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陸 3

「来たばっかり。1週間ぷりの学校なの、オレ。帰れるわけないじゃん」 と、透だ。 「そんな独占欲まるだしのねっとりした匂いを付けられて、授業なんか受けられるの?」 「……気づくの、成川ぐらいだろ?」 「鼻の効かないβだってわかる。他を排除する攻撃臭だよ。Ωなら怯えて近寄れないだろうな。 付けられている本人に自覚がなくて、不快じゃないのが、気に入らないな」 と、成川は冷ややかに言った。 制服のズボンからスマホを取り出して、操作していく。 「……手を放せ」 と、透が成川をにらんだ。 「放せないな。解放したら逃げる気だろうが」 「逃げねぇよ。カバン取りに行くだけだ」 「必要ない」 「はぁ?」 「あとで持ってこさせる」 「……なに言ってんだよ? 自分で取りに行けるし」 離れようとした透を、 成川が引きよせ、 「弟は(うま)かった?」 と、耳元で言われた。 透が瞠目し、成川を見た。 端正な顔が珍しく歪んでいた。 「………………否定ぐらいしろよ」 「成川……」 「話しは帰ってからだ」 成川は透の腕をつかんだまま、歩きだした。 「せめてカバンっ……」 と、透だ。 「こだわる物でもあるのか?」 「弁当とスマホが入ったまんま」 「必要ない」 「どっちもいるよ。川田さんに作ってもらった弁当は大事っ!」 川田さんは高山家の家政婦だ。 週末と休日はいないが、平日の昼間にはいてくれる中年の女性だ。 「弁当より自分の心配しろ」 と、成川は歩調を弱めなかった。 周囲の生徒達に遠巻きにされながら、始業前に教室から遠ざかる二人だった。 引きずられるようにして昇降口までくると、 「手を放して下さい、成川君」 「自由にしたら逃げる」 そう成川は断言して、自分の靴を履き替えた。 次に、透の靴箱のロックナンバーを解除し、靴を出した。 透が靴を履き替えると、脱いだ上履きを成川が片付けた。 一連の動作は腕をつかまれたまま、無言でおこなわれた。 成川が歩きだしたが、透は動かなかった。 「手を放してくれてら、歩く」 「駄目だ。歩かないんだったら、抱きあげるけど」 成川が透の体に密着してきた。 さらに腰に手がまわってきて、 「ちょっ、わかったから……。歩くから」 「行くぞ」 成川にうながされて、登校してくる生徒がまばらになった校門をくぐって、校外に出た。 通学路を引き返していても、透は成川に腕をつかまれたままだった。 歩いていくと、成川家の使用人である中年の男、野中が路肩に立っていた。 その傍らには黒のセンチュリーが停まっていた。 「将吾様、お迎えにあがりました」 と、野中が成川に頭をさげた。 「急に呼び出して悪かったな」 と、成川が応えた。 「成川?」 と、首を傾げた透に、 「乗って」 と、成川だ。 野中が後部座席の車のドアを開けて(うなが)してきた。 「いや、歩いて帰るし」 「いつまでも路駐出来ないから、早く乗って」 成川にせかされて、透は車に乗り込んだ。 その横に成川が座ると、車は静かに走り出した。

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