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第6話

言い放ってから、菅野は思い直すように口をぎゅっと閉じた。 「何、されたんだよ」 その様子を見ていた葉山が急に声のトーンを落とした。 「……」 菅野はさらに唇をきつく閉じ顔を背けた。 「ヒロ!」 その顔を掴まれて、葉山と正面に向き合わされる。 「答えろよ」 真剣でまっすぐな葉山の瞳に射抜かれて、菅野は渋々全てを話した。 妊娠のこと。 赤い液体のこと。 流産のこと。 「だから俺、あの人たちとは話さないって決めたんだ。いつかあの家を出るまで」 「………。ヒロ…」 ぎゅうっと葉山が抱きしめてくる。 「…ごめん、知らなくて、そばにいなくてごめん」 肩口で小さな声がする。 「将樹が謝ることじゃないよ。全部、あの人たちが悪いんだ」 その背中に腕を回した。 「自分の親をそんな風に呼ぶなよ」 「なんでだよっ!」 思わず声を荒げた菅野に、やけに静かな葉山の声が答える。 「仕方ないって、俺たちまだ子供じゃん」 「はあ⁈将樹らしくなく分別いいじゃん⁈わかってんの?あの人たち、殺したんだよ⁈俺たちの子供を!」 抱きしめてくる腕に力が入る。 「わかってるよ!…でも、仕方ないんだよ、ヒロ。ごめん、ごめんね」 涙声にも聞こえる小さな声だった。 「…だから、なんで将樹が謝るんだよ…」 きゅうっと胸が締め付けられる。 葉山を悲しませたかったわけじゃない。 自分一人で解決するつもりだったのに。 「ごめん」 ぎゅっと抱きしめてくる葉山の体が少し震えていた。 辛くないわけない。 そう聞こえた気がして、菅野も抱きしめ返した。 ごめん、菅野も心の中で繰り返す。 「…帰ろう…」 不意に顔を上げた葉山に、菅野は思いっきり顔をしかめた。 「やだよ」 菅野の答えに気付いていたのか、葉山が溜息をついた。 「お前、何も言わずに出てきてるんだな?…初めから、帰らないつもりだった?」 「………」 二人で枕にしていたバックを葉山が見下ろした。 「中身、なに?」 「……服とゲーム…」 「………」 大きな溜息。 「変だと思ったんだ、いつも荷物なんか持ってないのにさあ」 そう言いながら、菅野の腕を引っ張って二人で立ち上がるとバックを拾って歩き出した。 「帰るぞ」 菅野の腕を引きながら、早足で歩き出す。 「帰れねーよ!俺もう金持ってないから」 葉山が足を止めて振り返った。 「俺だって金持ってるよ」 「…ここまでの切符、二人で一万ぐらい使った。…持ってきてるのかよ」 菅野が目だけで葉山を見上げると、葉山が呆然としてるのが見えた。 「…………」 そして自分の髪をぐしゃぐしゃにする。 「あーもう!一文無しで、これからどうするつもりだったんだよ!お前にしては考えなしじゃんか!」 「二人でバイトでもすればなんとかなるだろ!」 「ばか!未成年が簡単に働けるわけねーだろ⁈親に連絡されるに決まってんじゃんか!」 「…………」 そこまで考えが及ばなかったことに言われて初めて気がついて、我ながらかなり冷静さを欠いていたことを情けなく思った。 呆然とする菅野を葉山がまた抱きしめた。 「…ごめんな…」 「だからぁ、将樹が謝るなよ…」 「ん、ごめん」 しばらく抱きしめていた葉山がまた、菅野の腕を引きながら元気よく歩き出す。 「とりあえず!ここどこだよ?」 「…しらね…」 菅野は諦めたように葉山に引かれるままについていく。 葉山はしばらく歩いて、コンビニを見つけると近づいて行った。 「ここにいろよ。どこにも行くなよ」 そう念を押して、一人で中に入って行った。 「…行かねーよ…」 独り言のように呟いて、縁石に座り込み膝を抱えた。 葉山も賛成してくれると思っていた。 一緒に、あの人たちから逃げてくれると思っていた。 なんだか少し裏切られた気分だった。 「とにかく、迎えに来てよ。あとで全部話すからさ」 葉山の声に振り向くと、葉山が携帯で電話をしながら店から出てきた。 「うん、大急ぎでね。うん」 そう言って電話を切ると、菅野の隣に座り込んだ。 それから買い物袋を広げて、買ってきたパンと暖かい紅茶を菅野に渡す。 「迎えに一時間以上かかるって言うからさ、ゲームしてようぜ」 そう言って勝手にバックを開いた。 「迎えって…」 「ん?俺の父ちゃん」 「………」 菅野を後ろから抱え込むようにして葉山は座り直し、菅野がゲームするのを後ろから眺めた。 途中、一度大人に声をかけられたが「親が迎えに来るのを待ってる」と答えると、訝しながらも去っていった。 「お、そこ、ほら、そこだって」 「うっさいな、黙って見てろよ」 「だって、ああ、ほら取り損なったじゃん」 「お前が邪魔するからだろ」 すっかりいつもみたいにゲームに夢中になっていると、車のライトに照らされて、ププーっとクラクションを鳴らされた。 「お、きたきた」 葉山は菅野のバックを担ぐと車に向かって歩き出した。 でも、菅野は立ち尽くしたまま動かない。 あの車に乗ってしまえばまた、引き戻される。 戻りたくない。 このまま葉山といたい。 そう思うと、足が動かなかった。 強く腕を引かれ、顔を上げると怒ったような葉山の顔と目があった。 「帰るぞ」 強い、αの雰囲気まで出され、菅野は抗えず後に続いた。 「はあー、あったかい」 葉山が幸せそうにふうーっと息をついた。 車には葉山の母親もいた。 「将樹、何が…」 「とにかく、ヒロの家に急いでよ、父ちゃん」 言葉自体は柔らかいけれど、声にはαの力が込められていた。 気付いたのは菅野だけだったろうし、葉山も意識したわけではないだろう。 それに番ができた今、葉山にはαの体臭が出るはずがない。 しかし、支配者の声にその場にいたβとΩには逆らえるわけがない。 車は大急ぎで菅野家に向かった。 やっと着いたときにはかなり遅い時間だった。 「すいません、ありがとうございました」 そうお礼を言って車を降りた菅野に、葉山も続いた。 「な、なんで将樹も降りるんだよ」 「俺も行く。挨拶しなきゃ」 「なら、俺も行った方が…」 そう言って降りようとした父親を葉山が止めた。 「父ちゃんはいいよ。俺が一人で行かなきゃ」 そして菅野の腕を引いて、玄関の呼び鈴を鳴らした。 菅野は葉山の意図がわからず、見上げたまま。 開いた扉から菅野の母親が現れた。 葉山を見て驚き、我が子を見てさらに驚き、ふと顔を歪ませた。 葉山は菅野の腕を掴んだまま、頭を深く下げた。 「浩人君をこんな時間まで振り回してすいませんでした」 「え…」 「ちょ、将樹!」 「次回からは気をつけますので、許してください」 菅野は葉山の頭を掴んであげさせようとするが、片手を抑えられているので叶わなかった。 ふと気付いて家の中を振り向くと、父親がリビングから出てきていた。 目が合うと眉を寄せ、何も言わず戻っていく。 「あ、いえ、あの、次からは気をつけてね。…送ってくれてありがとう…」 菅野の母親が小さく答えると、葉山は頭を上げて、いつもの笑みを浮かべた。 そして菅野の腕を離すと、「じゃ、明日な」と言って家を出て行った。 車が去っていく音を聞いて、振り向くと母親が何か言いたそうに見下ろしていた。 菅野は靴を脱ぐとまっすぐ二階に上がった。 「ただいまぐらい、言ったらどうだ」 父親が振り向きもせず、声をかけてくる。 けれど菅野は何も答えず、まっすぐ自室に戻った。

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