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第5話

葉山が帰って行った後、起きた出来事を菅野は話せずにいた。 妊娠のことも。 両親の行動に嫌な予感がしていたから。 そして数日後、菅野は自宅で腹痛に襲われた。 とんでもない激痛で、そのまま倒れこみ、気を失った。 気が付いた時、菅野の下肢は真っ赤に染まっていた。 Gパンもリビングのカーペットも。 腹痛はまだ残っていたけれど、動けないほどではない。 すぐにバスルームに駆け込んでシャワーを浴びた。 出血はいつも葉山を受け入れているところから。 しばらく洗い流していると止まった。 何が起きたのか、だんだんと理解した。 流産した。 させられた。 あの赤い液体に。 バスタオルだけ羽織って、洗濯機に赤く染まった服を入れた。 洗濯槽の水流がみるみる赤く染まって、ぐるぐると渦を巻く。 しばらくぼうっとそれを眺めていると、物音がした。 振り返ると母親が泣きそうに顔を歪めて見つめていた。 その母親を押しのけるように二階に駆け上がって、ベッドに倒れこんだ。 そしてやっと涙が溢れてきた。 殺された。 両親に。 葉山から貰った命だったのに。 悔しくて悔しくて。 ひたすら泣き続けた。 それから菅野は自宅では一言も喋らなくなった。 いってきます、や朝晩の挨拶も、休日葉山と遊びに出るときも何も言わず出て行った。 さらに数日後、父親にまた小さな箱を押し付けられた。 こんなもの、使わなくても分かりきっている。 自分でわかる。 そう思ったが、大人しく無言で応じた。 陰性。 菅野は自分で確認することもなく、部屋へ戻った。 反抗的な態度を取るわけでもなく、ただただ無言なだけだったが、父親は度々怒鳴りつけてくるようになった。 それでも菅野は黙って、両親の顔を見上げることもなく、怒鳴り終わるのを待って、何も言わなくなると自室に戻っていった。 繰り返し繰り返し。 この頃の菅野には自宅ほど苦痛に満ちた空間はなかった。 それは両親がいても居なくても変わらず、だからいつも葉山の家に行った。 葉山家は変わらず暖かかった。 母親も優しく接してくれたし、父親も面白くて、一緒に過ごすと笑わない日はなかった。何も言って来てないにも関わらず、外泊したことも度々あった。楽しくて、嬉しくて。 だから余計に自宅が嫌だったのかもしれない。 その日、酔った父親が菅野の部屋までやってきて怒鳴りだした。 何を考えてるんだ、返事ぐらいしろ、そんなことを喚かれる。 それでも無言でいると、頬を殴られた。 衝撃に飛ばされて、床に倒れこむ。 その菅野との間に母親が入り込んで、涙ながらに訴え続けていた。 殴らないで、乱暴しないで、そんな声でさえ遠くに聞いていた。 菅野は殴られた頬を抑えもせず立ち上がると、また黙ったまま。 顔も上げず、呻き声すらあげなかった。 もっと強い痛みを知っていたから。 痛くもなんともない。 そんなことを考えていた。 二人が部屋から出て行くと、初めて顔を上げた。 ぐっと拳を握りしめ、ドアを睨みつけた。 次の土曜日。 菅野はありったけのお小遣いとお気に入りの服をバックに詰め込んで、自宅を出た。 大きすぎて邪魔にならない程度のバックを選んだ。 葉山とは駅で待ち合わせる。 葉山が来る前に全財産で2人分の切符を買った。 いつもの笑顔でやってきた葉山に「行きたいところがあるから、一緒に来て」とだけ告げた。 車窓から見える景色を二人で眺めて、ゲームの話をしたり、学校のことを話した。 終電まで来ると、そこから別の電車に乗った。 「どこ行くんだよ」 「まだ内緒」 そう言って笑った。 また終電まで来るとまた別の電車に。 さすがに葉山が眉を寄せた。 「どこ行くんだよ」 「この先の終点だよ」 切符を買った時、辿り着ける駅は確認していた。 終電に着いた時には、外は薄暗くなり始めていた。 「あ、海がある!行ってみようぜ」 不審がる葉山の腕を引っ張ってねだると、ちょっと困ったような顔をしてから、歩き出してくれた。 夏でもない砂浜。 日も傾いていたから、人気もない。 すこし風が冷たかったので、近くにあった小屋に勝手に入り込んで話し込んだ。 葉山は菅野がねだると、応じてくれた。 行為にも2人はすっかり慣れた。 重ねるだけだった唇も、舌を絡め吸い合う。 撫でるだけだった葉山の手も、菅野の快感を探して自ら動く。 知っている菅野の性感帯は積極的に触れ、菅野を追い込んだ。 菅野も葉山の身体に何度も手を伸ばす。 「ちょ、あんま触んなよ」 すぐそう言われて振り払われるが。 それがイキそうだから、というのはわかっているので、菅野はわざと手を伸ばした。 挿入も随分スムーズに出来るようになった。 葉山が慣れて解し方のコツを掴んだようだし、菅野の入口も行為に慣れて柔らかくなるのが早くなった。 「挿れるよ?」 繋がる際に葉山は必ず尋ねる。菅野はそれに頷いて答えた。 ゆっくりと侵入してくる感覚は、圧迫感をやはり起こした。 けれど葉山の熱がじわりと広がり始めると、圧迫感より快感が増す。 「ああ」 菅野が喘ぐのを合図に、葉山が律動を刻み始めた。 「ひ、あ、あああ、あ」 時々、菅野が一番感じる部分を掠めたり擦ったり、すっかり勝手知ったる内部を菅野が感じるままに犯す。内部は熱を持って蕩けるように葉山に絡みついてくる。 「はあ、ヒロ、でる」 「ん、おれも、将樹」 二人同時にイキたがるのはいつものこと。 寒くても二人で抱き合えば寒くなかった。 あれから何度か体は合わせていたけれど、やっと両親に知られる前のような気持ちで、葉山の与える快感に酔うことができた。 そのまま寒さをしのぐように抱き合っていると、不意に菅野の頭を撫でながら葉山が言った。 「昨日さあ、母ちゃんが荷物持ちについて来いって言うから、スーパーに行ったんだよ」 「…お前って、ほんと、唐突に話しだすよね」 菅野が笑うと、葉山もにかっと笑う。 「そこでヒロの母ちゃんに会った」 「…………」 「あれ以来だったからさ、びっくりして二人でペコペコ頭下げてきた」 「下げなくていいよ、そんなん」 「そしたらさ、お前の母ちゃん言ってくれたんだよね。こちらこそすいませんでしたって」 「………」 「浩人をよろしくお願いしますってさ」 「………」 「おれ、任せてくださいって言っといたから」 その様子が容易に想像できて、菅野は笑った。 「ほんと、頼むぜ」 「うん。でさ」 「なんだ、まだ終わりじゃなかったのかよ」 「うん。お前の母ちゃんがさ、息子は元気でしょうか?って」 「…………」 「病気はしてないでしょうか、笑っているでしょうかって聞くんだよね」 「………」 「おかしいと思ったんだけど、元気です、病気もしてないし笑ってるって答えたんだけどさ。母ちゃんがなんでですかって聞いたら、お前、家で全然話さないんだってな」 「……話すことがないから…」 家でのことは葉山には何も話していない。 葉山が気にするのはわかっていたから。 「んなわけねーじゃん!それだけならあんな聞き方するはずないって俺の母ちゃんが言ってた!」 軽く荒げられた声にびくりとする。 葉山が今日その話をするためタイミングを計っていたことを知った。 「………」 「ヒロってば!」 肩を揺するように掴まれて、菅野はわざと明るい声を出しながら、その腕に手をかけた。 「いいじゃん、そんなの。それよりさ、これから…」 「ヒロ!」 葉山が体を起こして菅野を怒ったように見下ろした。 それを見ていると、理不尽さに腹が立ってきた。 「なんで俺が怒られんだよ!悪いのはあの人たちだろっ‼︎あの人たちが、俺にしたことに比べればっ」

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