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第9話 反則のプルつや <Side 網野

 平常心を装い、会議を乗り切る。  会議の終了と同時に、トイレの個室に駆け込んだ。  鍵を閉めて、顔を覆って、しゃがみ込む。  ガンっと膝を個室の扉にぶつけた。  そんな痛みより何より……。  あの、つやプルの唇は、反則でしょっ。  何もするなって方が無理だろがっ。  あーっ、折角ならベロチューしとけばよかったー!  要らぬ反省をし、俺は大きく息を吐き、気持ちを落ち着ける。 『男は、女のどんな些細な変化にも気づき、誉めるのが仕事だ。それが家庭円満の秘訣であり、モテる男の条件だ』  そう父から言われ続け育った俺は、女の子の些細な変化も見逃さない。  髪の毛長さ、睫毛の長さ、口紅の色。  あまり意識しなくても、何とはなしに気づいてしまう。  …別に女にモテたくはないのだが。  俺がモテたいと思うのは、ただ1人。  販促マーケの鞍崎さんだけ。  この会社に就職したのも、鞍崎さんと一緒に働きたかったからだし、あわよくば、付き合いたいと思っている。  既に、フラれてるんだけど……。  俺が初めて鞍崎さんに会ったのは、4年前。  大学3年の時。  いつものように、今夜の相手を探して訪れた『Bar・Treffen(トレッフェン)』。  カウンターに9席と、ボックスが4席で、従業員も3名ほどのあまり広くないバーだ。  俺たちの間では、発展場として有名な場所。  そりゃ、長く付き合えるような相手に出会えるに越したコトはない。  一夜限りなんて、実のない恋愛を好んでしている訳じゃなかった。  でも、この人しかいないって相手に出会える確率なんて、宝くじで高額当選するくらい難易度が高いコトだと思っていた。

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