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第5話 吸いつくような心地好さ
「見せてくださいよ」
放たれた網野の言葉に、誘われるように瞳を向けてしまう。
ぐっと捕まれた右の手首に、抵抗する隙もなく、口許から剥がされてしまった。
顎を捕まれ、くいっと顔を上げさせられる。
左右から俺の顔を観察する網野に、半端ない恥ずかしさに居たたまれなくなる。
視線を合わせるコトが躊躇われ、俺の瞳は、右へ左へ逃げ惑う。
「うん。主張しすぎない可愛いオレンジですね。ナチュラル感もありますね」
パニック状態の俺には、網野の言葉など、右から左にすり抜けていく。
視角の端から、すっと近づいた網野の顔。
ちゅっと小さなリップ音が、耳に響いた。
唇に柔らかな感触が、触れ去った。
ん? んん??
俺と網野の唇同士が、触れ合った?!
キス……された?!!
「………っ」
大きく瞳を開き、息を詰める俺に、少し斜め上を向き、考えるような表情を見せた網野は、何かに納得するように軽く頷き、視線を戻した。
「ベタつく感じもなくて、吸いつくような心地好さでした。乾燥してる感じもないですし、調度良い湿り気…といいますか、触れた感じは悪くないですよ」
淡々と紡がれる感想に、俺の心は、キャパオーバーだ。
掴んでいた俺の手首を放した指で、自分の唇を指しながら、顎をトントンする網野に、驚いたままの瞳を瞬く。
しろってこと? キス返せって?
え? なんで?
おろおろしている俺に、網野が焦れた感じに声を放つ。
「ついてます?」
質問が理解できない俺は、網野に顎を捕まれたまま、首を傾げる。
「その顔は、移ってないみたいですね」
網野は、親指で自分の唇を撫で、指先を確認した。
…ぁ、口紅の色移りの話か……。
てか、キス返せなんて言うわけねぇじゃん。
なに考えてんの、俺……。
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