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第12話 ユリさんが思う鞍崎さん
「息抜きさせてるの。相手を探しに来るんじゃなくて、自分の会社の商品売り込みに来なさいって言ってあるの」
チークを手に取り、顔の横で振る。
ふふっと笑ったユリさんは、言葉を繋ぐ。
「化粧品の会社で働いてるんだけど、営業が性に合わなくて販促に異動なったみたいなのよね」
「はんそく?」
ユリさんの言葉がわからずに、俺はそのまま言葉を返す。
「販売促進マーケティング部…だったかな? 要は、どうやってお客様に商品を買ってもらうか考える部署なの」
へぇ~と、小さく相槌を打つ俺に、ユリさんは言葉を繋ぐ。
「ま、営業よりは性にあってるわよね。…わかるでしょ? コミュ障っぽいし、人見知りだし、完全に営業向きじゃないわよね」
くすくすと笑ったユリさんは、自分のグラスを傾け、泡の消えかけたビールを含んだ。
「自分の性癖、隠したいのよ。だから、人と深く関わろうとしないの。いつも変なところに力が入ってるのよね。あんな風に生きてたら、疲れちゃうんじゃないかなって、心配になっちゃう」
ふぅんと、疲れたような、呆れたような息を吐いたユリさんは、店の端から端まで視線を滑らせた。
「ここなら、隠したり飾ったりしなくていいから、少しは肩の力も抜けるかなって思ったんだけど……変わらないわね」
両手を広げ、お手上げのポーズをして見せてくる。
軽くディスりながらも、本気で鞍崎さんを心配しているコトだけは、きちんと伝わっていた。
「普通に生活して、自分の性癖隠して、恋愛になんて発展するわけなくない?」
軽く腹立たしさを滲ませながら、ユリさんは、俺に同意を求める。
「異性でも恋人見つけるの難しいってのに、同性同士で何もしないで見つけようなんて、もっと無理に決まってるじゃない」
バカじゃないの? とでも言いたげに、ユリさんは、呆れた瞳を鞍崎さんが消えた扉へと向けていた。
その後も、何度となくバーで鞍崎さんを見かけた。
でも、声を掛けても、冷たくあしらわれるのが目に見えているし、あの日のように帰ってしまうかもしれない。
数少ないだろう鞍崎さんが安らげる休息の場から、追い出すようなことは、したくなかった。
俺は、少し離れた場所で、見詰めるだけの日々を送っていた。
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