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第4話

前期の決算報告書を探す為、瑛士は資料室にいた。 資料室の扉が開き二人の男性社員の声が聞こえてきた。死角にいる自分の姿は見えないようで、大きな声が聞こえる。 「経理の天野、今度は柴田課長でも狙ってんのか?」 「昨日、珍しく社食来てたもんな。柴田課長と」 「柴田課長もあの美貌にやられちまったか?」 「もう食われたかな?」 そう言って二人は下品な笑い声を上げた。 「おい!」 二人は瑛士の声に大きく肩を揺らした。 「し、柴田課長!」 「勝手に話し作ってんじゃねーよ!いつ、誰が食われたって?上司が部下と飯食って、何が悪いだよ!」 二人の社員は気まずそうに俯いている。 「あいつはそんな人間じゃない!課が違うおまえらがあいつの何を知ってる⁈あいつの事知った風に言うな!」 「はい!すいませんでした!」 少し熱くなり過ぎた自分にハッとすると、小さく一つ息を吐き、 「そんなくだらない噂話してないで、仕事しろ」 そう言うと、二人は90度まで体を曲げ頭を下げると業務に戻って行った。 「ったく、気分悪いぜ」 そう呟き、社員がすでにいない空間を睨んだ。 この一か月で、天野遥希という人間を観察し、少なからずどういう人間なのか分かってきていた。 結論は、あんな噂をされる人間ではないという事。仕事に対しては至って真面目で、仕事も早くミスもない。細かな気遣いができて、転勤したばかりの自分を陰ながらフォローしてくれる。至ってよく出来た部下だと感じた。そんな人間が、ウリをしたり女を食いまくったりできるはずはない。例の男性社員の喧嘩もきっと何か理由があると思った。 遥希は資料室にいる瑛士を呼び戻そうと、資料室に向かった。 閉まった扉の向こうから、瑛士の怒鳴り声が聞こえその手が止まった。 『勝手に話し作ってんじゃねーよ!いつ、誰が食われたって?上司が部下と飯食って、何が悪いだよ!』 『あいつはそんな人間じゃない!課が違うおまえらがあいつの何を知ってる⁈あいつの事知った風に言うな!』 あの温厚な瑛士からは考えられない怒鳴り声に、言われていない自分も大きく肩が揺れた。 その言葉に遥希の胸が熱くなるのを感じ、涙が溢れそうになる。 (柴田課長……) 思わずその場に座り込んで涙を堪える為に口を手で塞いだ。 「あ、あの……柴田課長」 聞き覚えのある声が聞こえ、そちらを見ると入り口に遥希が立っていた。 「天野、どうした?」 「ありました、決算報告書。佐野さんが持ってました」 「なんだよー。まぁ、あったならいいや」 開いていたファイルを閉じ、棚に戻すと遥希がいる入り口に向かった。 「……おまえ、いつからいた?」 「今……ですけど」 咄嗟に遥希は嘘をついてしまった。 「そっか……今日の昼飯はなんだ?」 「今日は公園のデリを食べようかと」 二人は並んで歩くと、チラチラと目線を感じる。 「あー、いいな、それ。天気もいいし、俺もそれにする」 「え⁉︎」 遥希は瑛士の言葉にギョッとし、歩みを止めた。 「あんまり……俺といない方が……」 「なんで?」 瑛士は振り返り、立ち止まっている遥希を見た。 「なんでって……俺といると変な噂、立てられますよ」 「噂なんて言わせておけよ」 ほら、行くぞ、瑛士は遥希の元まで来ると背中を押した。 部下とのコミュニケーションを取るのも上司の仕事だ、そう心の中で言い訳めいた事を瑛士は考えていた。

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