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第7話 キスが前提の口紅ってなんだよっ

 すっと椅子から離れ、しゃがみ込んだ網野も、床の資料を拾ってくれる。  考えれば考えるほどに、変に期待した自分に、羞恥の思いが心を埋めた。  かぁっと赤く染まる頬に、俺は、無意味に床を睨みつける。 「い、今の女の子にやったら、セクハラだからなっ」  恥ずかしさを苛立ちで誤魔化しながら、荒く声を放った。 「女の子じゃなきゃいいんですか? 鞍崎さんにとってはセクハラじゃない?」  赤く染まる顔を覗き込もうとする網野に、俺は、逆側の資料に手を伸ばし、その視線から逃げる。 「男が男に…まして、後輩にキスされました、セクハラされましたなんて、言えるわけねぇだろっ」  だめだ。耳まで赤くなってきた。  余りの恥ずかしさに、熱が引かない。 「また、試したい口紅あったら、協力しますよ」  クスクスとした笑いを交えながら、冗談めかしに紡がれる網野の声。 「うるせぇっ」  破れかぶれに、言葉で網野の口を閉じさせる。  キスが前提の口紅ってなんだよっ。  そんな商品ねぇよっ。 ――ガチャリ。  会議室の扉が開かれる。 「おぉ、網野。早ぇな」  網野の背中に向け声を放って、会議室に入ってきたのは、営業部の部長だ。  部長は、俺たちのいる座席の向かい側の列へと足を進めた。 「ん? 鞍崎も居たのか」  俺は、微妙に網野の影になっていたらしい。  171センチの細身の身体は、上手い具合に、網野の影になっていたらしい。 「お疲……」  顔を上げようとする俺に、網野は腰を上げ、部長との間に入り込む。 「部長、あの稟議書、通してくださいよ。俺、めっちゃケツ叩かれてるんですからっ。早くしないと、別から買うぞって脅されてんですよぉ~」 「あぁ、悪い、悪い」  片手で網野を制した部長は、奥の席に腰を下ろし、手にしていたノートパソコンを開いた。

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