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第8話
次に目が覚めた時にはベッドの上で。
腕には点滴が繋がれていた。
逃げようとも思ったが、なぜだか体がだるい。
そして、青ざめる。
終わった。
漏れ聞こえてきた病室の外の声がそれを確信させた。
「術後のバイタルが芳しくありませんので、しばらく入院していただくことになりそうです」
「は、はい。どうもご迷惑ばかりお掛け致します」
母親と医者らしきものの会話。
しばらくすると、母親が病室に入ってきた。
「浩人…」
声をかけられるより早く、布団を頭からかぶって、管に繋がれた腕だけを出して丸まった。
また殺された。
また守れなかった。
ごめん、将樹。
涙が溢れてきた。
悔しくて、悲しくて。
また産んでやれなくてごめん。
耳の奥の方で赤ん坊の声を聞いた気がして。
胸はつまり、涙はとめどなく溢れてくる。
その後はずっと菅野は泣き続けた。
誰が入ってきても布団の中で丸くなり、点滴の管を外されるとそれすらも引っ込めた。
何を言われても、誰が話しかけても、ただ泣くばかり。
どれだけ泣いても、悲しみも悔しさも、怒りも治らない。
泣き疲れて眠りにつくと、目が覚めた時には仰向けにされていて、必ず点滴に繋がれていた。
そしてまた腕だけ残して、布団を体に巻きつけ、管が外されるのを感じると引っ込める。
それを繰り返した。
ただ泣き続ける菅野にはもう時間の感覚がなかった。
どれくらいそうしているのか、何日泣き続けているのかもわからなかった。
ただわかるのは意外に涙は簡単には枯れたりしないことだった。
悲しみを時が解決してくれるなんて、嘘に違いない。
そんな事を考えていた。
このままずっと、泣いてるしか自分にはできない。
会いたい、葉山に会いたい。
でも葉山に合わせる顔がない。
また守れなかった自分を今度こそ葉山は許してくれないかもしれない。
葉山に許して貰えなかったら、自分はもう…。
思考はどんどん深みに落ちていく。
悲しみも悔しさも、どんどん深くなっていく気がした。
そうしているうちにふと香ってきた香りに驚いて布団をめくった。
すぐ近くのベッド脇に葉山が少し困ったような顔で立っていた。
「将樹っ」
菅野はすぐに両手を伸ばして、葉山に抱きついた。
腕がビリッとしたが気にも止めなかった。
「ごめ、将樹、おれ、また守れなかった」
「ん、俺こそ側にいなくてごめん」
ぎゅっと抱きしめられて、また涙が溢れた。
「将樹、将樹」
ぎゅうぎゅう抱きついてくる菅野の背中をぽんぽんと叩いてあやしてくれる。
「すいません、看護婦さん呼んでもらえますか?点滴が外れちゃったみたいで」
葉山の声が聞こえた。
ずっと聞きたかった声。
急に葉山以外に腕を掴まれて、反射的に叩き落とした。
「こら、ヒロ。点滴つけてもらうんだから」
そう葉山に言われてもぎゅっとしがみついたまま離れない。葉山の腹に頭を押し付けてぶんぶんと振る。
「仕方ねーな」
葉山はベッドに体を乗り上げて、菅野の右腕を掴むと軽く引いた。
「ほら、ヒロ。腕伸ばして」
もう一度首を振る菅野に苦笑して反対の手で背を叩く。
「俺、ちゃんとここにいるから、な?」
すると菅野の力が抜けて葉山に引かれるままに腕を伸ばした。
その腕にぷつっと針が刺される。
「こいつ、寝かせた方がいいんですよね?」
葉山の問いかけに誰かが答えた。
「ええ、絶対安静です」
「だってさ、ほら、ヒロ?」
菅野はぎゅっと残った腕でしがみついた。
「ガキかよ」
そんな葉山がこぼした言葉に「ガキじゃね」と小さく返した。
葉山はそれに吹き出すように笑って、それから菅野を抱えるようにして横たえると菅野にしがみつかれたまま自分も横に並んだ。
葉山に髪を梳かれて、菅野が目を上げる。
「お前、熱あるよ?わかってる?」
「しらね、どうでもいい」
「どうでもいいじゃねーよ」
「だって俺…」
「もういいよ、それは」
「うん、ごめん、将樹」
「だからいいってば。寝ろよ、俺いるから」
「ん」
菅野は久しぶりに静かに安らかな眠りについた。
目が覚めた時、ベッドに葉山がいなかった。
けれど匂いと声がするので近くにいることはわかった。
「俺が看てますので、おばさんは休んでください」
「でも」
「大丈夫ですよ、看病ぐらいできます」
体が重くて動きづらい。
頭を動かして探すと、入口に葉山の背中を見つけた。
「将樹」
くるっと葉山が振り向いてふわっと笑う。
「葉山くんに任せよう。お前も休んだ方がいいし、何より俺たちがいるより、あいつが喜ぶ」
「でも、あなた…」
「俺の方は両親に許可を取ってあるんです。もしヒロの両親から許可が出れば、泊まっていいって」
「将樹!」
くるりと振り向いた葉山を睨みつけると、苦笑いされる。
「ちょっと待てってば」
「将樹っ」
「いいですか?」
「……じゃあ、お願いね。明日朝、また来るから」
「はい」
「これ、お願いできる?」
「はい、大丈夫です」
「将樹って!」
「じゃあ、おやすみなさい」
葉山が頭を下げて、何か手に荷物を持って戻ってきた。
「起きたらうるさいなあ、ヒロは」
「俺が呼んでんのに、なんであの人たちと話してんだよ!」
「だから!何度も言ってんだろ?その呼び方やめろって。他人みたいじゃんか」
葉山は菅野の頭をぐりっと撫ぜる。
「…他人より酷いだろ、また殺されたんだぞ…」
「その言い方もな。だから仕方ないって、俺ら無力なんだもん。それより、お前また隠してたね、俺に」
「だって」
言い淀んだ菅野の横に座ると、キュッと片手で抱きしめる。
「まあ、いいけどね。でももう、次は許さないよ?なんかあったらちゃんと言うこと!勝手に暴走しないこと!約束できる?」
菅野は葉山にしがみついて、こくんと頷いた。
「もし約束破ったら、番解消するから」
「なんで⁈」
「だって、何にも大事なこと話してくんないんじゃ、番の意味ないじゃん。俺だって、解消なんかしたくないよ?でもそれだけ番って大事なものだろ?ずっと一緒に居られるんだろ?ならなんでも話し合って、2人で乗り越えていかなきゃ。それが出来ないなら…」
「する!なんでも話すよ!」
しがみつく腕に力を込めた菅野を、葉山も抱きしめ返した。
「頼むよ、ヒロ。俺らの番、お前にかかってるからな」
「うん」
そう菅野が答えた途端、抱きついた先の葉山の腹がぐう、となった。
「…お前ね…。いい雰囲気台無しじゃん…」
そう言いながらも笑う。
「だって、晩飯きたのにお前寝てんだもん。食いそびれちゃって…」
そして菅野の母親から渡された荷物を開ける。
取り出したタッパーを菅野に渡して、割り箸も取り出した。
「これはお前の母ちゃんからね」
そしてベッド脇に置いた自分の荷物から別のタッパーを取り出した。
「これはうちの母ちゃんから」
菅野が覗き込むと、葉山のバッグの中にはお菓子や折箱などいっぱい入っていた。
「それ、全部食い物?」
「そう!おまえに食わせろって持たされたんだ」
葉山はバッグをまたベッド脇に下ろすと、菅野にもたせたタッパーを二つとも開けてベッドに広げた。そして箸を割って菅野に持たせる。
「5日は食ってないはずだから、少しずつ、ってさ」
「……5日、しか経ってないの?」
もっと長いと思っていた。
「5日も!お前、布団に籠ってたの!ほら、どれなら食べれそう?」
菅野は卵焼きに箸をつけた。
ゆっくりと口に運んで入れると、葉山がにかっと笑う。
「そういえば、なんで俺が入院してるのわかったの?…俺、連絡する暇なくて」
「ああ、学校で知ったんだ。お前休んでるって言われてさ。でも前日までどうもなかったじゃん?だから家に連絡して、おばさんに聞いた。なんで入院してるかは教えてくんなかったけど。で、どうしても会いたくなって、また次の日に病院聞いたら、教えてくんなくて。さすがにおかしいなって思ってさ、その次の日に押しかけたら、おじさんに怒鳴られた」
「はあ⁈」
「それでやっと子供おろすために入院してるんだって知ってさ。ショックでその日は帰った。けどなおさらお前に会わなきゃって思ってさ、また押しかけて、教えてくださいって頭下げた。おじさんにやっぱり怒られて、でも粘ったんだぜ?結局、うちの親呼ばれてさ、連れ帰られた」
「………ごめん」
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