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第4話 落とし忘れの口紅
コピーが完了した資料を手に、会議室へと入った。
ばちん、ばちん。
長机の端から3つめの席に腰掛け、ソート出力された資料を1部ずつまとめていく。
「お疲れ様でーす」
間延びした声を発しながら、A5サイズのスケジュール帳とペンケースを手にした網野が、会議室へと入ってきた。
ちらりと網野を一瞥し、手元へと視線を戻す。
「お疲れ。まだ早いだろ?」
腕時計を見やれば、まだ会議の開始まで15分ほどの時間があった。
「前の商談巻いて、早めに帰ってこれたんで。手伝いますよ?」
俺の隣のパイプ椅子を引いた網野は、すっと腰を下ろした。
「これ、止めればいいんですか?」
網野は、腕を伸ばし、互い違いに重なっているワンセットを手に取った。
「あぁ。悪いな。俺の仕事なのに」
視界の角に映り込む網野の手に、ドキドキしてしまう。
網野の小さな優しさに、胸が鳴る。
ペンケースから、小さなステプラーを取り出しながら、網野が口を開く。
「別に気にしなくて、いいですよ。時間も手も空いてるんで。立ってるものは親でも使えっていうでしょ」
ふっと小さく笑った網野の瞳が、俺を見ている気がした。
俺の視線は、ずっと手元に落としっぱなしだ。
いつも以上に近い距離に、心臓が煩くて、視線を上げられなかった。
すっと俺の視界に、網野の髪が入り込んできた。
釣られるように向けた瞳に、至近距離の網野の顔。
「なっ?」
驚きに身体を引く俺に、網野は、じっと顔を見やり、口を開く。
「口紅…、つけてます?」
………ぁっ!
俺は、慌て唇を右手の甲で隠した。
口紅の試し塗りをしたままに、来てしまっていた。
「あ、いや、販促のキャッチ考えるのに、塗り心地を確認してて、…っ」
恥ずかしすぎて、目が游ぐ。
擦ったら、余計に広がるよな。
メイク落とし取りに行く暇、あるか?
……ねぇよなぁ。
綺麗とも可愛いとも似つかない、むさい男が口紅塗ってるとか、気持ち悪い以外、何もねぇ……っ。
羞恥の感情が、一気に心を埋めつくし、顔が赤くなるのを止められない。
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