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第25話 誰が失恋したんだよ
「そんなの塗らなくても、いくらでもしますよ、キスくらいっ」
網野は、腹が立つと言わんばかりに、苛立たしげに声を放ち、俺の両手を解放した。
「キス…くらい、な」
捨て置けない言葉に、俺のムカムカが再燃した。
苛つく感情のままに、網野を睨む。
「お前にとっちゃ、何てコトない挨拶程度の感覚なわけだ。やっぱ、チャラいじゃねぇか」
ケッと吐き捨てる俺に、網野はムキになる。
「違う、違いますっ。好きな人なら、押し倒したいと思うもんでしょ? それに比べたら、キスなんてかわいいもんでしょうがっ」
ふんっと、自慢気に鼻を鳴らした網野は、言葉を繋ぐ。
「ユリさんが塗ったってしないですからねっ。俺は、鞍崎さんだから、するんですっ」
むすっと放たれた言葉に、意味のわからない網野論に、俺の苛立ちが萎れていく。
「もっと思いっきり舌突っ込もうかも思いましたけど、これでも頑張って我慢したんですっ」
下心だらけの欲望ぶちまけてんじゃねぇよ。
俺が網野を好きじゃなかったら、ドン引きしてるぞ……?
「可愛いキス顔、ユリさんに見られるの癪だからっ」
一転して泣き出しそうな顔をする網野。
出てきた名前に、気配を消していたユリさんの存在を思い出し、視線を向けた。
瞳の先で、ユリさんは、によによと微笑んでいる。
……キス、見られた。
完全に、公開処刑じゃねぇか……。
魂抜けそう……。
「でも、……もう無いですよね。最初で最後のチャンスだったぁ」
うわぁんと効果音でもつきそうな様相で、網野は嘆く。
「ユリさんのせいで失恋早まったんですから、慰めてくださいよっ」
むっとした、いじけ顔になった網野は、消化しきれない寂しさに、ユリさんに絡もうとした。
ユリさんへと向けられた網野の顔に、俺は両手でその頬を挟む。
首が、ごきり音を立てそうなほどに手荒く、網野の顔を自分へと向けた。
「誰が失恋したんだよ」
自分の言いたいコトだけ言いやがって。
俺の言い分も聞けよ、アホっ。
キョトンとした網野の瞳が、俺を見やる。
「確かに俺は、チャラいヤツが好きじゃねぇ。ワンチャンでえっちして、放られるの目に見えてるから、そんなヤツとは付き合えねぇ」
網野は、うるうるとした瞳のまま、じっと俺を見詰めてる。
「でも、お前は違うんだろ? ずっと好きだったんだろ?」
俺の質問に、網野は頬を包まれたままに、うんうんと頭を立てに振る。
「えっち出来たら、捨てるか?」
今度は、俺の両手を振りほどかんばかりに、横に振るう。
「チャラいヤツは嫌いだけど、……」
ぴたりと止まる網野の動き。
心配そうな、不安そうな、頼り無さげな瞳が俺を窺う。
「…お前は、好きだ」
俺の一言一言に、全力で答える姿が、可愛いすぎて、無意識に口角が上がった。
俺の渾身の告白に、網野が固まった。
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