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第38話
怖いくらい普段通り…。
薫は大人しく黙って仕事をこなす。
先輩が学会から帰って来て一週間、いつもと変わらず、いや、それ以上に静かで…怖い…。
「ちょっと三階に行ってきます」
手に持った書類を振ってお仕事をアピール!
「柴と逢い引きか?早く戻れよ」
あぁ、課長…余計な事を…!
薫は課長の言葉にスルーを決め込んでいる。
油断すると鼻唄が溢れそうになる口元を、キリリと結んで階段を駆け降りた。
自動ドアに付いた窓から覗き見ると、先輩はアッセイの途中らしく測定器のPCに向かって作業をしていた。
あ~カッケー…。
細身だから白衣が少し余っちゃうんどけど…それがまた善きかな~。
「志摩、ヨダレ」
急に後ろから声を掛けられて必要以上にビクッと驚いてしまった。
「田中さん…驚かさないでくださいよ…」
「中、入れば?」
ハイハイ、入りますよ。
「先輩~、学会で見たこの先生の発表…別の雑誌に追加の論文が載ってましたけど…見ました?」
冷静に…冷静に…。
「ん?志摩…」
急に視線をずらしたから眼鏡がずり下がって…直してあげたい…。
さりげなく隣に移動…。
「これです、取り寄せします?」
「う~ん…」
体を寄せて覗き込むように顔が近づいて…
「あぁ…必要ない」
「え?いいんですか?」
「金曜に会うから直接もらう」
…な、な、何それ?
「お知り合いですか?」
「…うん、まあ」
そういうことじゃあ…とプリントアウトした紙をファイルにしまった。
「珍しいですね。懇親会ですか?」
「いや、個人的に会うだけ」
…聞き捨てならない!
「僕も会ってみたいなぁ」
チラッ、あれ?無視?
「付いて行っていいですか?」
チラッ、あ、目が合った!ドキッ!
「…聞いてみる」
うっ…即決してくれない…。
仕事をサボってる訳じゃないけどそう思われるのも心外なのでここで引き下がろう。
「先輩、ライン下さいね~、あ、田中さん、お邪魔しました」
検索 検索…。
源 雅貴(みなもと まさき) 32歳、K大学で助教か…出世組だな。
こんな人と知り合いなんて凄い。
おまけにイケメン。
クールというか、冷たい感じがする。
研究内容は…まあ、同じ学会に行くんだから似たような似てないような…。
先輩がその人に会う理由を…僕は知らなかった。
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