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漆 1

迎えの車は成川の家に着き、透は成川と一緒に降ろされた。 武家屋敷を彷彿させる純和風の豪邸の母屋(おもや)と、ローカ続きの平屋の離れのすべてが成川の居室で、透は腕を引かれて連れてこられたのだった。 離れといっても、家族がいる一般家庭が暮らしていけるほどの広さがあった。 成川家は室町時代から続く居合道の宗家だ。 広大な敷地内には居合道場があり、母屋や離れ以外にも大小様々な建物が散在していた。 居合道の他、幅広く企業展開もしており、グループ企業としても有名であった。 成川将吾は、成川家の長男として生まれ、いずれはグループ企業の総帥におさまる予定だ。 そんな立場の成川が、α達が多く通う私立の学校で親交と交流を深めることもなく、中学から公立校に通っていた。 中学1年の時に、透とクラスメイトになり友達になって、今の関係を築いたのだ。 成川は高校生になると同時に、自立を名目に母屋から離れに居室を移したのだった。 母屋の部屋で遊ぶのは気後れがしていた透にとって、離れは気楽に過ごせる場所だった。 だが、今はそれが仇になっていた。 人の気配がしない二人だけの空間に耐え難い緊張感がただよっていた。 「飲まないのか?」 成川は、透に目の前に置かれたコーヒーをすすめた。 二人が向かい合って座るソファーの間にある高級感漂う木製のテーブの上には、手付かずのコーヒーとケーキがあった。 さきほど、成川家の使用人が持参した物だった。 成川は自分のコーヒーを半分ほど飲み終えて、 「違う物を用意させる」 と、成川が言った。 「ごめん。これ飲むから、いらない」 透は一口飲んで、 「熱くない」 「高山は猫舌と、そう伝えてるからな」 「ありがと」 「ケーキは」 「今はいいよ。オレ、家に帰りたいんだけど」 「それ飲んだら話そうか。終わったら、送るよ」 ミルクたっぷりの甘いコーヒーを飲み干すのを、成川はじっくりと見ていた。 「話しって?」 透の問いかけに、 成川が立ちあがって、向かい側から透の横に座った。 「何をどうしたら、弟の(にお)いが、そんなにべったりとつくんだ?」 成川が透の後ろ首をさわってきて、 とっさに透は飛びのいた。 「くっきりと噛みあとがついてるな。番の真似事でもしたのか?」 と、成川が透の頭を両手でつかんできた。 「深水じゃなくて、噛んだのは弟だろ?」 透の頭に顔を近づけ、 「ひゃっ!」 ぺろりと、透の項を舐めたのだ。

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