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「サモナ、オレが『魔界に戻っても他に恋人作るな』って言ったら、どうする?」 少し驚いたサモナの目が、一気にピンクの光に包まれた。 「イエス、マスター♡俺、マスターにだったら専有(せんゆう)されたいです……」 「え、いや、仮にだから。命令とか『魅了』でサモナの気持ちを無理やりどうこうしようなんて思ってないし」 「力のある者に占有されるのは幸せな事なんです。それに今はまだ人間でしかないマスターの『魅了』なんて大した効果はないですよ?」 「へ……へぇ…そうなんだ?」 サモナがでかい図体で可愛らしく小首を傾げ、ピンクがかった目をへにゃりと下げている。 「仮に『魅了』されていたとしても、俺クラスだと好ましい相手の『魅了』しか受け付けないんです。それに俺は魔力が強いのでマスターに『従属(じゅうぞく)』することもありません。だから占有されるかどうかは自分で決められるんです」 どう見てもオレに『魅了』されまくってるし、『しもべ』な時点で従属してる気もするけど、魔界でまでしもべ扱いする気はないし、占有されるのが幸せって感じるんだったらそれでいいのか……? 「でも、本当にオレだけのモノになっていいの?サモナが大悪魔になれなくなるぞ」 「マスターを大悪魔するので構いません。俺はマスターのファーストだから、マスターが強くなれば、俺もどんどん強くなりますし」 ……悪魔にとって最初の相手っていうのは本当に重要なんだな。 「サモナ、その…オレが最初で後悔ない?」 「恋人の印が出たんですよ、後悔なんてする必要ない。普通、人間相手じゃ絶対ありえないんですからね。そうじゃなきゃ身を捧げ終わってすぐにマスターの息の根を止めてリセットしてたかもしれないです」 物騒なことを言いながら太い腕で抱きつき、ひたいをオレの頭にグリグリ擦り付けて甘えてくる。 オレに『永遠の忠誠』を誓ってても、息の根を止めるのはアリなのか……。 そうなると厳密な意味での『忠誠』がどういうことを指すのか理解してないと危険だな。 あとで辞書で調べとこう。 「あ、お前飯とか食うの?」 これから一緒に過ごすんだからこういう確認は重要だ。 「はい。食べますが、こちらの十年が魔界の1日にあたるので三年に一度で充分だそうです。でもそれ以外でもすすめられれば普通に食べますよ」 「え、じゃあ、時間感覚とかどうなの?」 「一時間はやはり一時間として感じるようです。でもこちらで七十年経っても魔界では一週間なので、体は魔界の時間分しか影響を受けません。ちなみにマスターと関わっているとき以外は異空間で寝てるので、こちらに百年いても、もっと短く感じるらしいですよ」 まだ来たばかりなので、本人も聞きかじった知識しかないようだ。 「あ、さっきのビールの代金ってどうしたんだ?」 「マスターの財布からいただいてます」 ……下手に希望を言うと、そのまま買いに行っちゃうのか。 これは注意しないと。 「そういえば、これバイトなんだよな。報告とかどう言うの?子供のすげえしょぼい願いを叶えるだけのつもりだったのに『大悪魔になりたいってお願いされました』とか、想定外もいいとこだろ」 オレの言葉に、サモナが弾かれたようにバッと飛び上がり、キョロキョロと周囲を見回し始めた。 「あ…ああああああああああっっっっっっっっっ!!!」 「お…?なんだ」 天井に張り付いてゴロゴロ転がっている。 子供なら可愛いかもしれないけど、巨体でそれをやられると場外乱闘でのたうち回るプロレスラーみたいでうっとおしい。 「どうしたんだサモナ。こっち来て説明しろ」 肩を落としてノロノロと降りてくる。 「これは召喚カードの検証実験なので、バイトの間のことは全てスタッフにモニタリングされてます…………」 「そうなんだ。今も見られてんの?」 「多分……」 腰が抜けたように、フローリングにへたり込んでがっくりうなだれてるけど、そもそもその条件でバイトを受けたんじゃないのか? 「見られてて何か問題でもあるの?」 「あっっっ、あ…あるでしょう!あんな『ァアンもっと!』的なこと…ああああああっっ……嘘だぁぁぁ」 ああ、あそこも見られてるのか。 オレは見られてる実感ないから全然平気だけど、サモナにとってはバイト先の人だもんな。 「大丈夫だ、サモナ」 肩に優しく手を置き覗き込むと、サモナが引きつった顔をオレに向けた。 「他人のセックスを見てしまったら、最初はびっくりしたり悶々としたりするかもしれないけど、仕事として毎日見てたら、だんだん何とも思わなくなるから」 「……なんでスタッフ目線…。しかも、毎日って。見られてるってわかってるのにもうヤりませんから!」 ふてくされて睨む視線が怖いけど、オレに惚れてるってわかってるから、痛くも痒くもない。 「じゃあさっきの『おチンチン大好き~!中出し最高!』とか言ってるサモナの姿がスタッフさん達に強烈なインパクトとして残っちゃうけどいいの?」 「そ、そんなこと言ってないです!!!!!」 「向こうじゃ一週間くらいなもんなんだろ?最初の一回だけ見てしまった方がすげえ印象に残るぞ。そしてサモナは何十年もおアズケだ。だったら、毎日ヤりまくって、スタッフも『あーまた始めたな』って感じで気にも留めなくなった方がいいんじゃない?」 「え…えええ…?でも見られるのはちょっと」 「気にすんなって。どうせオレがやりたいって言ったら拒めないだろ?それに十年が魔界の一日だとするなら、スタッフさんは一日で3650回他人のセックス観るんだぞ?飽きるよ」 サモナは口をポカンと開けて混乱しているようだ。 「本当に毎日するんですか?」 「いや、仮にだよ。こっちで週一回でも相手にとっちゃ飽きるくらいの回数観ることになるんだから、すぐどうでもよくなるって」 「うう…ですが……」 「もう気にすんなって。サモナ、オレとヤるのイヤ?次にオレがやりたいって言い出したら、拒める?」 「……嫌じゃないですし、拒める気がしません」 がっくりとうなだれてシッポをふるふる震わせている。 「んじゃ、そういうことで。明日八時半出社で会議資料用意するから六時半に起こして」 「イエス、マスター。で、『そういうこと』ってどういうことですか?」 「エッチはヤりたい時にヤり放題な方向で決定な。あ、会議の資料作り手伝ってとか言ったらやってくれたりするの?」 「仕事の手伝いは内容によります。『ヤりたい時にヤり放題』って、仕事中に呼び出してヤるとかは無しにしてくださいね」 「先方からのパンフとデータの出力紙をセットしてくれるだけでいいんだけど。オレは集中タイプだから、仕事は仕事、エロスはエロスで分けるし大丈夫」 「イエス、マスター。お手伝いいたします」 「ああ、マジ助かる。しもべ最高!」 ……って、あれ。 でも、待てよ。 悪魔と契約交わす場合、命だとか残りの幸せ全てとか、対価がつきものだよな。 「サモナ、正直に答えろ。お前がしもべとして働き、願いを叶えるにはオレも何か対価を支払わなきゃいけないんじゃないのか?」 「はい。そうですね」 やっぱりそうか。 悪魔だもんな……何を対価として要求されるのか少し怖くなってきた。 でももう願いも言ってしまったし、どうしようもない。 「サモナ、今回この一連の契約で、オレが支払う対価はなんだ?」 どうしても硬い表情になってしまう。 死んだ後なら魂を取られたって構わない。 けど、オレは死後悪魔になる予定だ。ってことは対価は魂じゃない。 『このあとずっと不幸が続く』とか『周りの人が死んでいく』とかだったら嫌だな。 「対価は、ですからお話した通り悪魔召喚カードの……ああ、そうか」 サモナがポリポリと頭をかいた。 「まだお話ししていないことがありました」 さっと床に正座してオレに向きなおり、真面目な顔になる。 「悪魔召喚カードは普通は店頭で一枚二十円で売られています。でもその中にマスターが引き当てた『本当に悪魔を召喚できるカード』が混じっていて、それだけがなんと倍以上の五十円を請求されてしまうんです」 「二十円が五十円……?」 「あ、ぼったくりだ…とか思いました??? でも、三十円プラスで本当に悪魔召喚できるってお得じゃないですか?」 「…………三十円プラス…それが対価?」 「そうです。その三十円が意外に厄介で、子供相手だとなかなか買ってくれなくて、買うのをやめたり別のカードに変えたりするんですよね」 「へぇ……」 「でも、その三十円の壁を越えた者だけが本物の悪魔召喚カードを手にできるんです」 「へぇ……」 二十円だと思ってたのに駄菓子屋のおばちゃんに『五十円ね』と言われ、やっぱりいらないと言い出せずに震えながら小銭を出す子供の姿が思い浮かんだ。 「サモナ、対価ってそれだけ?後出しで『実は…』みたいなのナシだぞ」 「はい。悪魔召喚カードの本来の目的は若い悪魔ターゲットの『人間界へちょい旅』ツアーですので」 これだけきっぱり言うんだからきっと本当にそうなんだろう。 悪魔のしもべがカードも含めて五十円か。 お得すぎる。 デキる男なオレはやっぱり運も持ってるんだな。 「サモナ、やっぱ明日は七時に起こして。で、資料作りを手伝った後はコインランドリーででシーツと毛布を洗っといてくれる?」 「イエス、マスター」 「んじゃ、このままソファで寝る。おやすみ」 「おやすみなさい、マスター」 サモナが部屋の照明を消してくれた。 そう言えば………サモナのバイト先の悪魔は電気を消した暗い中でエッチをしても見えるんだろうか。 ま、オレはエッチの時は電気消さない派だから、どうでもいいけど。 ◇ ……。 …………。 闇の中オレの顔を覗き込んでいる気配がある。 ……パッと目を開けたら、そこには凶悪な微笑みをたたえたサモナの顔が。 つり上がった目がグリーンに光り、禍々しいオーラが立ち昇っている。 驚き起き上がろうとするが、まるで鎖で繋がれでもしたようにオレの体は動かない。 サモナが吊り上がった口からちらりと赤い舌を覗かせ、闇にほの青く光る釜を振り上げると、その鋭い切っ先をオレの心臓に……。 ……。 そんな不安に襲われ、恐る恐る瞼を持ち上げた。 闇の中、視界いっぱいにサモナのイカツイ顔が………。 「うっわっっっ……!これは…その……」 サモナが慌てて離れる。 「何しようとしてた?」 「……何でもないです」 目をそらしてもごもごと言い訳している。 そのくせ何かを訴えるように、チラチラとオレを見る。 この目は……? ああ、そうか。 「…………サモナ、来い」 サモナの頭に手をやってグッと引き寄せた。 「お前、何してた?」 「何でもないです」 「嘘つけ」 「別に…大したことでは」 サモナがうつむいたままそわそわ落ち着かない。 しっかりとした顎をクイッと掴んでオレの方を向かせる。 そして、スッと顔を近づけた。 「正直に答えろ。おやすみのキス、したいんだろ?」 ニッと笑うとサモナの目がトロンととろけた。 「…………イ、イエス、マスター」 「おやすみのキスくらい、言えばすぐしてやったのに」 「そ、そ、そ、そんなん、言えるわけないやん」 「これからは、キスして欲しかったらちゃんと可愛くお願いしろ。そしたらすぐにしてやるから」 「イエス、マスター。うう…お願いすら難しいのに…可愛くって…」 「ほら、練習だ言え。可愛くな」 「ええっと…。マスター、あなたのしもべに唇をお与えください」 「……全く可愛くはないけど、それも悪くないな」 サモナの目を見つめ、ちゅ…ちゅ…とキスをする。 それにさらにサモナがキスを重ねた。 ついつい舌を差し込み、サモナの口内をくすぐってしまう。 おやすみのキスにしては少し濃厚だ。サモナの目がまたピンクに染まってきてしまった。 けど、さすがに今日はもう『おやすみ』しないとな。 ……。 駄菓子屋で五十円でオレに買われたサモナの、魔界でのバイト代はどのくらいなんだろう。 どうでもいいことを考えながら、オレは毛布にくるまり眠りに落ちた。 けど……。 「ほっぺにちゅっちゅ、ちゅっちゅ、うるせぇ!静かに寝かせろ」 「わっっ!!すみません、マスター!」 バサバサと羽音をたて離れたけど、すぐに重みのほとんどない体がオレに寄り添った。 所詮駄菓子屋で五十円の頼りない『しもべ』だ。 けど、こんなダメなところも可愛い。 これから死ぬまで……いや、死んでも一緒かもしれないんだし、学生バイトなりに精一杯しもべとして頑張ってくれよな、サモナ。 《終》

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