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第44話

泣きたいのは僕の方なのに、薫が涙を溢している。 ごめんなさい、とひとしきり泣いていた。 「僕は志摩ちゃんを苦しめたい訳じゃないんだ」 縛られていた腕は自由になったがギシギシしてちょっとだけ痺れている。 「…柴田さんの過去を知ったら…僕の方を向いてくれるかな、なんて思って…」 「…それでも」 上手く言葉が出てこない。 「…それでも、僕はユキさんのことを愛してる…」 薫は寂しそうな顔をして俯いた。 肩が震えているから泣いているのかもしれない。 僕は気づかないふりをして下着を履き、シャツとズボンを身につけた。 今、薫に優しくしてはいけない。 ユキさんを裏切ることになるし、薫に未練を与えてしまう。 「薫が止めてくれてよかった。僕は帰るよ」 薫の返事を待たずにホテルの部屋を出た。 真夜中…いや、もうすぐ夜が明ける。 すぐにユキさんに会いたい…。 タクシーを捕まえてユキさんのマンションまで来た。 今から行きます、と連絡だけは入れておいた。 こんな時間、迷惑でしかない、絶対。 …でも、どうしても会いたい。 初めて合鍵を使って部屋に入った。 ユキさんとお付きあいを始めた時に交換した物だ。 そっと足音を消して寝室の扉をあけると… …そこにはベッドに腰掛けているユキさんがいた。 「…こんな時間に、ゴメンね」 僕を見つめるユキさんは少し寂しそうだった。 「…聞いた?」 「何をですか?」 問い返せば困った表情になり…ユキさんは黙ってしまった。 「…違うんです。僕はユキさんに会いたかったから来たんです」 隣に並んでベッドに腰を掛けた。 「…ん、ありがとう…」 ユキさんが僕に凭れかかる…。 触れあう肩が暖かい。 「ユキさんを抱き締めて眠ってもいいですか?」 ユキさんは黙って頷いた。 言葉通りにユキさんを胸に抱き締めてベッドに入った。 髪に鼻を擦り付け、大きく息を吸った。 …ユキさんの匂い…好き…。 この愛しい人を胸に抱く喜びを失くしたくない。 …いつまでも…いつまで…も…… …ああ、僕の大好きなひと… …手を…手を伸ばしても掴めない… …嫌!足首を捕らないで! …やだ、やだ、嫌だ! 僕の足を掴む、歪んだ口元。 …ぞっとした。 大勢の男達の腕にまさぐられ、嬲られ、汚された。 その男達の向こうで…一人の男が僕に射ぬくような視線を送っている。 それが誰なのか…今…思い出した。

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