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第8話 使用済みマスク
部長の動作を瞳で追いながら、網野は自分の上着のポケットを漁る。
ポケットから少し縒れたマスクを取り出した網野が、それを俺へと差し出してきた。
「落としてる時間ないですよね? 俺がさっきまで使ってたので申し訳ないですけど……、使います?」
俺が口紅をつけているなど、見る人が見ないとわかないかもしれない。
でも、指摘されてしまったからには、意識してしまうのは否めない……。
「借りる。悪ぃ」
何もないよりはマシだと判断し、差し出されたマスクを受け取った。
「いや。返さなくて良いです。使い捨てのヤツですから」
拾った資料を腿の上に乗せ、縒れたマスクを広げた。
両手で持ったマスクに視線を向け、思わず固まった。
……間接キス?
ジュースの回し飲みより、濃厚な気がした。
いや、キスしたあとに、間接キスにドキドキするのも変だけど。
でも、心臓が……煩い。
「網野。取り敢えず、承認印押しといたぞ」
飛んできた部長の声に、慌てた。
…そんなこと、考えてる場合じゃなかった。
ぶんっと頭を振るった俺は、意を決し、マスクを装着する。
するりと視線を上げ、網野へと瞳を向けた。
調度良い具合に、マスクで頬の赤さは隠された。
「これ返すんじゃねぇよ。新しいの返すっつってんの」
マスクを摘まみ、軽く引きながら、籠る声で返答する。
「ですよね」
俺の言葉に網野は、照れたような笑みを浮かべた。
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