景が保育園のときは日常だった。 年が違うから、透達には、なにをしてもおいていかれていたのに、いつも透の後ろにくっついていた暁だった。 透と千明は、小学2年生のとき少年野球チームに入った。 ちょうどその頃、高山兄弟の母親である小説家の高山律子(たかやまりつこ)が直林賞を受賞し、いきなり町内の名士となった。 それもあり、胡散臭い下卑た悪声は一掃された。 この賞をきっかけに、今までの作品が映画化されたり、ドラマ化されたりして、売れっ子作家になっていくのだった。 彼らが3年生になったとき、同じ小学校に暁が入学してきた。 同じ保育園から来た児童たちは、免疫があるから、見慣れていているけど、小学校からの人間には暁はとても刺激的だった。 王子様な暁が、兄の透にまつわりついていて、保育園のときとあまり変わらい光景があった。 あいかわらず、暁の好きなようにさせていた透だった。 しかし、透は同級生の一人に、弟に「とおるくん」と名前で呼ばれていることをバカにされてからは「お兄ちゃん」と、暁に呼ばせるようになった。 暁も少年野球チームに入ると言い張ったが、週末には練習試合や大会があるので、モデルの仕事に差し障りがでてしまうという理由で、入れなかった。 そのかわり、比較的融通のきく、近所の空手道場に通うことになった。 いまは仕事と勉学に忙しくて、そこにも通っていない。 暁は、このあいだ発売された人気バンドの新曲PVに出演し、その曲がオリコンでも上位に食い込んで話題になった。 雑誌を中心にショーにも出演するモデルだったが、MTTのCMにも出演し、一躍、名の知れる存在になってしまっていた。 この春、兄と同じ高校に暁は入学してきた。

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